88 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻
第七章 姫君召集 4
しおりを挟む
四
キャンプ場から少し外れた、針葉樹林帯。
背の高い杉の木や竹が混在して覆い茂る山の中には、足場の悪い修験者の通り道があった。
人の手が入っていない、複雑に入り組んだ森林地帯は、樹海を連想させる。行方不明者も出やすい場所のため、地元民や一般観光客には、立ち入り禁止の区域となっていた。
承知の上で、ロープで囲まれた進入禁止エリアへと、榎たちは突っ込んだ。
苔むした、大きな石だらけの、獣道みたいな木々の合間を、転びそうになりながらも急ぐ。周囲には、様々な下等妖怪たちが入り乱れて、木々の合間を駆け抜けていった。向かう先は、前方の一点に集中していた。
その進行方向の先に、封印石を作ったとされる一族の末裔と、宵月夜がいるはずだ。
最悪の場合、即座に妖怪たちとの戦闘に入る可能性もある。道中、榎たちは四季姫の姿に変身し、妖怪たちを追いかけた。
やがて杉林を抜けると、開けた土地にでた。
視界の先には、小ぢんまりとした、質素な寺が建っていた。
榎たちは、いったん熊笹の茂みに隠れて、様子を窺った。
寺をぐるりと囲み、大勢の妖怪たちが威嚇している。
鼬(いたち)の姿をした小さな妖怪が、鋭い風の刃を発生させ、寺めがけて放った。
だが、建造物に当たる前に、透明な壁みたいなものにぶつかって火花を散らし、消滅した。建物には、傷一つ、ついていない。
「何や、あの寺。結界みたいなもんが、張ってあるんか?」
はっきりとはわからないが、寺の建物を包み込む、ぼんやりとした膜が見て取れた。一般人には見えない、不思議な力が込められた膜だ。
「あの膜のせいで、妖怪たちは、お寺に入れないみたいね」
「お寺の中に、妖怪たちが探している人がいるのかな? だったら、中にいる限りは安全か……」
寺に近づけず、地団太を踏む妖怪たちを、榎たちは遠目から観察した。
下等妖怪たちだけでは、どうにもならないと分かり、宵月夜が正面に姿を現した。
掌の中で、高密度の風の塊を作り出し、寺に向かって放つ。
風は結界にぶつかり、しばらく激しい火花を散らして、拮抗していた。
鼬の攻撃よりは粘っていたものの、やはり最後は根負けして、風の玉は消滅した。
相変わらず、寺には掠り傷一つ、ついてはいない。
不愉快そうに、宵月夜は舌を打った。
「宵月夜さま。この厳重な結界は、我らの力では破れませぬぞ……」
八咫が途方に暮れた声を上げた。
「予想はしていたが……。役君氏(えんのきみし)から受け継いだ、妖怪に抗(あらが)う力は、健在らしいな」
榎たちとは違い、意図して相手を探していた宵月夜たちは、嚥下(えんげ)と呼ばれる一族や、その末裔に当たる人についても、詳しい情報を集めている。容易に近づけないだろうとも、承知の上だったのだろう。
この難攻不落の寺を攻撃するにあたって、何か他にも、策を考えているのか。もしくは、既に万策尽きたのか。宵月夜は何かを深く考えつつ、寺をじっと見据えていた。
「如何いたしましょう。もっと妖怪を集めて、総当りで挑みましょうか……」
八咫が強行突破を提案する。その言葉を、宵月夜が素早く遮った。
「待て。……向こうから、お出ましみたいだ」
宵月夜の表情に、微かな緊張が浮かんだ。
玄関らしき開き扉が、開け放たれた音がした。結界なんて張っている以上、外の騒ぎを、中にいる人間が気付いていないとは思えない。
妖怪に包囲されている渦中に、なぜ、わざわざ外へでてくるのか。
榎たちも息を呑み、寺の玄関口に視線を送った。
「騒がしいな。今日は珍しく、客が多い」
寺の敷地から、一人の人間が、ゆっくりと出てきた。
背の高い、若そうな体躯の男だ。白と黒の、山歩きをする修験者の格好をして、先端に輪のついた細身の杖――錫杖(しゃくじょう)を握りしめていた。茸の頭みたいな形の、大きな編笠を目深く被り、顔はよく見えない。
何だか、ごく普通のお坊さんらしき人が出てきたため、榎は一瞬、呆気にとられた。
疑問に思う。この人物が、妖怪たちの標的なのだろうか。
「すまんが、今から私用で、寺を空けんといかん。用事があるなら、明日にしてもらえるか?」
疑いは、すぐに晴れた。
さも自然に、知人と話をするかの如く穏やかな口振りで、僧侶は宵月夜に語りかけた。
妖怪の存在を平然と受け入れ、対話を試みようとしている時点で、この僧侶が只者ではないと分かる。
一瞬、宵月夜も不意を突かれて動揺していたが、警戒を続けながら、僧侶を睨みつけた。
「お前の都合に合わせてやる義理はない。抵抗しなければ、危害は加えない。大人しく、俺の指示に従え」
上から目線で、偉そうに言い放つ。僧侶は物静かな雰囲気で、宵月夜に顔を向けた。
「黒い翼を持つ童子――宵月夜やな。言葉遣いには気をつけたほうがええ。〝半端者の不吉鳥〟」
僧侶の語気や態度に、変化はない。だが台詞からは、宵月夜に対する挑発を感じ取れた。
宵月夜は僧侶の放った言葉が気に入らなかったのか、過剰に苛立ちを露にしはじめた。
「この男を捕えろ! 口さえ動けばいい、足や腕くらい、なくなっても構わねえ、やれ!」
怒鳴り口調の命令が飛ぶ。妖怪たちはこぞって殺気を露にし、僧侶に向かって飛び掛かっていった。
僧侶は、手に握った錫杖を構え、防戦の構えを取った。だが、多勢に無勢。いくら相手が力の弱い下等妖怪といっても、あれだけたくさんの数で襲い掛かられては、ただでは済まない。
助けなくては。榎たちは瞬時にタイミングを見定め、茂みから飛び出した。
キャンプ場から少し外れた、針葉樹林帯。
背の高い杉の木や竹が混在して覆い茂る山の中には、足場の悪い修験者の通り道があった。
人の手が入っていない、複雑に入り組んだ森林地帯は、樹海を連想させる。行方不明者も出やすい場所のため、地元民や一般観光客には、立ち入り禁止の区域となっていた。
承知の上で、ロープで囲まれた進入禁止エリアへと、榎たちは突っ込んだ。
苔むした、大きな石だらけの、獣道みたいな木々の合間を、転びそうになりながらも急ぐ。周囲には、様々な下等妖怪たちが入り乱れて、木々の合間を駆け抜けていった。向かう先は、前方の一点に集中していた。
その進行方向の先に、封印石を作ったとされる一族の末裔と、宵月夜がいるはずだ。
最悪の場合、即座に妖怪たちとの戦闘に入る可能性もある。道中、榎たちは四季姫の姿に変身し、妖怪たちを追いかけた。
やがて杉林を抜けると、開けた土地にでた。
視界の先には、小ぢんまりとした、質素な寺が建っていた。
榎たちは、いったん熊笹の茂みに隠れて、様子を窺った。
寺をぐるりと囲み、大勢の妖怪たちが威嚇している。
鼬(いたち)の姿をした小さな妖怪が、鋭い風の刃を発生させ、寺めがけて放った。
だが、建造物に当たる前に、透明な壁みたいなものにぶつかって火花を散らし、消滅した。建物には、傷一つ、ついていない。
「何や、あの寺。結界みたいなもんが、張ってあるんか?」
はっきりとはわからないが、寺の建物を包み込む、ぼんやりとした膜が見て取れた。一般人には見えない、不思議な力が込められた膜だ。
「あの膜のせいで、妖怪たちは、お寺に入れないみたいね」
「お寺の中に、妖怪たちが探している人がいるのかな? だったら、中にいる限りは安全か……」
寺に近づけず、地団太を踏む妖怪たちを、榎たちは遠目から観察した。
下等妖怪たちだけでは、どうにもならないと分かり、宵月夜が正面に姿を現した。
掌の中で、高密度の風の塊を作り出し、寺に向かって放つ。
風は結界にぶつかり、しばらく激しい火花を散らして、拮抗していた。
鼬の攻撃よりは粘っていたものの、やはり最後は根負けして、風の玉は消滅した。
相変わらず、寺には掠り傷一つ、ついてはいない。
不愉快そうに、宵月夜は舌を打った。
「宵月夜さま。この厳重な結界は、我らの力では破れませぬぞ……」
八咫が途方に暮れた声を上げた。
「予想はしていたが……。役君氏(えんのきみし)から受け継いだ、妖怪に抗(あらが)う力は、健在らしいな」
榎たちとは違い、意図して相手を探していた宵月夜たちは、嚥下(えんげ)と呼ばれる一族や、その末裔に当たる人についても、詳しい情報を集めている。容易に近づけないだろうとも、承知の上だったのだろう。
この難攻不落の寺を攻撃するにあたって、何か他にも、策を考えているのか。もしくは、既に万策尽きたのか。宵月夜は何かを深く考えつつ、寺をじっと見据えていた。
「如何いたしましょう。もっと妖怪を集めて、総当りで挑みましょうか……」
八咫が強行突破を提案する。その言葉を、宵月夜が素早く遮った。
「待て。……向こうから、お出ましみたいだ」
宵月夜の表情に、微かな緊張が浮かんだ。
玄関らしき開き扉が、開け放たれた音がした。結界なんて張っている以上、外の騒ぎを、中にいる人間が気付いていないとは思えない。
妖怪に包囲されている渦中に、なぜ、わざわざ外へでてくるのか。
榎たちも息を呑み、寺の玄関口に視線を送った。
「騒がしいな。今日は珍しく、客が多い」
寺の敷地から、一人の人間が、ゆっくりと出てきた。
背の高い、若そうな体躯の男だ。白と黒の、山歩きをする修験者の格好をして、先端に輪のついた細身の杖――錫杖(しゃくじょう)を握りしめていた。茸の頭みたいな形の、大きな編笠を目深く被り、顔はよく見えない。
何だか、ごく普通のお坊さんらしき人が出てきたため、榎は一瞬、呆気にとられた。
疑問に思う。この人物が、妖怪たちの標的なのだろうか。
「すまんが、今から私用で、寺を空けんといかん。用事があるなら、明日にしてもらえるか?」
疑いは、すぐに晴れた。
さも自然に、知人と話をするかの如く穏やかな口振りで、僧侶は宵月夜に語りかけた。
妖怪の存在を平然と受け入れ、対話を試みようとしている時点で、この僧侶が只者ではないと分かる。
一瞬、宵月夜も不意を突かれて動揺していたが、警戒を続けながら、僧侶を睨みつけた。
「お前の都合に合わせてやる義理はない。抵抗しなければ、危害は加えない。大人しく、俺の指示に従え」
上から目線で、偉そうに言い放つ。僧侶は物静かな雰囲気で、宵月夜に顔を向けた。
「黒い翼を持つ童子――宵月夜やな。言葉遣いには気をつけたほうがええ。〝半端者の不吉鳥〟」
僧侶の語気や態度に、変化はない。だが台詞からは、宵月夜に対する挑発を感じ取れた。
宵月夜は僧侶の放った言葉が気に入らなかったのか、過剰に苛立ちを露にしはじめた。
「この男を捕えろ! 口さえ動けばいい、足や腕くらい、なくなっても構わねえ、やれ!」
怒鳴り口調の命令が飛ぶ。妖怪たちはこぞって殺気を露にし、僧侶に向かって飛び掛かっていった。
僧侶は、手に握った錫杖を構え、防戦の構えを取った。だが、多勢に無勢。いくら相手が力の弱い下等妖怪といっても、あれだけたくさんの数で襲い掛かられては、ただでは済まない。
助けなくては。榎たちは瞬時にタイミングを見定め、茂みから飛び出した。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる