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第一部 四季姫覚醒の巻

第五章 冬姫覚醒 6

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 放課後。
 榎は剣道部の部活に精を出していた。
 今日一日の鬱憤を晴らすがごとく、全てを忘れようと一心不乱に竹刀を振り回す。体を動かしているうちに、嫌な出来事が汗と一緒に流れ落ちていく。一息ついて休憩する頃には、榎は爽やかな気持ちになっていた。
「お疲れさんどす、榎はん」
 顔の汗を拭きながら体を休めていると、通りがかった周が声を掛けてきた。
「委員長。……と、柊も一緒かよ」
 向き直った瞬間。周の隣に柊が立っていると気付き、榎はあからさまに敵意を剥き出しにした。柊は鼻を鳴らして澄まし顔だ。本当に腹が立つ。
「嫌そうな顔をせんのどすえ、榎はん。柊はんは、入学してからずっと休んではったから、部活見学とか全然、できてへんどす。一通り、案内しとるところどす」
 周に窘められた。いかに柊が中学生活の遅れを取り戻すために大変な思いをしているとはいえ、同情する気は微塵も起こらなかった。
 榎の態度に呆れつつも、周は柊に話を振った。
「剣道部で一応、最後どすけど……。いかがですか、柊はん。入りたいと思う部活はありましたか?」
 体育館の中を軽く眺めて、柊は腰に手を当てて肩の力を抜いた。
「案内してもろうて悪いけど、うちはどの部もええわ。三年間、帰宅部で通す」
「ええんどすか? 部活に所属しとらへんと、内申点に響きますえ?」
 周は柊の進路に気を使って、心配そうな顔をしていた。
 榎も内心、別の意味で冷や冷やしていた。よもや周が、柊を福祉部に誘ったりはしないだろうなと、気が気でなかった。
 だが、柊は首を横に振り、笑顔で返した。
「うちは別に、ええ高校に進学したいとか、思っとらんし。薙刀部でもあれば、入ったんやけどなぁ」
「柊はん、たしか一緒に住んではるお婆さんに、薙刀を習ってはるんどしたな」
 薙刀というと、長い柄の先端に刃物がついた、槍によく似た武器だ。剣道と同じく武術競技として人気が高く、様々な流派が存在する。
 柊が薙刀を嗜んでいるとは、初耳だった。名古屋から転校した後で、始めたのだろうか。
 周の言葉に、柊は頷いた。
「せや。薙刀よりも、面白い部活があれば、入ってもよかったんやけど。なさそうやしなぁ」
「剣道部が、一番近いと思いますけどな」
 周が剣道部を話題に出すと、柊はつまらなさそうに乾いた笑いを吐き出した。
「剣道なんか、ただのチャンバラごっこやん。薙刀の迫力も、見た目の美しさにも、及ばへんわ」
 榎の頭に、血が上った。黙って聞き流すわけにはいかない暴言だ。
「聞き捨てならないな。チャンバラごっこだと? 剣道を馬鹿にする奴は、誰であろうと許さないぞ!」
「真実を言うただけや。剣道よりも、薙刀のほうが強いし、かっこええ」
 榎と柊は睨み合った。緊迫した雰囲気が周囲に広がる。
「また、始まったどす……」
 榎たちの間に立ちながら、周が呆れた調子で呟いた。
「もう我慢ならねえ! だったら、お前の薙刀とやらで、あたしの剣と戦え!」
 竹刀の先端を突きつけて、榎は柊に怒鳴りつけた。
「決闘やな。面白いやないか、受けてたつで!」
 柊も、榎の宣戦布告に乗ってきた。榎が真剣に怒りをぶつけているのに、口の端を吊り上げて笑っている姿は、決して許せるものではなかった。
「決闘は、やったらあきまへん!」
 二人のやりとりに、周が厳しい形相で口を挟んできた。
 だが、いつまでも周の剣幕に圧されている榎ではない。勢い付いた榎は、強気に言い返した。
「止めてくれるな、委員長! 今回ばかりは、妥協するわけにはいかないんだ!」
「せや、誰にも迷惑かけへん。いっぺん、きっちりと決着をつけな、気が済まん!」
 柊も同じ意見らしく、周の言葉を脇へと追いやった。
 再び視線をぶつけて、火花を散らし合わせた。
「迷惑が云々やのうて。決闘は法律で禁止されとるどす。やったら逮捕されますえ」
 あっさりとした周の返答に、榎と柊は一瞬、固まった。
 まさか法律が云々と投げかけられるとは思ってもみなかった。いくら白黒をはっきりつけるためとはいえ、犯罪はいけない。
 榎はどうにかならないものかと、頭の中で必死に打開策を考えた。
 一分ほど沈黙した後、榎は閃いて声を張り上げた。
「だったら、試合だ! 試合で決着をつけるぞ!」
「望むところや! 覚悟しいや!」
「試合ならええどす。礼儀をわきまえて、正しく戦いなはれ」
 周の同意も得られたので、試合に決まった。
 試合日は、明日の放課後。四季が丘を流れる四季川の河川敷での決行となった。
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