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第一部 四季姫覚醒の巻

第五章 冬姫覚醒 5

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 給食の時間になった。
 今日の献立は、お決まりの牛乳とコッペパン、加えてあまり合わない、筑前煮と焼き柳葉魚ししゃもが二本だった。
 榎は柳葉魚が好きだ。あの小さな体躯の中に、身や卵や頭やら、有り得ないほど旨味が詰め込まれている魚の神秘さに、いつも感動していた。
 美味しいものは最後に食べる派なので、他のおかずを全て平らげた後、デザート感覚で柳葉魚に手をつけた。
「何を尻尾から、ちまちまと食うとるねん。柳葉魚は頭からかぶりついて、味わうに限るやろうが」
 少しずつ口に含んで魚の味を楽しんでいた榎に、また横から茶々が入れられた。隣の席を睨むと、柊が柳葉魚の頭を口の中に突っ込んで、葉巻みたいに咥えながら、鼻で笑っていた。
 給食の食べ方にまでケチをつけてくるのか、こいつは。癪だが、柊も柳葉魚が好きらしく、食べ方については拘りを持っている様子だった。
 だからといって、榎の食べ方を批判する権利はない。榎は柊に怒鳴りつけた。
「最後に尻尾を残したって、味気ないだろうが。栄養が多いほうを最後に食べるべきだ!」
 榎の反論に気分を害したらしく、柊は頭のなくなった柳葉魚を口から取り出し、声を張り上げた。
「頭から食うんや!」
「尻尾からに決まっているだろう!」
 またしても、教室は騒然とした。人目も憚らず、榎と柊は顔を突き合わせて、いがみ合った。
「柳葉魚なんて小さい魚、へし折って丸かじりすれば、頭も尻尾も関係あらしまへん!」
 唯一、周が二人の間に頭を突っ込んできた。柳葉魚を口の中に放り込んで、これみよがしに噛み砕いていた。
「「仰るとおりで」」
 周の剣幕に圧され、反抗できなかった榎たちは、大人しくなった。周は口をもぐもぐさせながら、自分の席へと帰っていった。

 * * *

 昼休みの十分間は、掃除の時間だ。
 榎は箒を手に、教室内の掃き掃除を行っていた。普段は何も考えずに黙々とこなせる作業が、今日は苛々の連続だった。
 原因は、榎とは全然別の場所から箒で埃を掻き出そうとしている、柊の存在だった。入り口から奥に向かって掃除をする榎にあてつけるかのように、教室の窓側から、掃き集めたごみを飛ばしてきた。
 協調性のない掃除のやり方に腹を立て、榎は遠くへ怒鳴り声を上げた。
「箒は教室の入口側を念入りに掃かないと、意味がないだろうが! 人が多く出入りする場所に、埃は溜まるんだ」
「ちゃうわ、教室の窓側のほうが埃が溜まりやすいんや! 空気の流れで、みんな奥に押しやられるからな」
 柊も、負けじと反論してきた。教室の両端から、がんと文句を飛ばしあう。
 再三、周囲が騒然となった。
 いい加減、二人のやり取りにも慣れて来たらしく、他のクラスメイトたちはあまり驚かなくなっていたが。
「入口から掃除するんだ!」
「窓側からや!」
「両端から掃いて、真ん中で集めればよろしい!」
 終わらない口論に、ついに周の雷が落ちた。

 * * *

「ええ加減にしなはれや。何かする度に、口論の連発で。やかましいどす。周囲に迷惑どす。校内行事の中断と妨害は、私が許さへんどす!」
 ついに怒りが限界に達した周は、こめかみに血管を浮かべながら、榎たちに説教してきた。周の横では、椿も困り果てた顔で、榎たちを見ていた。
 榎と柊は、並べた椅子の上に正座させられ、周と向き合って背を丸めていた。
 全部、柊が悪いんだ。思いっきり言い訳したいところだったが、周の剣幕が怖くて、口を開けなかった。
「喧嘩するほど仲がよろしいんかと思っとったら、ほんまに犬猿の仲どしたか。困ったもんどす」
 周が呆れて息を吐く。柊はちらりと榎を横目に見て、嫌味な笑いを浮かべてきた。
「犬猿の仲やて。うちが犬で、榎が猿やな」
「何言ってんだ。あたしが犬だ。柊が猿だろうが」
「お二人とも、犬や猿以下どす!」
 どうでもいい鞘当てに、再び周の雷が落ちた。
「もう中学生なんやから、いちいち意固地にならずに、少しくらい大人になりなはれ。互いに妥協して、相手に合わせてあげれば、阿呆みたいな言い合いせんでもええでしょう?」
「少し妥協して、相手に合わせる……」
 周の言葉に、榎の幼稚で頑固な心が、少し解きほぐされた気がした。
 柊も周の言葉に同感したらしく、腕を組んで何度も頷いていた。
「佐々木っちゃんの言う通りや。少しは大人にならなあかん。榎、しゃーないから、うちがあんたに合わせたる。感謝しいや」
「いいよ、あたしがお前に合わせてやるから。今まで通り、好き勝手に言ってろよ」
「うちが合わせる言うてるやろうが!」
「いーや、あたしが合わせるんだ!」
 大人になっても、口論はなくならなかった。
「付き合うておれんどす。椿はん、二人の世話はお任せするどす」
 匙を投げた周は、脱力した様子で榎たちの前から去っていった。
「待ってよ、さっちゃん。椿には無理よ~」
 椿は泣きそうな顔で、必死に周を引きとめようとしていた。
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