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第一部 四季姫覚醒の巻
第四章 悪鬼邂逅 5
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五
激しい雨の中、榎たちは四季山へ向かって、農道を歩いた。整備が完璧ではない道は、所々に大きな水溜りができていて、歩きにくかった。山に降った雨水が、麓の水路に滝のごとく流れ込んで、溢れそうになっていた。
「えのちゃん。奇襲なんて卑怯な真似は嫌だ、って言っていたのに。家が壊れてパニックになっている妖怪たちを、倒しに行くの?」
ピンク色の傘をくるくると回しながら、椿が尋ねてきた。緑色の傘が弾く水滴を見上げながら、榎は言葉を選んで、返した。
「妖怪を一網打尽にするチャンスだから、行く訳じゃないよ。だけど、崖崩れなんて大変だろう? 妖怪達の状況とか、ちゃんと確認しておきたくてさ」
要するに、妖怪たちの安否の確認に、行きたかっただけだった。
「妖怪さんたちの心配をしているのね。えのちゃん、優しい」
椿に褒められて、榎は照れつつも、複雑な心境だった。
「優しさとは、違うと思うんだけれど。あたしも、よく分からない。ただ気になるだけ」
人間を困らせたり、危害を加える妖怪の行いは、許せない。だからといって、災害で苦しんでいる事実を知って、いい気味だ、とは思えなかった。
陰陽師としても、人としても、優柔不断だとは思う。でも、榎自身の気持ちに、正直でありたいと考えていた。
四季山の入り口に繋がる道へと辿り着いた。崖崩れは早いうちから危惧されていたらしく、入り口は何日も前から既に封鎖され、立ち入り禁止となっていた。工事現場などに置かれている、黄色と黒の縞模様の鉄看板が立てられていた。
榎たちのいる場所からでは、どのあたりで崖崩れが起こっているのか、確認できなかった。山は普段と変わらず、堂々と聳えて見えた。
「四季山の周囲は田んぼばっかりで、民家はなかったはずよ。崖崩れの人的被害はないと思うわ。だけど、雨が止んだら土砂の片付けで、たくさん人が集まって来るはず。用事は早く済ませなくちゃね」
椿の説明を受けて、榎は頷いた。周囲に人影がないか確認して、素早く、通行禁止の道の向こうへと駆けていった。
麓の道に沿って走っていくと、崩れた山肌が、徐々に視界に入ってきた。
酷い状態だった。山の中腹の一部が深く陥没して、土砂が大量に流れ出し、進行方向の道を塞いでいる。榎たちは立ち止まり、山を見上げて、悲痛な息を漏らした。
「はぁ~、えらいこっちゃどす。坑道の中は、大丈夫やろうか……」
側で、困り果てた口調の声が聞こえた。聞きなれた京都弁。榎はもしや、と思い、視線を向けた。
近くに、心配そうな表情で山を見つめている、少女が一人。
声の主は、榎の想像通り、周だった。
「委員長! 何やってるの。山は立入禁止だよ」
「榎はんたちこそ。まだ崩れるかもしれまへん。危ないどすえ?」
声を掛けると、周も驚いた顔を向けてきた。
「椿達は、この山が妖怪達のアジトだって、麿ちゃんから連絡をもらってきたの」
「委員長もまさか、この山が妖怪達の隠れ家だって、知っていたの?」
訊ねると、周は頷いた。
「八咫はんから、遠回しに、さりげなーく聞き出したんどす。ぼちぼち遊びに行こうかと思っとった矢先に、崖崩れでっしゃろ。心配して駆け付けたんどすが……」
周は再び、崩れた山を心配そうに仰ぎ見た。
「ひどい有様どすなぁ。ほんまに、土砂崩れでっしゃろか?」
周の言葉には、妙に説得力があった。ただの崖崩れとは、何かが違う気がした。嫌な予感が、榎の胸をざわつかせていた。
「何だか、山を真上から叩き潰したみたい。激しい崩れ方よね」
椿も異常を感じたらしく、細い眉を顰めていた。
「妖怪さんたち、生き埋めになっているのかしら」
周囲には、妖怪の姿は一匹も見当たらない。どこか遠くへ逃げたのか、逃げ遅れて土砂の中に埋もれているのか。
榎はあらゆる角度から、崩れた山肌を見て回ったが、何も発見できなかった。
「えのちゃん、大変! 子供が、岩の下敷きになっているわ!」
ふいに、椿が声を張り上げた。転がり落ちてきたらしい岩の側で、小さな子供がうつ伏せに横たわっていた。
榎たちは、慌てて子供に駆け寄った。
激しい雨の中、榎たちは四季山へ向かって、農道を歩いた。整備が完璧ではない道は、所々に大きな水溜りができていて、歩きにくかった。山に降った雨水が、麓の水路に滝のごとく流れ込んで、溢れそうになっていた。
「えのちゃん。奇襲なんて卑怯な真似は嫌だ、って言っていたのに。家が壊れてパニックになっている妖怪たちを、倒しに行くの?」
ピンク色の傘をくるくると回しながら、椿が尋ねてきた。緑色の傘が弾く水滴を見上げながら、榎は言葉を選んで、返した。
「妖怪を一網打尽にするチャンスだから、行く訳じゃないよ。だけど、崖崩れなんて大変だろう? 妖怪達の状況とか、ちゃんと確認しておきたくてさ」
要するに、妖怪たちの安否の確認に、行きたかっただけだった。
「妖怪さんたちの心配をしているのね。えのちゃん、優しい」
椿に褒められて、榎は照れつつも、複雑な心境だった。
「優しさとは、違うと思うんだけれど。あたしも、よく分からない。ただ気になるだけ」
人間を困らせたり、危害を加える妖怪の行いは、許せない。だからといって、災害で苦しんでいる事実を知って、いい気味だ、とは思えなかった。
陰陽師としても、人としても、優柔不断だとは思う。でも、榎自身の気持ちに、正直でありたいと考えていた。
四季山の入り口に繋がる道へと辿り着いた。崖崩れは早いうちから危惧されていたらしく、入り口は何日も前から既に封鎖され、立ち入り禁止となっていた。工事現場などに置かれている、黄色と黒の縞模様の鉄看板が立てられていた。
榎たちのいる場所からでは、どのあたりで崖崩れが起こっているのか、確認できなかった。山は普段と変わらず、堂々と聳えて見えた。
「四季山の周囲は田んぼばっかりで、民家はなかったはずよ。崖崩れの人的被害はないと思うわ。だけど、雨が止んだら土砂の片付けで、たくさん人が集まって来るはず。用事は早く済ませなくちゃね」
椿の説明を受けて、榎は頷いた。周囲に人影がないか確認して、素早く、通行禁止の道の向こうへと駆けていった。
麓の道に沿って走っていくと、崩れた山肌が、徐々に視界に入ってきた。
酷い状態だった。山の中腹の一部が深く陥没して、土砂が大量に流れ出し、進行方向の道を塞いでいる。榎たちは立ち止まり、山を見上げて、悲痛な息を漏らした。
「はぁ~、えらいこっちゃどす。坑道の中は、大丈夫やろうか……」
側で、困り果てた口調の声が聞こえた。聞きなれた京都弁。榎はもしや、と思い、視線を向けた。
近くに、心配そうな表情で山を見つめている、少女が一人。
声の主は、榎の想像通り、周だった。
「委員長! 何やってるの。山は立入禁止だよ」
「榎はんたちこそ。まだ崩れるかもしれまへん。危ないどすえ?」
声を掛けると、周も驚いた顔を向けてきた。
「椿達は、この山が妖怪達のアジトだって、麿ちゃんから連絡をもらってきたの」
「委員長もまさか、この山が妖怪達の隠れ家だって、知っていたの?」
訊ねると、周は頷いた。
「八咫はんから、遠回しに、さりげなーく聞き出したんどす。ぼちぼち遊びに行こうかと思っとった矢先に、崖崩れでっしゃろ。心配して駆け付けたんどすが……」
周は再び、崩れた山を心配そうに仰ぎ見た。
「ひどい有様どすなぁ。ほんまに、土砂崩れでっしゃろか?」
周の言葉には、妙に説得力があった。ただの崖崩れとは、何かが違う気がした。嫌な予感が、榎の胸をざわつかせていた。
「何だか、山を真上から叩き潰したみたい。激しい崩れ方よね」
椿も異常を感じたらしく、細い眉を顰めていた。
「妖怪さんたち、生き埋めになっているのかしら」
周囲には、妖怪の姿は一匹も見当たらない。どこか遠くへ逃げたのか、逃げ遅れて土砂の中に埋もれているのか。
榎はあらゆる角度から、崩れた山肌を見て回ったが、何も発見できなかった。
「えのちゃん、大変! 子供が、岩の下敷きになっているわ!」
ふいに、椿が声を張り上げた。転がり落ちてきたらしい岩の側で、小さな子供がうつ伏せに横たわっていた。
榎たちは、慌てて子供に駆け寄った。
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