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第一部 四季姫覚醒の巻
第三章 春姫覚醒 3
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三
翌日の放課後。榎は授業に疲れて、部活に行くまでの間、机に顎をのせて休息していた。
榎の元へ、周が慌ただしくやって来た。
「えらいこっちゃどす。欠席者が多くて、中間テストが延期になるかもしれんと、職員会議で先生たちが話しておったどす」
鬼気迫る表情の周に、何事かと夢心地から覚醒した榎だったが、周ほど話の内容に焦りは感じず、肩の力を抜いた。
「いいと思うけど? テストがないなんて、天国だよ」
気楽な返事をすると、周は榎の机を平手で叩いた。
「阿呆言うたらあきまへんで、榎はん。中間テストが延期になれば、期末試験の範囲が大幅に増えるどす! 逆に点数の稼ぎにくい、難解な試験になる確率が高いどす!」
進学に向けて内申点を稼ぎたい周にとっては、危機的状況らしかった。
「確かに、試験範囲が増えると、ヤマを張るのも大変だしなぁ」
困るなと、周の勢いに感化されて、少し榎も焦りを覚えはじめた。
「椿たちは、まだマシ。学校をずーっと休んでいる子達は、遅れを取り戻さなきゃいけないから、もっと大変よ」
榎の隣の席に座る椿が、頬杖を突いて教室の前方を見つめながら口を挟んだ。
「入学してから、一日も来てへん人もおるどす。授業のノートやプリントは届けとりますけれど、不憫どすなぁ」
周は教室を見渡した。もともと人数の少ないクラスだが、入学してから一ヶ月半経った現在、徐々に生徒数が減って、さらに閑散としていた。机と椅子ばかりが存在感を主張する、無機質な部屋へと変貌しはじめていた。
春先から、学校を長期欠席する生徒が増えていた。給食で余る牛乳や、デザートの数が増えて、余分に飲み食いできると単純に考えて、今まで呑気に過ごしてきた榎だったが、周と椿の話を聞いて、初めて周囲に心配をよぎらせた。
「おかしな風邪が、流行っているんだっけ?」
「らしいわ。一度罹ると、全然、治らないんだって」
欠席の原因は、治療法の見つからない風邪だった。四季が丘町で老若男女問わず、流行っているらしい。高熱にうなされ、なかなか容態が良くならず、重症で入院したり、亡くなった人もいると聞いた。
「もっと休む人が増えたら、学級閉鎖や学年閉鎖になりかねんどす。恐ろしい事態を何とかせんと、他の学校より勉強が遅れてしまうどす。将来の受験に致命的な傷跡を残すかもしれんどす!」
「さっちゃんは、勉強熱心だもんね。勉強に命を懸けている人には、一大事だわ」
意気込む周を見て、椿は感心していた。
「あたしはー、学級閉鎖になってくれたら、ちょっと家でゆっくりできそうだから、嬉しいけどなぁ」
榎は本音を呟いた。
「だよね。えのちゃんは、椿たちなんかより、すっごく忙しいんだもんね! 忙しくない椿は、普通に部活いくもん。じゃあね」
椿は機嫌悪そうに席を立ち、おもいっきり榎を睨んで、教室を出て行った。
「うう、椿が怒ってる……」
榎は椿の剣幕に圧されて固まっていたが、椿の姿が見えなくなるとともに、胸が苦しくなって、泣きたくなった。
「昨日、椿はんに尋ねられたどす。榎はんが隠れてこそこそと、何をやっておるか知らんかと」
周の話に、榎は驚いて顔をあげた。
「委員長、まさか、しゃべった!?」
慌てて尋ねると、周は首を横に振った。
「しらを切り通しましたけど、信じとらん様子どしたなぁ。私まで疑われとるどす。困りましたわぁ、清く正しい学校生活を送っとったはずやのに、榎はんのせいで、私まで嘘つきにされてしもうたどす」
「ひどいや、委員長。あたしのせいにするなんて」
皮肉を込めて、憂鬱そうに息を吐く周の意地悪な態度に、またしても榎は泣きたくなった。
「冗談どす。せやけど、一緒に暮らしてはる椿はん相手に、夏姫の正体を隠し通すんは、難しいんとちゃいますか?」
周に忠告され、榎は頭を抱えた。確かに、この先も、椿に榎の秘密を隠し通せる自信はない。無理に隠し事を持ち続ける代償に、椿との関係がどんどん険悪なものになっていく現状に、堪えられなくなってきていた。
かといって、真実を話せば、優しくて好奇心の強い椿は、きっと榎を心配して、最悪、妖怪との戦いにもついて来るかもしれない。椿が周みたいに妖怪が見えたり、妖怪の与えて来る影響に耐性があるとも思えなかった。今の榎の実力では、椿を庇いながら戦うなんて、絶対に無理だ。
「椿を危ない戦いに巻き込みたくないから。できる限り、隠し続けるよ」
椿は普通の、中学生の女の子なのだから、平和に相応の生活を続けてほしいと、榎は願っていた。決して訳の分からない戦いには、巻き込みたくなかった。
榎の決意を感じとった周も、複雑な表情を見せつつ、同意してくれた。
「なら、私も黙っときますけど……。椿はんは、一人っ子のワガママ娘やさかい、一度怒ると手がつけられまへんで。気をつけなはれや」
「うーん、確かに、ワガママな一面はあるよね……。怒ると結構、キツい言葉も飛ばして来るし」
周のさりげない注進が、別の部分に大きな心配を呼び起こした。椿を危険に晒さないために、椿の怒りと戦わなくてはならない。避けては通れない難題だ。
榎は腹をくくった。
翌日の放課後。榎は授業に疲れて、部活に行くまでの間、机に顎をのせて休息していた。
榎の元へ、周が慌ただしくやって来た。
「えらいこっちゃどす。欠席者が多くて、中間テストが延期になるかもしれんと、職員会議で先生たちが話しておったどす」
鬼気迫る表情の周に、何事かと夢心地から覚醒した榎だったが、周ほど話の内容に焦りは感じず、肩の力を抜いた。
「いいと思うけど? テストがないなんて、天国だよ」
気楽な返事をすると、周は榎の机を平手で叩いた。
「阿呆言うたらあきまへんで、榎はん。中間テストが延期になれば、期末試験の範囲が大幅に増えるどす! 逆に点数の稼ぎにくい、難解な試験になる確率が高いどす!」
進学に向けて内申点を稼ぎたい周にとっては、危機的状況らしかった。
「確かに、試験範囲が増えると、ヤマを張るのも大変だしなぁ」
困るなと、周の勢いに感化されて、少し榎も焦りを覚えはじめた。
「椿たちは、まだマシ。学校をずーっと休んでいる子達は、遅れを取り戻さなきゃいけないから、もっと大変よ」
榎の隣の席に座る椿が、頬杖を突いて教室の前方を見つめながら口を挟んだ。
「入学してから、一日も来てへん人もおるどす。授業のノートやプリントは届けとりますけれど、不憫どすなぁ」
周は教室を見渡した。もともと人数の少ないクラスだが、入学してから一ヶ月半経った現在、徐々に生徒数が減って、さらに閑散としていた。机と椅子ばかりが存在感を主張する、無機質な部屋へと変貌しはじめていた。
春先から、学校を長期欠席する生徒が増えていた。給食で余る牛乳や、デザートの数が増えて、余分に飲み食いできると単純に考えて、今まで呑気に過ごしてきた榎だったが、周と椿の話を聞いて、初めて周囲に心配をよぎらせた。
「おかしな風邪が、流行っているんだっけ?」
「らしいわ。一度罹ると、全然、治らないんだって」
欠席の原因は、治療法の見つからない風邪だった。四季が丘町で老若男女問わず、流行っているらしい。高熱にうなされ、なかなか容態が良くならず、重症で入院したり、亡くなった人もいると聞いた。
「もっと休む人が増えたら、学級閉鎖や学年閉鎖になりかねんどす。恐ろしい事態を何とかせんと、他の学校より勉強が遅れてしまうどす。将来の受験に致命的な傷跡を残すかもしれんどす!」
「さっちゃんは、勉強熱心だもんね。勉強に命を懸けている人には、一大事だわ」
意気込む周を見て、椿は感心していた。
「あたしはー、学級閉鎖になってくれたら、ちょっと家でゆっくりできそうだから、嬉しいけどなぁ」
榎は本音を呟いた。
「だよね。えのちゃんは、椿たちなんかより、すっごく忙しいんだもんね! 忙しくない椿は、普通に部活いくもん。じゃあね」
椿は機嫌悪そうに席を立ち、おもいっきり榎を睨んで、教室を出て行った。
「うう、椿が怒ってる……」
榎は椿の剣幕に圧されて固まっていたが、椿の姿が見えなくなるとともに、胸が苦しくなって、泣きたくなった。
「昨日、椿はんに尋ねられたどす。榎はんが隠れてこそこそと、何をやっておるか知らんかと」
周の話に、榎は驚いて顔をあげた。
「委員長、まさか、しゃべった!?」
慌てて尋ねると、周は首を横に振った。
「しらを切り通しましたけど、信じとらん様子どしたなぁ。私まで疑われとるどす。困りましたわぁ、清く正しい学校生活を送っとったはずやのに、榎はんのせいで、私まで嘘つきにされてしもうたどす」
「ひどいや、委員長。あたしのせいにするなんて」
皮肉を込めて、憂鬱そうに息を吐く周の意地悪な態度に、またしても榎は泣きたくなった。
「冗談どす。せやけど、一緒に暮らしてはる椿はん相手に、夏姫の正体を隠し通すんは、難しいんとちゃいますか?」
周に忠告され、榎は頭を抱えた。確かに、この先も、椿に榎の秘密を隠し通せる自信はない。無理に隠し事を持ち続ける代償に、椿との関係がどんどん険悪なものになっていく現状に、堪えられなくなってきていた。
かといって、真実を話せば、優しくて好奇心の強い椿は、きっと榎を心配して、最悪、妖怪との戦いにもついて来るかもしれない。椿が周みたいに妖怪が見えたり、妖怪の与えて来る影響に耐性があるとも思えなかった。今の榎の実力では、椿を庇いながら戦うなんて、絶対に無理だ。
「椿を危ない戦いに巻き込みたくないから。できる限り、隠し続けるよ」
椿は普通の、中学生の女の子なのだから、平和に相応の生活を続けてほしいと、榎は願っていた。決して訳の分からない戦いには、巻き込みたくなかった。
榎の決意を感じとった周も、複雑な表情を見せつつ、同意してくれた。
「なら、私も黙っときますけど……。椿はんは、一人っ子のワガママ娘やさかい、一度怒ると手がつけられまへんで。気をつけなはれや」
「うーん、確かに、ワガママな一面はあるよね……。怒ると結構、キツい言葉も飛ばして来るし」
周のさりげない注進が、別の部分に大きな心配を呼び起こした。椿を危険に晒さないために、椿の怒りと戦わなくてはならない。避けては通れない難題だ。
榎は腹をくくった。
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