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第三部 四季姫革命の巻
二十八章 interval~乱れる地脈の門~
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「いかん、地脈の門が閉じる!」
月麿が声を張り上げた時。
既に地脈の門は、ほんの僅かな隙間を残して閉じかかっていた。
まるで、眠りに入ろうとする重い瞼みたいに。
「紬姫が死んだせいで、制御が乱れたんや! 何とかせんと、みんなが戻ってこれんようになる!」
了生や奏たちも慌てて、地脈の前に立って念を送る。
だが、やはり地脈の制御のほとんどを行っていたのは、紬姫だ。紬姫が抜けた途端に、その穴を埋める負担を背負いきれず、地脈が乱れ始めた。
「ふぬぅ! 閉ざしてなるものか!!」
ここで一番の根気を見せたのが、月麿だった。
こめかみに血管を浮かび上がらせ、洟水を垂れ流しながら、顔を真っ赤にして地脈にありったけの力を注ぎ込む。
「月麿……!」
その姿を見た奏の瞳が、激しく滲む。
「紬姫様が残してくださった、四季姫たちを救う最後の望み! 必ず、守り抜いて見せるでおじゃる! たとえ、最後の最後まで、声すら掛けてもらえずとも、麿は姫様のために……!」
月麿の垂れ流す洟水に、赤いものが混じりだす。膝もガクガクと震え始め、立っているのもやっとという状況だ。
それでも、月麿は力の放出を止めない。
紬姫を目の前で失い、それでもなお、四季姫たちを救うためにと奮闘する。伝師の未来、紬姫の最期の願いを絶やさないために。
その、月麿の力の根源を悟った瞬間。奏は涙を流さずにはいられなかった。
「感謝します、月麿。お母様を、最後まで見捨てずにいてくれて。わたくしたちを、支えてくれて」
月麿の隣に立ち、同じく力を門に注ぎ込みながら、奏は心からの謝辞を伝えた。
「あなたは、お母様を愛して下さっていた。叶わぬ想いと分かっていても、貫き通してくれた。あなたは、立派な方ですわ」
「違うでおじゃる。麿は、臆病者なのです。いつ、始末されるかも分からぬ恐怖に怯え、それでも逃げることもままならなかった。あの冷酷な美しさに惹かれたがゆえに、逃れられなくなった。もう、己の意思など関係なく、意のままに操られておっただけなのです」
それならば、紬姫亡き今、その呪縛は解き放たれているはずだろう。いや、時渡りをする前に、紬姫の命などほっぽって、どこかに逃げていただろう。
月麿の愛情という名の忠誠心は、たとえ紬姫の命が果てたところで、消えてしまうほど薄情なものではなかった。
「いいえ、全ての行いは、あなたの意志です。わたくしはあなたを、尊敬しますわ」
この優しい人は、心から紬姫の人生を同情し、心からの支えとなることで、陰から救いを与えてくれた。自らの幸せを、人生を投げ打ってでも、最後まで尽くしてくれた。これからも、尽くそうとしてくれている。
誰でもやろうと思ってできる芸当ではない。多くの人々は、そんなバカげたことと、月麿の、他人のために人生を棒に振る行いを嘲笑するだろう。
だが、奏はそんな月麿に、精一杯の敬意を表する。何物にも代えられない、かけがえのない存在だと思う。
奏の言葉を聞いた月麿の目から、大粒の涙がこぼれ始めた。透明なはずの涙までが、うっすらと赤みを帯びている。
それが歓喜の涙であるならば、奏にとってもこの上なく喜ばしい。
紬姫が、月麿をどう思っていたかは、今では知る由もない。だがもし、紬姫さえも月麿をただの捨て駒だと思っていたのだとすれば、あまりにも不憫だ。
せめて娘の奏だけは、最大限の感謝の気持ちを込めて、この人に全てを返そう。
そう、心に誓った。
たとえ、月麿が望むものを、奏が用意できなかったとしても――。
月麿が声を張り上げた時。
既に地脈の門は、ほんの僅かな隙間を残して閉じかかっていた。
まるで、眠りに入ろうとする重い瞼みたいに。
「紬姫が死んだせいで、制御が乱れたんや! 何とかせんと、みんなが戻ってこれんようになる!」
了生や奏たちも慌てて、地脈の前に立って念を送る。
だが、やはり地脈の制御のほとんどを行っていたのは、紬姫だ。紬姫が抜けた途端に、その穴を埋める負担を背負いきれず、地脈が乱れ始めた。
「ふぬぅ! 閉ざしてなるものか!!」
ここで一番の根気を見せたのが、月麿だった。
こめかみに血管を浮かび上がらせ、洟水を垂れ流しながら、顔を真っ赤にして地脈にありったけの力を注ぎ込む。
「月麿……!」
その姿を見た奏の瞳が、激しく滲む。
「紬姫様が残してくださった、四季姫たちを救う最後の望み! 必ず、守り抜いて見せるでおじゃる! たとえ、最後の最後まで、声すら掛けてもらえずとも、麿は姫様のために……!」
月麿の垂れ流す洟水に、赤いものが混じりだす。膝もガクガクと震え始め、立っているのもやっとという状況だ。
それでも、月麿は力の放出を止めない。
紬姫を目の前で失い、それでもなお、四季姫たちを救うためにと奮闘する。伝師の未来、紬姫の最期の願いを絶やさないために。
その、月麿の力の根源を悟った瞬間。奏は涙を流さずにはいられなかった。
「感謝します、月麿。お母様を、最後まで見捨てずにいてくれて。わたくしたちを、支えてくれて」
月麿の隣に立ち、同じく力を門に注ぎ込みながら、奏は心からの謝辞を伝えた。
「あなたは、お母様を愛して下さっていた。叶わぬ想いと分かっていても、貫き通してくれた。あなたは、立派な方ですわ」
「違うでおじゃる。麿は、臆病者なのです。いつ、始末されるかも分からぬ恐怖に怯え、それでも逃げることもままならなかった。あの冷酷な美しさに惹かれたがゆえに、逃れられなくなった。もう、己の意思など関係なく、意のままに操られておっただけなのです」
それならば、紬姫亡き今、その呪縛は解き放たれているはずだろう。いや、時渡りをする前に、紬姫の命などほっぽって、どこかに逃げていただろう。
月麿の愛情という名の忠誠心は、たとえ紬姫の命が果てたところで、消えてしまうほど薄情なものではなかった。
「いいえ、全ての行いは、あなたの意志です。わたくしはあなたを、尊敬しますわ」
この優しい人は、心から紬姫の人生を同情し、心からの支えとなることで、陰から救いを与えてくれた。自らの幸せを、人生を投げ打ってでも、最後まで尽くしてくれた。これからも、尽くそうとしてくれている。
誰でもやろうと思ってできる芸当ではない。多くの人々は、そんなバカげたことと、月麿の、他人のために人生を棒に振る行いを嘲笑するだろう。
だが、奏はそんな月麿に、精一杯の敬意を表する。何物にも代えられない、かけがえのない存在だと思う。
奏の言葉を聞いた月麿の目から、大粒の涙がこぼれ始めた。透明なはずの涙までが、うっすらと赤みを帯びている。
それが歓喜の涙であるならば、奏にとってもこの上なく喜ばしい。
紬姫が、月麿をどう思っていたかは、今では知る由もない。だがもし、紬姫さえも月麿をただの捨て駒だと思っていたのだとすれば、あまりにも不憫だ。
せめて娘の奏だけは、最大限の感謝の気持ちを込めて、この人に全てを返そう。
そう、心に誓った。
たとえ、月麿が望むものを、奏が用意できなかったとしても――。
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