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第三部 四季姫革命の巻
第二十六章 夏姫革命 8
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八
「どうなっている? 童が、二人……?」
流石の紬姫も驚きの表情を隠せず、目の前に現れたもう一人の語を凝視していた。
それと同時に、磔になっていた語の姿が陽炎のように歪み、まったく別の姿に豹変した。
強固な鎧を身に纏った、頭に角を生やした異形の存在。
封印されていた伝説の四鬼の一体――隠形鬼(おんぎょうき)だ。
「こいつは僕の影武者だよ。こんな弱っちいやつを倒したくらいでいい気になっているなんて、長の名が聞いて呆れるね」
どうやら隠形鬼には、別人に変身して正体を晦(くら)ませる力があるらしい。
変身を解いた隠形鬼の体には、傷一つついていなかった。語になりすまし、やられる〝ふり〟を完璧にやってのけていたのか。
直接的な戦力には繋がらないかもしれないが、相手をかく乱して出し抜くという点では、非常に厄介な存在だ。
「四季姫のお姉ちゃんたちと話をすれば、少しはまともな本音が聞けるんじゃないかって思って大人しく聞いてやっていたけれど、結局あんたは、そういう人間なんだ。子供を道具としてしか見ない。要らなくなれば、棄てればいい。そう思っているんだ。よく分かったよ、やっぱりお前みたいな奴は、さっさと殺してしまったほうがいい。お兄さまや、お姉さまのためにもね!」
語の憎悪は、まっすぐ紬姫に向けられた。
語は標的である紬姫に接近しつつも、すぐに引導を下す真似はしなかった。様子を見ながら、最後の判断を決めかねている、といった感じがした。
紬姫を始末する行為を、躊躇しているのだろうか?
ひょっとすると、紬姫が語に対して、何らかの母親らしい言動を見せたなら、考えを変えるつもりだったのだろうか。
仮にそうだったとしても、紬姫のさっきの言葉が、再び語の歪んだ意志を強固なものへと変貌させた。
語は圧縮された邪気の塊を、軽やかな身のこなしで紬姫に向かって放つ。
流石の紬姫にも油断があったか、反撃も回避もできず、その場に立ち尽くしていた。
「危ない、紬姫!」
榎は紙一重で紬姫を突き飛ばし、共に床に倒れ込んだ。邪気の塊は榎の頭上を掠め、背後の縁側に突き刺さった。縁側の床板には、鋭利な刃物で切断したかのように、綺麗な円形の穴が開いた。邪気は更にその下の地面をも抉ったらしく、岩が削れて破壊される音と砂埃が庭を覆った。
恐ろしい力だ。あの攻撃を人間がまともに受けていたらと思うと、榎は身震いした。
「雑魚とはいえ、これほどの邪気を駆使できるとあらば、少しは骨がありそうだな」
榎に庇われて難を逃れた紬姫は、その攻撃の威力を冷静に観察しながら、体を起こした。
力の強大さに対して畏怖の念を抱いている様子だが、かといって怯えるでも慄くでもない。あくまで、落ち着いていた。
「だが、所詮は幼子の飯事(ままごと)に過ぎぬ。その異端の力を以て地位を築いてきた伝師の一族においては、大した脅威ではない」
紬姫は起き上がり、素早く腕を振るった。着物の裾をはためかせると、紬姫の手首に巻かれていた鈴が、美しい音色を奏でた。
鈴は凛と透き通った音を周囲の空気に反響させ、はるか遠くにまで波紋のように広がっていった。
その音が完全に止むか止まないかという頃。
部屋の外から慌ただしい足音が大量に集まって来た。
「賊でおじゃる! 皆の者、出あえい!」
扉が勢いよく開け放たれると、縁側には大勢の人間が鮨詰め状態で密集していた。この屋敷に住む、伝師一族の陰陽師たちだろう。
その中心に立っている人物は、さっきまで催眠の術で眠らされていたはずの月麿だ。
月麿の張り上げた声に共鳴し、人々は次々と咆哮をあげて、中に押し入ってくる。
「何だよ、雑魚ばかり群がって。邪魔だし、うるさいな」
人の群れに嫌悪感を示した語は、目の前で印を結んだ。語の周囲の空間に複数の五芒星が出現し、その中から邪気をまとった妖怪や悪鬼が這い出して来る。
「僕がこの時代に来てから手懐けた雑魚たちだよ。お前たちの相手なんて、こいつらで充分だろう」
語の合図を受けると、妖怪や悪鬼たちは、いっせいに陰陽師たちに襲い掛かる。
陰陽師たちも負けじと各々に陣を組み、武器や呪符を駆使して戦いに挑む。
あっという間に、室内は混戦状態となった。
妖怪が倒されたかと思えば、陰陽師も傷を負って床に倒れ込む。双方の実力は同じくらいといったところで、戦いは長引きそうだった。
榎も加勢すれば、少しは犠牲も少なく済むだろう。剣を手に戦いの輪に突っ込もうとした途端、紬姫によってその動きを制止された。
「右へ避けよ。この先に、抜け穴がある」
紬姫が目配せしたその先には隠し扉があり、奥へと続いていた。
紬姫を守るために駆けつけてきた仲間を放って、逃げるつもりなのだろうか。
「戦わなくていいんですか?」
「あの賊どもは、屋敷の者に任せておけばよい。其方の話の続き、静かなところで聞かせてもらおう」
語の乱入によって中途半端なまま止まってしまっていた榎の話を、紬姫は最後まで知りたいらしい。
確かに、この乱戦に決着がつくまで放っておけば、紬姫か語か、どちらかを助ける前に手遅れになってしまう可能性が高い。物事を穏便に済ませるためには、早急に紬姫に事情を話して納得してもらうしかない。
榎は頷いて、紬姫に続いて抜け穴に足を踏み入れた。
「せっかくいいところなのに、どこに隠れようっていうのさ!」
姿を消そうとした榎たちに気付いた語が、直接攻撃を仕掛けてきた。
再び放たれる、強烈な邪気の塊。榎は剣を構えるが、振りかざすよりも早く、邪気は榎たちの眼前で別の剣に弾き飛ばされ、天井を突き破って外に飛び出した。
榎たちと語との間に割り込んだのは、夏だ。体内に流れる悪鬼の力を引き出し、邪気を纏いながら戦っている。隣には、無理やり連れてこられたと思われる守親が腰を抜かしていた。
「行け、榎。この童は、私たちが引き受ける。紬姫の説得、其方に任せるぞ」
「よせ、我は、何も関係ないのだ!」
「男だろう、剣ぐらい握れ、軟弱者!」
夏と守親の怒声、語の苛立った罵声を背に受けながら、榎と紬姫は静かな空間へと離脱した。
「どうなっている? 童が、二人……?」
流石の紬姫も驚きの表情を隠せず、目の前に現れたもう一人の語を凝視していた。
それと同時に、磔になっていた語の姿が陽炎のように歪み、まったく別の姿に豹変した。
強固な鎧を身に纏った、頭に角を生やした異形の存在。
封印されていた伝説の四鬼の一体――隠形鬼(おんぎょうき)だ。
「こいつは僕の影武者だよ。こんな弱っちいやつを倒したくらいでいい気になっているなんて、長の名が聞いて呆れるね」
どうやら隠形鬼には、別人に変身して正体を晦(くら)ませる力があるらしい。
変身を解いた隠形鬼の体には、傷一つついていなかった。語になりすまし、やられる〝ふり〟を完璧にやってのけていたのか。
直接的な戦力には繋がらないかもしれないが、相手をかく乱して出し抜くという点では、非常に厄介な存在だ。
「四季姫のお姉ちゃんたちと話をすれば、少しはまともな本音が聞けるんじゃないかって思って大人しく聞いてやっていたけれど、結局あんたは、そういう人間なんだ。子供を道具としてしか見ない。要らなくなれば、棄てればいい。そう思っているんだ。よく分かったよ、やっぱりお前みたいな奴は、さっさと殺してしまったほうがいい。お兄さまや、お姉さまのためにもね!」
語の憎悪は、まっすぐ紬姫に向けられた。
語は標的である紬姫に接近しつつも、すぐに引導を下す真似はしなかった。様子を見ながら、最後の判断を決めかねている、といった感じがした。
紬姫を始末する行為を、躊躇しているのだろうか?
ひょっとすると、紬姫が語に対して、何らかの母親らしい言動を見せたなら、考えを変えるつもりだったのだろうか。
仮にそうだったとしても、紬姫のさっきの言葉が、再び語の歪んだ意志を強固なものへと変貌させた。
語は圧縮された邪気の塊を、軽やかな身のこなしで紬姫に向かって放つ。
流石の紬姫にも油断があったか、反撃も回避もできず、その場に立ち尽くしていた。
「危ない、紬姫!」
榎は紙一重で紬姫を突き飛ばし、共に床に倒れ込んだ。邪気の塊は榎の頭上を掠め、背後の縁側に突き刺さった。縁側の床板には、鋭利な刃物で切断したかのように、綺麗な円形の穴が開いた。邪気は更にその下の地面をも抉ったらしく、岩が削れて破壊される音と砂埃が庭を覆った。
恐ろしい力だ。あの攻撃を人間がまともに受けていたらと思うと、榎は身震いした。
「雑魚とはいえ、これほどの邪気を駆使できるとあらば、少しは骨がありそうだな」
榎に庇われて難を逃れた紬姫は、その攻撃の威力を冷静に観察しながら、体を起こした。
力の強大さに対して畏怖の念を抱いている様子だが、かといって怯えるでも慄くでもない。あくまで、落ち着いていた。
「だが、所詮は幼子の飯事(ままごと)に過ぎぬ。その異端の力を以て地位を築いてきた伝師の一族においては、大した脅威ではない」
紬姫は起き上がり、素早く腕を振るった。着物の裾をはためかせると、紬姫の手首に巻かれていた鈴が、美しい音色を奏でた。
鈴は凛と透き通った音を周囲の空気に反響させ、はるか遠くにまで波紋のように広がっていった。
その音が完全に止むか止まないかという頃。
部屋の外から慌ただしい足音が大量に集まって来た。
「賊でおじゃる! 皆の者、出あえい!」
扉が勢いよく開け放たれると、縁側には大勢の人間が鮨詰め状態で密集していた。この屋敷に住む、伝師一族の陰陽師たちだろう。
その中心に立っている人物は、さっきまで催眠の術で眠らされていたはずの月麿だ。
月麿の張り上げた声に共鳴し、人々は次々と咆哮をあげて、中に押し入ってくる。
「何だよ、雑魚ばかり群がって。邪魔だし、うるさいな」
人の群れに嫌悪感を示した語は、目の前で印を結んだ。語の周囲の空間に複数の五芒星が出現し、その中から邪気をまとった妖怪や悪鬼が這い出して来る。
「僕がこの時代に来てから手懐けた雑魚たちだよ。お前たちの相手なんて、こいつらで充分だろう」
語の合図を受けると、妖怪や悪鬼たちは、いっせいに陰陽師たちに襲い掛かる。
陰陽師たちも負けじと各々に陣を組み、武器や呪符を駆使して戦いに挑む。
あっという間に、室内は混戦状態となった。
妖怪が倒されたかと思えば、陰陽師も傷を負って床に倒れ込む。双方の実力は同じくらいといったところで、戦いは長引きそうだった。
榎も加勢すれば、少しは犠牲も少なく済むだろう。剣を手に戦いの輪に突っ込もうとした途端、紬姫によってその動きを制止された。
「右へ避けよ。この先に、抜け穴がある」
紬姫が目配せしたその先には隠し扉があり、奥へと続いていた。
紬姫を守るために駆けつけてきた仲間を放って、逃げるつもりなのだろうか。
「戦わなくていいんですか?」
「あの賊どもは、屋敷の者に任せておけばよい。其方の話の続き、静かなところで聞かせてもらおう」
語の乱入によって中途半端なまま止まってしまっていた榎の話を、紬姫は最後まで知りたいらしい。
確かに、この乱戦に決着がつくまで放っておけば、紬姫か語か、どちらかを助ける前に手遅れになってしまう可能性が高い。物事を穏便に済ませるためには、早急に紬姫に事情を話して納得してもらうしかない。
榎は頷いて、紬姫に続いて抜け穴に足を踏み入れた。
「せっかくいいところなのに、どこに隠れようっていうのさ!」
姿を消そうとした榎たちに気付いた語が、直接攻撃を仕掛けてきた。
再び放たれる、強烈な邪気の塊。榎は剣を構えるが、振りかざすよりも早く、邪気は榎たちの眼前で別の剣に弾き飛ばされ、天井を突き破って外に飛び出した。
榎たちと語との間に割り込んだのは、夏だ。体内に流れる悪鬼の力を引き出し、邪気を纏いながら戦っている。隣には、無理やり連れてこられたと思われる守親が腰を抜かしていた。
「行け、榎。この童は、私たちが引き受ける。紬姫の説得、其方に任せるぞ」
「よせ、我は、何も関係ないのだ!」
「男だろう、剣ぐらい握れ、軟弱者!」
夏と守親の怒声、語の苛立った罵声を背に受けながら、榎と紬姫は静かな空間へと離脱した。
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