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第三部 四季姫革命の巻
第二十四章 春姫革命 10
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十
いつの間にか夜が明け、空が白けてきていた。
雪は止み、晴れた空に朝日が昇ろうとしている。
屋敷に静寂が訪れたと思った矢先。
はるか遠くで、爆発音にも似た激しい音が響き渡った。
その音は地面をも振動させ、地の底から響くような轟音と共に、庭の池に波紋を作り出した。
「何、今の音……」
「西の山が、崩れたぞ!」
「今しがた、屋根に上った者が、巨大な氷の竜を見たと」
辺りの様子を伺っていた女中たちが、慌てふためいている。
巨大な氷の竜――。
「ひいちゃんだ!」
椿は悟った。冬姫の放つ、禁術に違いないと。
柊も無事にこの時代に辿り着いて、ちゃんと四季姫の力を取り戻したのだと、確信する。
「数刻前には、西の外れで炎の巨鳥が飛び上がるところを見た者もおると」
炎の巨鳥とは、恐らく秋姫の放った朱雀だ。
「しゅーちゃんも……。みんな、近くにいるのね」
色々な場所から、仲間の手掛かりになる情報が、矢継ぎ早に入って来る。
みんなの無事が確認できた。お陰で椿の心が安堵に染まり、だんだん鎮まってくる。
頭がすっきりして、冷静さを取り戻せた。
春姫を救えなかった心の苦しみが癒えるわけではないが、いつまでも立ち止まっていることが春姫にとっての弔いになるとは、思えなかった。
前へ進めと、春姫の魂は、椿を後押ししてくれている。
椿は屋敷の中に入り、床に横たわる、傷だらけの春姫の側に座った。
女中たちが悲観に暮れ、涙を流す中、ゆっくりと、癒しの調べを奏でた。
静かな音色は春姫の体を包み込み、徐々に白く美しい肌を蘇らせた。
「春姫様の、癒しの御力……」
「姫様の体の傷が、消えてゆく」
春姫の負った傷を、椿は全て引き受けた。今の椿なら、全て浄化して癒すことが可能だ。
すっかり傷が塞がった春姫の表情はとても穏やかで、眠っているとしか思えないほどだった。
だが、いくら体の傷を癒しても、命までは戻ってはこない。
「ごめんなさい、こんなことしか、できなくて……」
己の無力さに、椿は涙を流す。
項垂れる椿を、立壺は優しく抱きしめてくれた。
「其方は、姫様の魂を救ってくれたのです。感謝しておりますよ」
「お綺麗になられました。とても、安らかな顔じゃ」
板取は頬を濡らしながら、春姫の顔を布で覆った。
「椿。いや、今は其方が、春姫か」
板取は椿に向き直り、真摯な瞳で見据えた。
「椿でいいの。みんなにとっての春姫は、春ちゃんだもの」
椿が言うと、板取は穏やかに微笑んで、頷いた。
「姫様の弔いは、我らが行う。其方には、やるべき使命があるのであろう? 急がれよ。春姫様が其方に託した力で、必ずや果たすのじゃ」
周囲で起こっている異変を感じ取り、椿を足止めしてはいけないと察したのだろう。
口々に椿に礼を述べると共に、旅立ちを勧めてくれた。
「ありがとう。皆も、お元気で……」
椿は心からの感謝を伝え、春姫に別れを告げて屋敷の外に出た。
* * *
朝焼けの中、庭の隅で朝が立って、椿を待っていた。
「春ちゃんに、会ってこないの?」
「僕に、そんな資格はありません」
椿が声を掛けると、朝は首を横に振った。
「不思議な気持ちです。やっと、恐ろしい過去を断ち切り、自由を手に入れたというのに、どうして、こんなに苦しいのでしょうか」
空を見上げた朝の顔は、涙に濡れていた。
だが、朝はなぜ自身が泣いているのか、まるで分っていない様子だ。
「だから、言ったでしょう? 朝ちゃんはずっと、春ちゃんを想っていたのよ」
春姫を失った悲しみ。涙の理由なんて、他にあるわけがない。
その理由を納得して受け入れるまでには、まだ時間がかかるのかもしれない。
「そうだったとしても、僕が選べる道は、この道しかなかったでしょう。結局、僕には、あの人を救う力はなかったのです。――心残りでは、ありますが。僕が負った致命傷が、あの人に止めを刺した事実は、消えないのですから」
「ひょっとしたら、春ちゃんの最期の、当てつけだったのかもしれないわね。最後まで、自分を選んでくれなかったあなたに向かっての」
だとしたら、春姫らしい愛情表現、だったと捉えてもいいのかもしれない。
「恨んでも嫌っても、良いと思うの。でも、どうか忘れないであげて。朝ちゃんの記憶の中から、春ちゃんを消さないであげて」
朝の表情が、少し和らいだ気がした。
春姫に対しての感情を吹っ切れたとは思えなかったが、朝の気持ちは、必死で前を向こうとしていた。
「なぜ、椿の花が散らないか、分かりますか? 花弁を繋ぎとめる、強い力があるからです。花弁たちもまた、花の形を守るために、必死で、側に留まろうとしている。――とても、絆の強い花なのだと思います」
朝は、池のほとりで美しく花開く、赤い椿の花を見つめた。
「願わくば、僕も椿の花弁となって、あなたをお守りしたい。ずっと、側にいられる存在でありたい」
春姫の代わりに、椿を守ることで過去の因縁に決着をつけようとしているのか、純粋な気持ちなのか。椿には朝の中に渦巻く感情を全て読み取る力はない。
でも、朝が椿を守ることに全身全霊を注ぐことで前に進めるのであれば、椿はいくらでも、手を差し伸べるつもりだ。
「だったら、目を逸らさないで。椿の中に、ちゃんと春姫は生きているわ。あなたには、ちゃんと向き合う資格があるの」
椿は朝の前に歩み寄り、朝の手を取った。
「椿は、春ちゃんの分まで戦うわ。伝師が、四季姫が持つ悲しい因縁を全部断ち切って、平和を取り戻して、元の時代に帰るの」
もう、誰も悲しまなくて済むように。みんなが笑顔で暮らせるように。
「朝ちゃんも、一緒に帰ろう。ね?」
椿が笑いかけると、朝も戸惑いながらも、嬉しそうに微笑んで頷いた。
「行こう。みんなのところに」
朝の手を引き、椿は屋敷を後にした。
みんなと合流し、最後の戦いに挑むために――。
いつの間にか夜が明け、空が白けてきていた。
雪は止み、晴れた空に朝日が昇ろうとしている。
屋敷に静寂が訪れたと思った矢先。
はるか遠くで、爆発音にも似た激しい音が響き渡った。
その音は地面をも振動させ、地の底から響くような轟音と共に、庭の池に波紋を作り出した。
「何、今の音……」
「西の山が、崩れたぞ!」
「今しがた、屋根に上った者が、巨大な氷の竜を見たと」
辺りの様子を伺っていた女中たちが、慌てふためいている。
巨大な氷の竜――。
「ひいちゃんだ!」
椿は悟った。冬姫の放つ、禁術に違いないと。
柊も無事にこの時代に辿り着いて、ちゃんと四季姫の力を取り戻したのだと、確信する。
「数刻前には、西の外れで炎の巨鳥が飛び上がるところを見た者もおると」
炎の巨鳥とは、恐らく秋姫の放った朱雀だ。
「しゅーちゃんも……。みんな、近くにいるのね」
色々な場所から、仲間の手掛かりになる情報が、矢継ぎ早に入って来る。
みんなの無事が確認できた。お陰で椿の心が安堵に染まり、だんだん鎮まってくる。
頭がすっきりして、冷静さを取り戻せた。
春姫を救えなかった心の苦しみが癒えるわけではないが、いつまでも立ち止まっていることが春姫にとっての弔いになるとは、思えなかった。
前へ進めと、春姫の魂は、椿を後押ししてくれている。
椿は屋敷の中に入り、床に横たわる、傷だらけの春姫の側に座った。
女中たちが悲観に暮れ、涙を流す中、ゆっくりと、癒しの調べを奏でた。
静かな音色は春姫の体を包み込み、徐々に白く美しい肌を蘇らせた。
「春姫様の、癒しの御力……」
「姫様の体の傷が、消えてゆく」
春姫の負った傷を、椿は全て引き受けた。今の椿なら、全て浄化して癒すことが可能だ。
すっかり傷が塞がった春姫の表情はとても穏やかで、眠っているとしか思えないほどだった。
だが、いくら体の傷を癒しても、命までは戻ってはこない。
「ごめんなさい、こんなことしか、できなくて……」
己の無力さに、椿は涙を流す。
項垂れる椿を、立壺は優しく抱きしめてくれた。
「其方は、姫様の魂を救ってくれたのです。感謝しておりますよ」
「お綺麗になられました。とても、安らかな顔じゃ」
板取は頬を濡らしながら、春姫の顔を布で覆った。
「椿。いや、今は其方が、春姫か」
板取は椿に向き直り、真摯な瞳で見据えた。
「椿でいいの。みんなにとっての春姫は、春ちゃんだもの」
椿が言うと、板取は穏やかに微笑んで、頷いた。
「姫様の弔いは、我らが行う。其方には、やるべき使命があるのであろう? 急がれよ。春姫様が其方に託した力で、必ずや果たすのじゃ」
周囲で起こっている異変を感じ取り、椿を足止めしてはいけないと察したのだろう。
口々に椿に礼を述べると共に、旅立ちを勧めてくれた。
「ありがとう。皆も、お元気で……」
椿は心からの感謝を伝え、春姫に別れを告げて屋敷の外に出た。
* * *
朝焼けの中、庭の隅で朝が立って、椿を待っていた。
「春ちゃんに、会ってこないの?」
「僕に、そんな資格はありません」
椿が声を掛けると、朝は首を横に振った。
「不思議な気持ちです。やっと、恐ろしい過去を断ち切り、自由を手に入れたというのに、どうして、こんなに苦しいのでしょうか」
空を見上げた朝の顔は、涙に濡れていた。
だが、朝はなぜ自身が泣いているのか、まるで分っていない様子だ。
「だから、言ったでしょう? 朝ちゃんはずっと、春ちゃんを想っていたのよ」
春姫を失った悲しみ。涙の理由なんて、他にあるわけがない。
その理由を納得して受け入れるまでには、まだ時間がかかるのかもしれない。
「そうだったとしても、僕が選べる道は、この道しかなかったでしょう。結局、僕には、あの人を救う力はなかったのです。――心残りでは、ありますが。僕が負った致命傷が、あの人に止めを刺した事実は、消えないのですから」
「ひょっとしたら、春ちゃんの最期の、当てつけだったのかもしれないわね。最後まで、自分を選んでくれなかったあなたに向かっての」
だとしたら、春姫らしい愛情表現、だったと捉えてもいいのかもしれない。
「恨んでも嫌っても、良いと思うの。でも、どうか忘れないであげて。朝ちゃんの記憶の中から、春ちゃんを消さないであげて」
朝の表情が、少し和らいだ気がした。
春姫に対しての感情を吹っ切れたとは思えなかったが、朝の気持ちは、必死で前を向こうとしていた。
「なぜ、椿の花が散らないか、分かりますか? 花弁を繋ぎとめる、強い力があるからです。花弁たちもまた、花の形を守るために、必死で、側に留まろうとしている。――とても、絆の強い花なのだと思います」
朝は、池のほとりで美しく花開く、赤い椿の花を見つめた。
「願わくば、僕も椿の花弁となって、あなたをお守りしたい。ずっと、側にいられる存在でありたい」
春姫の代わりに、椿を守ることで過去の因縁に決着をつけようとしているのか、純粋な気持ちなのか。椿には朝の中に渦巻く感情を全て読み取る力はない。
でも、朝が椿を守ることに全身全霊を注ぐことで前に進めるのであれば、椿はいくらでも、手を差し伸べるつもりだ。
「だったら、目を逸らさないで。椿の中に、ちゃんと春姫は生きているわ。あなたには、ちゃんと向き合う資格があるの」
椿は朝の前に歩み寄り、朝の手を取った。
「椿は、春ちゃんの分まで戦うわ。伝師が、四季姫が持つ悲しい因縁を全部断ち切って、平和を取り戻して、元の時代に帰るの」
もう、誰も悲しまなくて済むように。みんなが笑顔で暮らせるように。
「朝ちゃんも、一緒に帰ろう。ね?」
椿が笑いかけると、朝も戸惑いながらも、嬉しそうに微笑んで頷いた。
「行こう。みんなのところに」
朝の手を引き、椿は屋敷を後にした。
みんなと合流し、最後の戦いに挑むために――。
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