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第三部 四季姫革命の巻

第二十三章 秋姫革命 8

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 八
 小屋から飛び出し、浮浪街から外れた人気のない場所をうろついていると、宵の姿を発見した。大きな切り株に腰掛けて、項垂れている。
 楸が近付くと、宵は微かに頭を上げて、また視線を反らした。
 側に立った楸に向かって、かすれた声で話をはじめる。
「最初は、俺を封印した四季姫たちに恨みごとを言ってやるくらいのつもりで、この時代に戻ってきた。だけど、追っ手から逃げ回って身を隠している姫様の姿を見ているうちに、だんだん憎い気持ちが薄れて、何とか助けたいという気持ちが強くなってきた」
 宵の気持ちは、楸にもよく分かる。
 憎しみよりも、愛情が勝った結果なのだろう。
 それほどまでに、宵にとって秋姫は特別で、大切な存在だというわけだ。
「俺は、何をやってるんだろうな……。何もかも中途半端で。結局、姫様も楸も、守れない」
 宵はまだ、心の中にある本当の気持ちに気付けていない。一番大切な者を、選びきれずにいる。
「全ての者を完璧に守ろうなんて、一人の力では無理があります。ちゃんと、一つに絞らんと」
 このまま曖昧に過ごしていては、宵のためにならない。楸は気持ちを押し殺して、冷静に叱責した。
 そして、決意を固めた。
「宵はん。ここでお別れしましょう。私は榎はんたちを探しに行きます。あなたは、秋姫はんのところに戻って、側におってあげてください」
 楸の言葉をうけて、宵は驚いた顔を上げて立ち上がった。
「お前をこれ以上、一人にできるかよ!」
「なら、秋姫はんを一人にしても、よろしいんどすか?」
 楸が強く返すと、宵は一瞬、言葉を詰まらせた。
 それでも負けじと、言い返してくる。
「一人にならなくたって、みんなで行動すればいいだろう」
「無理どす。あの人と一緒におると、あなたの盥(たらい)回ししかできなくなる。あなたに、私たち両方を守り続けるなんて、絶対に不可能なんどす。どちらかに決めておかんと、両方失う羽目になりますえ?」
 楸の言葉は、宵が薄々感じていた核心を突いたのだろう。宵の表情が歪んだ。
「宵はん。あなたが、決めんといかんのどす。さっき仰ったように、あなたは秋姫はんを守って、共に最後まで生きたいと願ったんと違うんどすか? 私は使命を果たせば、元の時代に戻ります。でも、あなたまで私に付き合ってそうする必要はない。この時代に残りたければ、残るべきどす」
 むしろ、それが本来の姿なのだから。
 宵は、この時代での生活のほうが、肌にあっている。
「この先は、宵はんの望む通りに生きてください。秋姫はんが何を言おうとも、側にいて最後まで支えたいと思うなら、その思いを正直に貫いてください」
 まだ、決め兼ねている宵に向けて、楸は手作りの弓矢を突き出して見せた。
「私は、一人でも大丈夫どす。新しい弓も作りました。秋姫に変身できんくても、私は私のやり方で、戦えますから」
 宵の助けを待たなくても、賊に襲われる失態は、二度と侵さない。
 楸を守る必要がないと分かれば、宵だって、はっきりと割り切れるだろう。
 そう思ったが、宵の表情は晴れない。
「楸は、どうしてそんなに簡単に、自分の考えが正しいと言い切れるんだ」
「簡単に言うておるわけや、ありまへん。私は、時を渡る前から、覚悟を決めておっただけです」
「覚悟……?」
「あなたと、未来永劫、別れる覚悟どす」
 宵の表情が、唖然としたものにかわった。放心状態になり、立ち尽くしている。
「あなたの本当の幸せを奪ってまで、あなたを縛り付けていたくはありませんから。宵はんも、本当に守るべき元をしっかり見据えて、覚悟を決めてください」
「俺は……」
 宵が決意を顔に浮かべ、何かを言いかけたその時。
「其方らは、この地に隠れておるという陰陽師の連れか?」
 突然、見知らぬ男に声をかけられた。
 立派な絵柄の狩衣(かりぎぬ)を身につけた、三十代くらいの男だ。それなりに身分の高そうな出で立ちが、こんな寂れた場所には不釣り合いだった。
 この男、見覚えがある。今朝、秋姫が路上で琵琶を弾いていた時、声をかけようか迷っていた男だ。
 結局、何もせずに去って行ったが、秋姫に縁のある人間なのだろうか。
 だが、男の物惜しそうな表情と、陰陽師について尋ねてきた点に、楸は訝しさを感じた。宵も同じらしく、さっと表情を強張らせて、殺気にも近い睨みをきかせた。
 この男が、秋姫を探している目的はなんだろう。命を奪いに来たにしては、あまりにも無防備すぎる。
 刺客ならば、秋姫の強さを充分に知っているだろうから、単独で行動なんてしないだろうし、あからさまに人目に触れる探し方なんてしないはずだ。
 なりふり構わない目の前の男の行動理由が、読み取れない。
 楸は探りを入れるために、男に逆に問い掛けた。
「あなたは、そのお方と顔見知りなんどすか?」
「なぜ、そう思う?」
「私たちのどちらかが、その陰陽師かもしれないという疑いを、微塵も見せんかったからどす。あなたは陰陽師の正体や姿を知ってはるんでしょう? それなりに、深い繋がりのあるお方ではないかと」
 楸の説明に、男は驚いた、関心した表情を見せた。
「いかにも。我は陰陽師、秋姫を良く知っておる。決して、命を狙う追っ手ではない。秋姫の――くれないきみの元へ、連れて行ってはくれぬか」
「紅の君……」
 紅は、秋姫が素性を隠すために使っていた偽名か、もしくは本名だ。秋姫としての正体を知っていながらその名で呼ぶということは、それなりに関わりの深い間柄と考えるべきか。
「この男、見覚えがある」
 秋姫に会わせていいものかどうかと迷っていると、宵が低い、威嚇に近い声を出した。
「姫様が、秋姫の地位を受け継がなければ、妻となって共に生きるはずだった男だ」
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