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第三部 四季姫革命の巻

二十一章interval~少年と陰陽師~

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 同刻。
 伝師 語は、澄み渡ったはるか上空から、平安京を見下ろしていた。
「ふーん。ここが、ヘイアン時代ってところ?」
 四角い壁で囲われた巨大な都市も、この場所から見ればとても小さい。マッチ棒みたいな通りを往来する人間など、胡麻粒以下だ。
 だが、その人間も、現代の都会と比べれば微々たるものであり、平屋ばかりで圧迫感のない京の景観は気に入った。
「邪魔なビルや建物がなくて、煩わしい人間も少なくて。まあ、いいところかな」
 語は、京の北中心部にある大きな建物や、それに並んで立てられる、数々の立派な屋敷を目を細めて凝視した。
「このでっかい京のどこかに、あの女がいるんだ」
 あの女――。伝師の長、紬姫。語の母親。伝師なんてイカれた堅苦しい場所に語を生み出し、縛り付けた憎き存在。
 すぐにでも見つけて、殺してやりたい。
 だが、無能な母親と言っても、相手は悪鬼の血を色濃く引き継ぐ、強大な力を秘める陰陽師。時を渡って現代にやってくる前のほうが、その力も強く、厄介な相手に違いない。
 語一人では、とうてい太刀打ちできない。
 だから、こちらも対抗できる力を手に入れなければ。
「ちゃーんと、月麿のおじちゃんに教えてもらって、知っているんだ。鬼閻と同じく、この時代の陰陽師の力では太刀打ちできず、やむを得ず封印されている化け物たちが、他にもいるってね」
 語は、月麿に作ってもらった平安時代の地図を手に取り、広げた。
 平安京の周囲を囲む山々の奥まった場所に、ところどころ朱で×印が描かれている。
 その場所は、月麿との世間話から語が読み取った、恐ろしい化け物や強大な妖怪が封じられている、一部の陰陽師や国の重鎮しか知らない秘密の場所だった。
 どの場所に、どんな奴が封じられているのかも、ある程度は調べて記載している。
「どいつにしようかな。酒呑童子って奴とか、強そうだよねー。封印してある場所も近いし」
 近場に封じられている化け物たちを厳選し、どれにしようかな、と語はウキウキしながら選定する。
 機嫌よく地図を見ている最中。
 語の脳裏に電流が走った。
 見知った、たくさんの人間の気配が、突然この時代に出現した。
 人間のものが四つ。人間だか妖怪だか悪鬼だか、よく分からないものが二つ。
 何者か、と勘繰る必要はなかった。あいつらに決まっている。
 四季姫と、側でうろちょろしていた妖怪――。
「しつこいなぁ。あのお姉ちゃんたち、僕を追いかけて、こんなところまで来たのか。まだ、邪魔をするつもりなんだ。……目障りだな」
 語は少し、楽しみを削がれて機嫌が悪くなる。
 放っておくと、紬姫の始末に支障が出るかもしれない。邪魔が入らないうちに、始末してしまおうか。
「きーめた。相手が四季姫なら、こっちも四人で対抗しちゃうよ!」
 語は、平安京と琵琶湖の中間あたりに付いていた印を指さした。

 * * *

 印の書かれた場所は、山の中に作られた、陽も射さない洞窟の深部だった。
 特に苦労もなく中に入り込んだ語は、夜目の効く瞳で周囲を探り、山を掘り抜いて作られた、巨大な空間を発見した。
 その空間には、ぼんやりと鬼火みたいな青白い炎が、いくつも漂っている。中央には、五芒星の陣が敷かれ、その上に巨大な石棺が、厳重に封をされて置いてあった。
 語が石棺に近付くと、暗がりで胡坐をかき、小さな声で呪文を唱えている人間が一人いた。
「へえ、ここは鬼にしか入れない、特別な場所って聞いていたのに」
 語は感心し、その人物に声を掛けた。洞窟の中に、語の声が反響する。人間は呪文を中止し、ゆっくりと語に視線を向ける。火の玉の明かりで浮かび上がった者は、白い髭を生やした、頬のこけた老人だった。
 白い水干――当時の平民の衣装――を纏っている。
 だが、ただの平民には、とてもじゃないが思えなかった。
「お爺さん、陰陽師? 鬼を使役して、扉を開け閉めできるんだ」
 この洞窟に入る出入り口は、鬼の力によって厳重に封印されている。だから、普通の人間には絶対に立入れない。だから、この老人は只者ではないし、何か特別な力を感じる。
 それを言うなら、語とて同様だ。語みたいな子供が洞窟内を徘徊している事実を訝しんだか、老人も少し表情を歪めた。
「そういうお主は、何者かな? ただのわっぱにしては、邪気を纏いすぎている」
「まあ、僕の体にも、悪鬼の血って奴が流れているらしいからね」
 伝師が昔から取り込んできた、悪鬼の力。その力の根底にある血統の一部には、鬼のものも含まれている。だから、その力を血として受け継いだ語は、容易に封を破って中に入ることができた。
 さらに、語の周りを取り囲む邪気は、後から語自身の力で手に入れた、素晴らしい力だ。
「この力はね、深淵の悪鬼って人たちにもらったんだ。もう死んじゃったけれどね」
 語りは、地脈奪還のために力を尽くして果てていった深淵の悪鬼たちから、その邪気の力を譲り受けていた。生身で空を飛べたのも、その力のお陰だ。
「深淵の悪鬼が死んだ? 馬鹿な、悪鬼を倒せることわりは、まだ確立しておらぬはずなのに」
「今じゃないよ。ずーっと未来で。陰陽師の力で、悪鬼が倒せるようになってからだよ」
「面白い話をしよるな。お主は、そんな未来から、やってきたと申すのか?」
「そうさ。時間を溯ってね」
 語の話を不思議そうに、しかし興味深そうに、老人は聞いていた。平安時代で暮らす人間にとっては、とうてい信じられなさそうな絵空事であっても、この老人は嘲笑も卑下もせず、ありのままに受け入れて珍しがっていた。
「ふぅむ、未来の世では、時を逆行する時渡りの術までが、確立されておると言うのか。信じられんが、そうとでも思わねば、納得がいかないことばかりだな」
 器の広い翁だ。伊達に、こんな薄気味悪い場所に一人で籠っているわけではない。
「話の分かるお爺さんで、助かったよ。また一から説明しなくちゃいけないのかと思うと、鬱陶しかったんだ。あんたが、いちいち騒ぎ立てて勝手な常識を押し付けてくるだけの馬鹿だったら、さっさと殺していたところだけれど、賢そうだから生かしておいてあげるよ」
 語は、この風変わりな老人が気に入った。飽きるまでなら、話をしてやっても構わないと思った。
「して、その未来からの旅人殿は、この時代に如何様な用事で?」
「その封印、開けたいんだ。どいてくれない?」
 語は目を細めて、石棺を顎で指した。
「伝説の鬼を開放する、か」
 語の目的を知ると同時に、老人は少し、殺気に近いものを身に纏わせた。
 すぐに感付いた語も、老人を威嚇する。
「さっきは生かしておいてあげるって言ったけれど、あくまで僕の邪魔をしなければ、だよ? 僕の役に立たないなら、老い先短いお爺さんなんて、用済みさ」
 語の表情を見つめながら、老人は鼻で笑った。
「聡明なわっぱかと思うておったが、目上の者に対する口の訊き方も知らぬ、ただの餓鬼であったか」
「年功序列なんて、いまどき通用しないんだよね。どっちが目上か、ちゃんと教えてあげるよ」
 もう、この年寄りとの対話は飽きた。
 語は身に纏った邪気の塊を飛ばし、老人を攻撃する。
「もちろん、実力のある者こそが、人の上に立てる。それこそが世の真理である」
 老人は指を立てて印を結び、空中に素早く五芒星を描いた。
 直後、その星は盾となり、語の放った邪気を打ち消し、消滅させた。
 顔には出さなかったが、語は少し、動揺する。
「……何をしたの? この時代では、悪鬼の力は無限なんでしょう?」
 現代の理が、通用しない時代。陰陽師に悪鬼を倒すための手段などいっさいなく、手をこまねいていたはずなのに。
「ほんの数日前までは、な。理は既に、書き換えられ続けておる。じきに、この世の真理は、新たなる分岐を迎える」
 つまり、その理を崩し、新しいものに書き換えた張本人がこの老人であり、今はその書き換えの真っ最中、というわけだ。
 つまらない。せっかく悪鬼の邪気を手に入れて平安時代にくれば、自分は無敵になれると期待していたのに。理を書き換えられては、こんな力、大した魅力もなくなってしまう。
「時間がないってわけか。だったら僕も、本気を出させてもらうよ!」
 老人の仕事が完了する前に、息の根を止めなくては。
 語は全身から邪気を絞り出し、強大な力に変換を始めた。
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