ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

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25.最後で最初の戦い

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「奇跡だわ、こんなことって……」
 
「ルーシー、泣いてないで、早く指示をちょうだい! 奴が動けなくなっているうちに、止めを!」
 
 だが、いつまでの感動の余韻に浸っているわけにはいかなかった。
 
 ソフィアは今の内に、ジョーカーに引導を下そうとしていた。
 
 確かに、奴が気を失っている今がチャンスだ。
 
「待てよソフィア! こいつはジーンなんだ! 殺しちゃダメだ!」
 
 だが、僕はそれを制止した。
 
 今、ジョーカーを殺せば、ジーンも死んでしまう。
 
「バカ言ってんじゃないわよ! ジーンはもうジョーカーに乗っ取られたのよ、どうにもならないわ!」
 
「それでも、どうにかするんだ」
 
 そうだ、絶対に諦めない。
 
 僕は十年も、ファーメリーを諦めなかった。
 
 そのお陰で、コールに会えた。
 
 諦めなければ、信じ続ければ、頑張り続ければ。
 
 叶わないことなんてないんだ。
 
「ジーンは絶対に助ける! 僕が、絶対に!」
 
 その想いだって、きっと叶うはずなんだ。
 
 ジーンは、僕の想像した、かっこ良くて、憧れの旅人なんかじゃなかった。
 
 でも、僕はジーンに助けてもらった、たくさんのことを教えてもらった。
 
 だから、僕もジーンを助ける。そして、教えてやるんだ。
 
「手遅れなんてことない。道を誤ったって、絶対に、信じていれば、何度でもやり直せるんだ!」
 
 ジーンは罪を犯した。
 
 いろんな人を騙した。大切なものを傷つけた。
 
 でも、ジーンはそのことを悔いている。
 
 その気持ちがある限り、ジーンはもう一度、陽の当たる道を歩けるはずだ。
 
[ぐうっ! こ、こりゃ一体なんの悪夢だ……]
 
 ジョーカーが目を覚ました。
 
 ジーンの身体を起こし、辺りを見回して動揺している。
 
[右もファーメリー、左もファーメリー。……東を向いても西を向いても南を向いても北を向いても……]
 
 そして周囲の状況を把握し、自分が敵に囲まれていることに気付くと、発狂したように叫び始めた。
 
[冗談じゃねえー! なんだってここはファーメリーだらけなんだよー! あー気持ち悪っ! うぜえ! 胃がムカムカするー!!]
 
 頭を抱え、道化はもがく。
 
 周囲に戦えるファーメリーが三体も。戦闘不能の者を含めれば、五体もいる。
 
 ジョーカーにとって、今のこの空間は拷問部屋のような不愉快さをもたらすようだ。
 
[いつの間にかアリンコみたいにウジャウジャ沸いてきやがって、気色悪いったらないぜ! ファーメリーって奴らはよ! だから嫌いなんだ、集団で群がりやがって!]
 
「コール……!」
 
 ジョーカーが喚いている隙に、僕はコールに耳打ちした。
 
「ジーンを、助けたいんだ。僕が何とか方法を考える。だから、力を貸してくれ」
 
「……あい!」
 
 コールは力強く頷いてくれた。
 
[あーもー、うざいから片っ端から食らいつくしてやる! どいつからだ、どいつから食われたい!?]
 
 ジョーカーの狙いが、コールに定まった。
 
[てめえ、ファーメリーだったのか。うっとおしいガキだとは思ったが……。目障りなお前から食うぞ!]
 
 コールに飛びかかろうとするジョーカー。
 
 突然のことで、僕もコールも身動きがとれない。
 
「ソフィア!」
 
「アルル!」
 
 背後からの重なった声。
 
 それとほぼ同時に、二体のファーメリーの剣が、コールの目の前でクロスする。
 
 それが障壁となり、ジョーカーを弾き返した。
 
「姉さん……。ミーシャ、さん……?」
 
 僕は驚いて振り返る。
 
 姉さんに支えられて、何とか立っているミーシャは、鋭い眼光で僕を射た。
 
「そこまで啖呵たんかを切ったんだ、救えるものなら救って見ろ」
 
「私たちがサポートします。頑張って、ディース」
 
 姉さんの優しい声が、勇気を与えてくれる。
 
「早くしてよ! 倒すよりも守るほうが、大変なんだから!」
 
 ソフィアが怒鳴る。
 
 ジョーカーがキレる。
 
[邪魔するな! 邪魔するならお前らから先に……げふっ!]
 
 そう叫んだ矢先、その顔にステッキが突き刺さる。
 
「こういうレディー・ファーストは、感心いたしませんな」
 
 二日酔いで倒れていたギルバートの、渾身の一撃だった。
 
[ぐおおおのおおおおおおお!! バカにしやがってぇぇぇ!!]
 
 ついに怒髪天を抜いたか。
 
 ジョーカーは白い顔を真っ赤にして、怒り狂った。
 
 しかし、その身体が急にこわばる。
 
[な、なんだ、身体が言うことを……]
 
 震える身体。
 
 ジーンの首が、ゆっくりと上を向く。
 
 萎れた花が、息を吹き返したように。
 
「ジーン!」
 
「で、ディー……す……」
 
 ジーンの意識が戻ったのだ。
 
 ジョーカーに対抗しようと、身体を必死に止めている。
 
[てめえ、この大変な時に邪魔すんな! お前の身体は、もう俺の物なんだ! 所有物は黙って大人しくしてろ!]
 
「僕は……もう、誰も傷つけたくない。お前の、言いなりには、ならない!」
 
 ジーンの心からの叫び。
 
 彼女はジョーカーの根元に向かって視線を投げかけ、睨みつけた。
 
「……そうか! それなら!」
 
 僕はコールに耳打ちした。
 
 僕の話を聞き、コールは強く頷いた。
 
「ソフィア、アルル、こいつの注意を引いてくれ」
 
 僕の指示に、二人は顔を見合わせ、頷いた。
 
 そして、ジョーカーに剣の先端を突きつける。
 
[くっ、てめえら!]
 
「ジーン、今助けるぞ!」
 
 その隙に、僕は駆け出した。
 
 そして、側の大木によじ登る。
 
 かなり上まで登り、枝に飛び移った。位置は地上の戦場の中心。
 
 ジョーカーの、ちょうど真上だ。
 
 僕は蔦を掴んだ。
 
 それを察知し、ジョーカーが上を向いた。
 
[おっと、それはいつぞやに、あのギフトの女をやっつけたのと同じ戦法だな。そっから飛び降りて、俺を攻撃するつもりか? こいつの中から見させてもらっていたよ。だから、同じ手は通用しねえ!]
 
 ジョーカーは身体を上へと伸ばしてきた。その勢いでソフィアたちを弾き飛ばす。
 
[待ってろ、すぐに引っ張り下ろして、今度こそ食ってやる!]
 
 奴は僕に手を伸ばしてきた。
 
 その指の先端が、僕に触れる直前。
 
 動きが止まった。
 
[くっ、あとちょっとなのに、届かない……!]
 
 ジョーカーは必死で身体を、腕を伸ばした。
 
 しかし、届かない。
 
 なぜかと怪しんで、下を見ると。
 
 ジーンが、それ以上ジョーカーが動けないようにと、必死で足を踏ん張っていたからだ。
 
[このアマァ!]
 
 ジョーカーは標的をジーンに変えようとした。
 
 ジーンを気絶させて、また身体を乗っ取るつもりらしい。
 
 だが、そうはさせない。
 
 僕は蔦で身体を支え、空いた手でジョーカーの腕を掴んだ。掴んで、思いっきり引っ張った。
 
[ギャーいてー! コラ、引っ張るな、千切れる!]
 
 上から僕、下からジーンが奴を抑える。これで奴は身動きが取れなくなった。
 
 全て、僕の計算どおりだ。
 
「コール、今だ!」
 
 僕は叫んだ。ジョーカーがハッとしてコールを見るが、もう遅い。
 
 コールは剣を握りしめ、胸の前でまっすぐ構えていた。
 
 狙いは、ジーンの首もと。
 
[ちょ、ちょっと待て、やめろ!]
 
 慌てふためくジョーカー。その悲痛な叫びに心を動かされるものは、残念ながらいない。
 
 動いたのは、コールの身体だった。
 
 体勢を崩すことなく、まっすぐ切っ先をジョーカーへ向け、疾走する!
 
「いっけええええええ!!」
 
 剣の先端が、ジーンの首に突き刺さる。
 
 正確には、ジーンのチョーカーの、宝石を直撃する。
 
 ピシッと、宝石に罅ひびが入った。
 
[んなっ、なああああああ!!]
 
 宝石が粉々に砕け散る。その音は、ジョーカーの断末魔の悲鳴によってかき消された。
 
 ジョーカーが灰のように砕けて、消え去る。
 
 ジョーカーはジーンの身体に寄生していたわけではなかった。
 
 ジーンが首につけていた、チョーカーの赤い宝石に宿って、そこからジーンを操っていたのだ。
 
 彼女の首元へ向けた視線が、それを僕に気付かせてくれた。
 
 ――人間であらざるとは言え、所詮は道化。そこには何かしらのトリックがあるのかもしれませんね。
 
 そう言った姉さんの言葉が、僕に確信を持たせた。
 
 ジョーカーは倒せる。ジーンも助けられる。と。
 
 そして、それは現実のものとなった。
 
 ジーンがその場に倒れ込む。コールもその場に足を折った。
 
 僕は木から飛び降りて、駆け寄った。
 
 へたりこんだコールを支え、そしてジーンに声をかける。
 
「ジーン! 大丈夫か、ジーン!」
 
「大丈夫、気を失っているだけみたいよ」
 
 ソフィアの言葉に、肩の力が抜けた。
 
「ジーンたん、お元気です?」
 
 コールが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
 
「ああ、無事だよ。コールのおかげだ、ありがとう!」
 
 僕はコールを抱きしめた。
 
「ディースたんに誉めてもらったです……。うにゅぅ~……」
 
 僕の腕に顔をすり寄せ、コールは嬉しそうに鳴いた。
 
「私、私、夢でも見てるんじゃないかしら……」
 
 遠くから、姉さんの嗚咽おえつと、震える声が。
 
「ディースがあんな立派に戦って。ファーメリーもやってきて。ジョーカーを相手に戦ったのに、誰も犠牲が出なくて。こんな、こんなことって……」
 
「親バカめ」
 
 それを聞いていた、ミーシャが鼻で笑った。
 
「だが、夢じゃなくて良かったと、今なら言えるな。まったく、無茶をしたもんだ、お前の弟は」
 
「よかった、よかったわね、ディース……!」
 
 本当に良かった。
 
 そう、心から思えたことが嬉しくて。
 
 歓喜の震えが止まらなかった。
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