ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

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22.戦闘体型と二日酔い

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「間一髪ですな」
 
 その声に、僕は目玉が飛び出しそうになるほど、目を見開いた。
 
 スーツの背中から飛び出した、二対の透明な羽。
 
 それがファーメリーである、確固たる証拠だ。
 
 こんなファーメリー、僕は他に見たことがない。
 
 だが、白い口髭には、見覚えがある。
 
「お、お前、ギルバート!?」
 
 信じられなかったが、恐らく間違いない。ギルバートだ。
 
「何、そのダンディーな紳士姿!」
 
「戦闘体型ですな」
 
 ファーメリーは戦闘体型をとると、人間と同じ大きさになり、戦うための武装をする。
 
 彼のそれは戦うスタイルではなさそうだったが、それでもその姿からは、強さと逞しさが滲み出ていた。
 
「お前、ただの酔っぱらいじゃなかったんだな。そんな姿になれるなら、もっと早くなってよ!」
 
「機会がありませんでしたな」
 
 淡々と返事をしてくる。その態度も、何だかダンディー。
 
 こいつはもはや、妖怪でも酔う精でもない。
 
 妖精を超越した存在。
 
 傭精だった。
 
 僕は感動し、同時に落胆もした。
 
「お前がこんなすごい奴だって分かってたら、僕もあんなに悩まなくて済んだのかな……」
 
 もし知っていたなら、すぐに自分のファーメリーとも見切りをつけられたかもしれない。
 
「そんなことを言うものではありません。犠牲になったファーメリーに対して、失礼です」
 
 そう呟く僕を、ギルバートは叱りつけた。
 
 そして、優しく言いなおした。
 
「これでよかったのですよ」
 
「え……?」
 
「人間、悩まなければ前へは進めませんからな」
 
 そう。そうだよな。
 
 また、弱気になりかけていた。
 
 僕は自分のファーメリーを信じていた。
 
 その気持ちを、今になって足蹴にしちゃいけない。
 
 結果はどうあれ、自分がなにを信じて、どう進んできたか。
 
 それが、一番重要なんだ。
 
 僕は気持ちを取り直し、ギルバートに叫んだ。
 
「ギルバート、ジーンを助けたいんだ。手を貸してくれ!」
 
 快諾してくれると思っていた。
 
 だが、ギルバートは表情を曇らせる。
 
「……それはちと、難しいですな」
 
「どうして! ジョーカーを倒せばいいんだ、お前なら、簡単だろう?」
 
「ジョーカーを倒すのは、造作もないこと。しかし、奴は彼女に寄生しております。その度合いにもよりましょうが、今ジョーカーを倒せば、同時に彼女も……」
 
「な……」
 
 ジョーカーの死は、ジーンの死に繋がる。
 
 ギルバートはそう言いたいのだ。
 
 僕の顔から血の気が引いた。
 
「じゃあ、どうすることもできないの?」
 
「ジョーカーが彼女の身体を住処にしていなければ、それは容易なことなのですが……」
 
 ギルバートのこめかみを、汗が流れる。
 
 やっぱり、無理なのか? 焦りが広がる。
 
[くっそー! いってーな、このやろー!]
 
 そうしていると、顔を吹き飛ばされて昏倒していたジョーカーが我に返った。
 
 そしてすかさず、拳を繰り出してくる!
 
 ギルバートは僕を庇いつつ、攻撃を避けた。
 
 しかし躱しきれず、その強烈な一撃を左膝に受ける。
 
 ギルバートは地面に反対の膝を突いた。
 
「ギルバート!」
 
「くっ……無念」
 
「大丈夫か!」
 
「あ、頭が……」
 
「頭!? でもさっき受けた傷は足に……」
 
 苦痛を顔に浮かべて、ギルバートは頭を抱えた。
 
「……二日酔いですなぁ」
 
 ……。
 
 日頃の怠慢の成果が、こんな場面で。
 
 予期できたような。でも予期できなかったことに、僕は硬直した。
 
「……やっぱりお前、使えないな……」
 
 強いのは強いのだろうが、今の状況、一番の役立たずだ。普段と変わらないじゃないか。
 
 そんなことを考えている内に、僕は再びジョーカーに捕らわれた。
 
「うわっ! 何するんだ、離せ!」
 
[うるせー! 邪魔が入る前に食ってやるんだ、てこずらせやがって!]
 
「邪魔……?」
 
 ジョーカーは焦っているようだった。
 
 その理由が分かったのは、その直後のことだった。
 
 僕がやってきた方角から、続々と足音が流れ込んできた。
 
「ディース! ああ、何てこと!」
 
「姉さん……」
 
 先頭を切って突っ込んできたのは、姉さんとソフィアだ。
 
 後ろから、手当を終えたミーシャと、それを支えるように連れ添うアルルもやってきた。
 
「私が、ただの小娘に、あれほどの手傷を負わされるわけがないだろう! 早合点するところは姉弟そっくりだな」
 
 呆れたように、ミーシャは僕を怒鳴りつける。
 
 姉さんが恥ずかしそうに赤くなっていた。
 
「アルル、戦闘体型!」
 
 ミーシャがそう指示すると、彼女のファーメリー――アルルが光に包まれ、人間と同じ大きさになった。
 
 赤い鎧を身にまとい、大きな剣を構えている。
 
 見るからに強そうなファーメリーに、ジョーカーは少し怯んでいた。
 
「待ってください、ミーシャ! あなた方の攻撃は強力すぎます、下手をしたらディースまで……」
 
 姉さんはミーシャを止めようとしたが、彼女は聞く耳を持たない様子だ。
 
「自分勝手なガキには、少しくらいお灸を据えてやればいい」
 
「少しじゃ済みませんって、お願いですから少し待って!」
 
「だったらどうする、このままでは結局ジョーカーの餌食になるぞ!」
 
「ソフィア、どうにかならないの? このままではディースが……!」
 
「あたしにそんなこと言われても……」
 
 姉さんの側で、既に戦闘体型を整えていたソフィアは、困ったように眉を顰めた。
 
 僕が、足枷になっている。
 
 だが、それはある意味で好都合かもしれない。
 
 あのファーメリーたちに袋叩きにされたら、ジョーカーはたまったものじゃない。
 
 それは即ち、ジーンにも同じことが言えるからだ。
 
 ジーンを助けたい。
 
 その方法を、考えなくてはならない。
 
 僕が捕まっている間は、その時間を稼ぐことができる。
 
 ……食べられなければの話だが。
 
 そんな恐怖と戦いながら、僕はこいつをジーンから引き離す方法を考えていた。
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