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夜天の主 編
メアリ=レーン
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私の名前はメアリ=レーン。
危険代行人材派遣協会――誰が呼び始めたのか通称:冒険者ギルド本部の看板受付嬢です。元Aランク職員……皆さんは〇〇ランク冒険者と名乗ってはいますが、正式には"職員"です。
世界が国際連合で統治されていなかった大昔には冒険者というものも存在していたそうですが、安全と保障が法で守れた"法治国家"が浸透していくにつれて廃れていきました。しかし、人種以外の存在が跋扈する世の中には、得られるはずの安全と保障を捨ててでも危険を代行してくれる存在が必要不可欠だったのです。
そして誕生したのが全世界に中立を宣言して天空に浮かび上がった空中都市アヴァロンと危険代行人材派遣協会でした。この空中都市アヴァロンの建造には転生者や転移者が多く関わっていたと聞きます。彼らの世界には冒険者という職業は無く、ゲームやマンガの中の話であって憧れの対象だったのでしょう。その結果、彼らの何人かが冒険者だと自称し始めたのが切っ掛けとし、それが世の中に浸透していった。
私としてはどちらでも構わないのですけれど……公式書類くらいは正確に書いて頂きたいものです。
脱線した話を戻しましょう。
私、メアリ=レーンは16歳の誕生日を機に幼馴染のアイリス=フレイスターと共に故郷の村を出て空中都市アヴァロンに移り住んだ。エルフと言う種族は自然と共に生きることを主としている。特に私の生まれ育った村はその思想が色濃く、現代文化を認めないなんていう化石のような思考回路を持つ大人たちが多かった。その生き方を否定するつもりはないけれど、私には合わなかった。だから、同じように感じていたアイリスと一緒に村を出たのだ。
協会に入ってすぐは色々と大変だった。
幼いころから魔法の修練を受けていた私たちですが、戦闘という分野においては動物の狩り程度でからっきし。当時の協会が斡旋していた仕事は世界各国から届く非常に危険な戦闘を含んだものばかりで、たいした戦闘も出来ないガキに与えられる仕事なんて殆どありませんでした。最近になって漸くと言った感じに細々とした多彩な依頼が舞い込むようになったのです。
それでも一つ一つ経験を積んでいくことで二人で一人前として認められるようになり、アヴァロンに移り住んで5年の歳月が経過した頃にはAランク職員に昇格を果たした。
その頃から私はアイリスとの実力差を感じるようになった。
私は生まれ持ったスキル【強靭】で身体能力を向上させることにより戦闘面で優位に立っていましたが、アイリスは天賦の才とも言える戦闘センスで差を埋めていき、彼女が持つ【劫火】の炎を支配し強化するスキルによって実力差は歴然のものと成りつつあった。
私の実力はそこで打ち止め、でも、アイリスの実力の伸びしろは残していた。このままではアイリスの成長の妨げになるどころか足を引っ張ってしまう可能性を懸念し、私は本部職員になることを決めてアイリスにコンビ解消を伝えた。
本部職員になった私は元Aランクの美人受付嬢として人気を博し……待っていたのは退屈な受付業務と事務作業、時々、広告塔として営業活動だ。
危険と隣り合わせの一般職員とは異なり、安全と保障が約束されたつまらない日々。
アイリスは私とコンビを解消した後、様々なパーティや団体から誘いはあったものの全てを断りソロで活動するようになった。当初は危なっかしい報告を何度も受けていたが、彼女は私のいる受付に帰ってくる度に目に見えて成長していった。
自分で限界を悟って身を引きながら、日々成長していく相棒の姿に嫉妬していたのだ。
そんな彼女の姿を見続けて早5年――私たち二人で一人前と言われていたのが、今ではアイリス一人で一人前以上と多くの人に一目を置かれるようになっている。
嫉妬している反面で元相棒にして親友が称賛されるのは鼻が高い。
アイリスがコウイチを連れてくる少し前、久しぶりに仕事の休みが合いランチを一緒していた時の話だ。
「ねぇ、アイリス。貴方、結婚とかしないの?」
「はいぃ? 急にどうしたの? メアリ、変な物でも拾って食べた?」
「……しないわよ」
そんな話をしたのにも理由がある。
一般職員で依頼を受けて世界中を飛び回っているアイリスがどうかは分からないけれど、本部職員として受付に詰めている私には恋バナやら縁談やらどこぞの馬の骨やらが勝手に寄って来るのだ。
まあ、私たちも故郷を出て10年。今年で26歳になる。エルフとしてはまだまだ子供だけれど、人間基準では結婚の頃合いだと言える。
ここ最近、特にそういった話はよく耳にするし、同僚や友人の結婚も何度かあった。更には言い寄って来る馬の骨も増えた。
「なるほど。……結婚ねえ、考えたことすらないよ。だって、エルフの成人って50だし?」
「そうよね。そもそも成人の定義が異なるのよね」
人間の成人とは肉体の成熟だが、エルフの成人は精神の成熟を意味する。
つまり、エルフ基準で言えば私もアイリスもまだまだ子供という訳だ。結婚なんて発想がない。
「結婚は兎も角、気になる男の子とかはいないの?」
「ふぇ?」
アイリスが突然のことに声を裏返しにして目を丸めた。
結婚とボーイフレンドは話が別。
人間でもエルフでも彼氏彼女くらい年齢は関係ない。
残念ながら私にはいないけれど……どいつもこいつも顔や身体しか見てない……私の周りって碌な奴がいないのよね。
「……受付嬢も大変なんだ。私は……基本的にずっと一人だから、人と関わること自体がない!」
「偉そうにするところじゃないわよ!?」
「でもまあ……男の子ってあまり好きじゃないし」
「小さい頃によく虐められてたから?」
「それもあるけど……って違う! いや、その側面もあるから違わないかも……なんか、凄い苦手意識があるんだよね。それが子供の頃の虐めが原因だったとしたら、やっぱりあってる……よね」
アイリスは今でこそカッコいい系統の美人に成長してしまったけれど、子供の頃は目に入れても痛くないくらい可愛かった。女の私でも将来お嫁さんにしたいと思えるくらいに。必然、村の男子からの人気があり、好きな女の子を虐めたくなる男の子の性質が仇となり、アイリスは格好の餌食となっていたのをよく覚えている。
ある日。
そんなアイリスから転移者の男の子と使い魔を保護したと連絡があった。
報告には難有と記載があった。
私は問題児が来るのかと頭を抱えた。
転移者における大抵の場合、通例として難有と記載するのは社会不適合レベルの性格的、知能的問題があるケースだ。前者であれば対応する更生施設に放り込み、後者は病院に叩き込む。
しかし、蓋を開けて見ればスキルなしの転移者と来た。前例がない訳ではないですが、非常に珍しいケースです。
最終的にはアイリスが転移者――コウイチのスキルを隠そうとしたという話で落ち着くのですけれど、問題は私の目の前で繰り広げられた光景です。
男性に対して苦手意識を持っているはずのアイリスがコウイチと気兼ねなく会話していました。
それだけに留まらず、二人の生活が落ち着くまで自分の船に居候させるというのだから驚きだ。
アイリスは多かれ少なかれコウイチに好意を抱いているかもしれない。
そして私にもコウイチに対する認識を変化させる出来事があった。
アヴァロン上空を覆った黒い空――魔獣の群れ。その翌日に私はアヴァロン統括議会に呼び出しを受けた。
本部の部長や協会の理事会に呼び出されるのには慣れてはいるが、アヴァロンの統括議会に呼び出されるのは初めてのことで本当に肝が冷えた。
会議室で私を待っていたのは着物姿の女性――タマモ。
そこでの話は私の許容量を遥かにオーバーしたもので整理するのに時間が掛かった。若干、未だに納得せずにありのまま受け入れているだけの内容があるくらいだ。
平たく纏めるとタマモ様たちの今後の計画と予測を伝えられ、私は協力者としてコウイチを影ながら支える役目を頼まれた。
私は自然な流れでコウイチをタマモ様直轄の第三地下工房に送り込む為、私には利用価値があると思って貰えるように多少過度なスキンシップを加えつつ接触を計った。
可愛い女性、綺麗な女性に言い寄られたホイホイと付いて行ってしまう。
好意を持たれている相手になら困りごと簡単に相談してしまう。
男ってそういう生き物でしょう?
と、私は思っていましたが……コウイチという男は一筋縄ではいきませんでした。
受付業務で面倒な人達と接し、広告塔として作り笑顔を振りまいたりしている内に人を籠絡させ、思うように操る技術が磨かれていった。多少なりともこの手の分野には自信があった。
扱い辛い依頼を言葉巧みに適材の人材に押し付けたり、自分の事務仕事を他の職員に押し付けたり、また少し本気笑顔でお礼を言ったら好意を持っていると勘違いをさせてしまいストーカーされたりもした。
なのに、過去一番と言って良い他では絶対にしないレベルの好意を寄せてもコウイチとの距離は縮まることが無かった。
自分に寄ってこない初めての人。
興味が沸いた。
工房への紹介が終わると彼の仕事が忙しくなり会う機会が極端に減った。
商人のジェフを紹介したのが最後でしょうか?
その後にあった三皇襲撃で各関係機関への報告や調整に追われている間に使い魔のハクがコウイチに対して積極的なアプローチを駆けるようになっているではないですか。白龍皇にやられて死の淵を彷徨ったとも聞きましたが、何がどうなったらあそこまで変貌を遂げるたのか……。
私がコウイチに会えない間に他がどんどん進展して行っている。
そんな焦りが……焦りが芽生えていたのでした。
極めつけには、コウイチが作り出した黒剣:夜天の主をアイリスに押し付ける為の茶番に呼ばれた際、
「今度は銀のお揃いの指輪が嬉しい!?」
幾ら親友だからって……あの女、どさくさ紛れに何言ってるのでしょうか?
確信した。アイリスはコウイチに好意を抱いている。それどこか頭のネジが吹っ飛んでるのではないですか?
取りあえず、当分はそんな感情を抱けないようにきついお説教をしておいた。
それにアイリスは一年間、タマモ様やミドガルズオルム様と無人島で修行らしいですからね。バイバイ。
さあ、これからゆっくりとコウイチと……ちょっと!? 二人っきりでメルト国際公園に行って来るですって!?
メルト国際公園――通称:恋人たちの花園。
誰よ、こんな恥ずかしい呼び名を考えた人は!?
最近はコウイチのことばかりを考えていて仕事に手がつきません。
まあ、殆どの仕事は他の人が"好意的で手伝ってくれている"ので、私は専ら受付カウンターに座ってお茶を飲んでいるだけですけれど。
さて、どうすればコウイチを振り向かせることが出来るでしょうか。
いっその事、本気で既成事実を作ってしまうのはどうでしょう?
力でねじ伏せるのは好みませんから、お酒漬けにしてしまうのが手っ取り早いですね。
一応、手配しておきましょう。
しかし、これは恋……というよりは”意地”ですね。
寄って来ない相手を私無しでは生きられないしてやりたい。
あと何故か、アイリスにだけは渡したくないと思ってしまっている自分がいるのが不思議でなりません。
……これが恋をするということなのでしょうか?
まさか、ね。
そんな悶々とした日々を送っていた私にまた統括議会からお呼び出しが掛かった。
呼び出しの内容は悪だくみ。
白龍皇によってアヴァロンに与えられた期限僅か1年。
全ての命運はコウイチ一人の背中に委ねられた。
彼が白龍皇から与えられた課題は『世界を再生させる』などという途方もないものだ。そもそも方法があるのかも分からないものが、新型魔導融合炉の建造と並行していては到底見つかるはずもない。
そこで統括議会が出した結論はコウイチへの全面的支援だ。
老朽化が進んでいると言えど、今の状態であれば魔道融合炉は1年やそこらでどうにかなるものでもないらしい。故に建造速度を遅くし、コウイチが自由に動ける状態を作る。
ついでに世界中どこへでも行きつつ、どこでも作業が行える環境を与える。
――戦艦KERT-RLA3。
アヴァロンで開発された最新鋭の戦艦を丸々一つコウイチに与えるというのだ。それも維持費や必要に応じた改装費も全てアヴァロンが負担すると言う。
馬鹿げた話もあったものですが、滅びるどうかの瀬戸際なのだから考えて見れば不思議でもない。
「そこでアンタにお願いがあるんよ。この船に監視役兼管制オペレーターとして着任して欲しいんよ」
「監視役ですか?」
タマモ様の要求に私は首を傾げてしまいました。
管制オペレーターは意味が分かる。しかし、監視役とは?
「コウイチらの行先――ヒュレイン大樹海には恐らく三皇の一匹がおるはずや」
「えっ!? き、危険じゃないですか!? すぐに連絡しないと――」
咄嗟に立ち上がろうとした私をタマモ様が手招きをするようにして制する。
「安心しい。白いのとの契約がある以上、三皇が手を出すことはあらへんよ。逆に安全なくらいやね。あの三匹はやることは過激やけど、約束だけは守るからね」
「そういうものなのですか……」
「長く生きてるからこそ、約束だけは守るし守らせるんよ。そんで重要なんわな。そこで何かしらの情報を仕入れはするが口止めされるやろと思うんよ。あの子のことを信用してないワケやないんやけどな。情報ゼロ、進捗も分からんまま命運を託せるほど余裕のある状態ではあらへんのよね」
「事情は何となく分かりました。私もアヴァロンが無くなるのは困りますので、喜んで間者にならせて頂きます」
「迷惑かけてホンマごめんな。迷惑ついでにもう一つお願いがあるんだけど……」
「はい?」
タマモ様は申し訳なさそうな顔で厄介なお願い事をしてくるのでした。
三皇以外の動向の調査。
先の襲撃におけるコウイチを見逃した件は白龍皇の独断ではないかというのがタマモ様の見解とのこと。これにより、三皇は繋がりの深さから1年という期間の間はコウイチに手を出すことはないだろう。
そして三皇に目を付けられているコウイチが動けば他の殲滅派や他派閥の者が介入してくる可能性が高い。
自分たちの目的の為に動いているだけで勝手に情報の方からやってくるのだ。これほど情報収集に適した機会は今後得ることは難しいだろう。使えるものは使わなければ勿体ない。
コウイチ達が半月ほどで帰還し、工房の方がリフォーム中とあって活動拠点が戦艦KERT-RLA3へと移った。
整備クルーとして派遣された2名の内、1人が女性とあってライバルが増えないかと注意の必要があるのですが……その前に一番邪魔な白い犬っころを抑えておかないといけませんね。
ーーー、よし。
これで白い犬っころは当分、歯向かうことはしないでしょう。
今の内にあわよくば既成事実を作ろうと行き過ぎたアプローチの結果……事体は厄介な方向に進んでしまいました。
私の思惑は残念な方向に進みそうな風向きです。
と、思っていたら思いの外、コウイチという人物はバカのようです。
ハーレムですか……確かに異世界からの転移者や転生者にはそういった思考の持ち主が多いと聞いていましたが本当だったとは驚きを通り越して呆れてしまいます。
では、仕方がないですけれど私もその一員になれるように努力をしましょう。
危険代行人材派遣協会――誰が呼び始めたのか通称:冒険者ギルド本部の看板受付嬢です。元Aランク職員……皆さんは〇〇ランク冒険者と名乗ってはいますが、正式には"職員"です。
世界が国際連合で統治されていなかった大昔には冒険者というものも存在していたそうですが、安全と保障が法で守れた"法治国家"が浸透していくにつれて廃れていきました。しかし、人種以外の存在が跋扈する世の中には、得られるはずの安全と保障を捨ててでも危険を代行してくれる存在が必要不可欠だったのです。
そして誕生したのが全世界に中立を宣言して天空に浮かび上がった空中都市アヴァロンと危険代行人材派遣協会でした。この空中都市アヴァロンの建造には転生者や転移者が多く関わっていたと聞きます。彼らの世界には冒険者という職業は無く、ゲームやマンガの中の話であって憧れの対象だったのでしょう。その結果、彼らの何人かが冒険者だと自称し始めたのが切っ掛けとし、それが世の中に浸透していった。
私としてはどちらでも構わないのですけれど……公式書類くらいは正確に書いて頂きたいものです。
脱線した話を戻しましょう。
私、メアリ=レーンは16歳の誕生日を機に幼馴染のアイリス=フレイスターと共に故郷の村を出て空中都市アヴァロンに移り住んだ。エルフと言う種族は自然と共に生きることを主としている。特に私の生まれ育った村はその思想が色濃く、現代文化を認めないなんていう化石のような思考回路を持つ大人たちが多かった。その生き方を否定するつもりはないけれど、私には合わなかった。だから、同じように感じていたアイリスと一緒に村を出たのだ。
協会に入ってすぐは色々と大変だった。
幼いころから魔法の修練を受けていた私たちですが、戦闘という分野においては動物の狩り程度でからっきし。当時の協会が斡旋していた仕事は世界各国から届く非常に危険な戦闘を含んだものばかりで、たいした戦闘も出来ないガキに与えられる仕事なんて殆どありませんでした。最近になって漸くと言った感じに細々とした多彩な依頼が舞い込むようになったのです。
それでも一つ一つ経験を積んでいくことで二人で一人前として認められるようになり、アヴァロンに移り住んで5年の歳月が経過した頃にはAランク職員に昇格を果たした。
その頃から私はアイリスとの実力差を感じるようになった。
私は生まれ持ったスキル【強靭】で身体能力を向上させることにより戦闘面で優位に立っていましたが、アイリスは天賦の才とも言える戦闘センスで差を埋めていき、彼女が持つ【劫火】の炎を支配し強化するスキルによって実力差は歴然のものと成りつつあった。
私の実力はそこで打ち止め、でも、アイリスの実力の伸びしろは残していた。このままではアイリスの成長の妨げになるどころか足を引っ張ってしまう可能性を懸念し、私は本部職員になることを決めてアイリスにコンビ解消を伝えた。
本部職員になった私は元Aランクの美人受付嬢として人気を博し……待っていたのは退屈な受付業務と事務作業、時々、広告塔として営業活動だ。
危険と隣り合わせの一般職員とは異なり、安全と保障が約束されたつまらない日々。
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自分で限界を悟って身を引きながら、日々成長していく相棒の姿に嫉妬していたのだ。
そんな彼女の姿を見続けて早5年――私たち二人で一人前と言われていたのが、今ではアイリス一人で一人前以上と多くの人に一目を置かれるようになっている。
嫉妬している反面で元相棒にして親友が称賛されるのは鼻が高い。
アイリスがコウイチを連れてくる少し前、久しぶりに仕事の休みが合いランチを一緒していた時の話だ。
「ねぇ、アイリス。貴方、結婚とかしないの?」
「はいぃ? 急にどうしたの? メアリ、変な物でも拾って食べた?」
「……しないわよ」
そんな話をしたのにも理由がある。
一般職員で依頼を受けて世界中を飛び回っているアイリスがどうかは分からないけれど、本部職員として受付に詰めている私には恋バナやら縁談やらどこぞの馬の骨やらが勝手に寄って来るのだ。
まあ、私たちも故郷を出て10年。今年で26歳になる。エルフとしてはまだまだ子供だけれど、人間基準では結婚の頃合いだと言える。
ここ最近、特にそういった話はよく耳にするし、同僚や友人の結婚も何度かあった。更には言い寄って来る馬の骨も増えた。
「なるほど。……結婚ねえ、考えたことすらないよ。だって、エルフの成人って50だし?」
「そうよね。そもそも成人の定義が異なるのよね」
人間の成人とは肉体の成熟だが、エルフの成人は精神の成熟を意味する。
つまり、エルフ基準で言えば私もアイリスもまだまだ子供という訳だ。結婚なんて発想がない。
「結婚は兎も角、気になる男の子とかはいないの?」
「ふぇ?」
アイリスが突然のことに声を裏返しにして目を丸めた。
結婚とボーイフレンドは話が別。
人間でもエルフでも彼氏彼女くらい年齢は関係ない。
残念ながら私にはいないけれど……どいつもこいつも顔や身体しか見てない……私の周りって碌な奴がいないのよね。
「……受付嬢も大変なんだ。私は……基本的にずっと一人だから、人と関わること自体がない!」
「偉そうにするところじゃないわよ!?」
「でもまあ……男の子ってあまり好きじゃないし」
「小さい頃によく虐められてたから?」
「それもあるけど……って違う! いや、その側面もあるから違わないかも……なんか、凄い苦手意識があるんだよね。それが子供の頃の虐めが原因だったとしたら、やっぱりあってる……よね」
アイリスは今でこそカッコいい系統の美人に成長してしまったけれど、子供の頃は目に入れても痛くないくらい可愛かった。女の私でも将来お嫁さんにしたいと思えるくらいに。必然、村の男子からの人気があり、好きな女の子を虐めたくなる男の子の性質が仇となり、アイリスは格好の餌食となっていたのをよく覚えている。
ある日。
そんなアイリスから転移者の男の子と使い魔を保護したと連絡があった。
報告には難有と記載があった。
私は問題児が来るのかと頭を抱えた。
転移者における大抵の場合、通例として難有と記載するのは社会不適合レベルの性格的、知能的問題があるケースだ。前者であれば対応する更生施設に放り込み、後者は病院に叩き込む。
しかし、蓋を開けて見ればスキルなしの転移者と来た。前例がない訳ではないですが、非常に珍しいケースです。
最終的にはアイリスが転移者――コウイチのスキルを隠そうとしたという話で落ち着くのですけれど、問題は私の目の前で繰り広げられた光景です。
男性に対して苦手意識を持っているはずのアイリスがコウイチと気兼ねなく会話していました。
それだけに留まらず、二人の生活が落ち着くまで自分の船に居候させるというのだから驚きだ。
アイリスは多かれ少なかれコウイチに好意を抱いているかもしれない。
そして私にもコウイチに対する認識を変化させる出来事があった。
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会議室で私を待っていたのは着物姿の女性――タマモ。
そこでの話は私の許容量を遥かにオーバーしたもので整理するのに時間が掛かった。若干、未だに納得せずにありのまま受け入れているだけの内容があるくらいだ。
平たく纏めるとタマモ様たちの今後の計画と予測を伝えられ、私は協力者としてコウイチを影ながら支える役目を頼まれた。
私は自然な流れでコウイチをタマモ様直轄の第三地下工房に送り込む為、私には利用価値があると思って貰えるように多少過度なスキンシップを加えつつ接触を計った。
可愛い女性、綺麗な女性に言い寄られたホイホイと付いて行ってしまう。
好意を持たれている相手になら困りごと簡単に相談してしまう。
男ってそういう生き物でしょう?
と、私は思っていましたが……コウイチという男は一筋縄ではいきませんでした。
受付業務で面倒な人達と接し、広告塔として作り笑顔を振りまいたりしている内に人を籠絡させ、思うように操る技術が磨かれていった。多少なりともこの手の分野には自信があった。
扱い辛い依頼を言葉巧みに適材の人材に押し付けたり、自分の事務仕事を他の職員に押し付けたり、また少し本気笑顔でお礼を言ったら好意を持っていると勘違いをさせてしまいストーカーされたりもした。
なのに、過去一番と言って良い他では絶対にしないレベルの好意を寄せてもコウイチとの距離は縮まることが無かった。
自分に寄ってこない初めての人。
興味が沸いた。
工房への紹介が終わると彼の仕事が忙しくなり会う機会が極端に減った。
商人のジェフを紹介したのが最後でしょうか?
その後にあった三皇襲撃で各関係機関への報告や調整に追われている間に使い魔のハクがコウイチに対して積極的なアプローチを駆けるようになっているではないですか。白龍皇にやられて死の淵を彷徨ったとも聞きましたが、何がどうなったらあそこまで変貌を遂げるたのか……。
私がコウイチに会えない間に他がどんどん進展して行っている。
そんな焦りが……焦りが芽生えていたのでした。
極めつけには、コウイチが作り出した黒剣:夜天の主をアイリスに押し付ける為の茶番に呼ばれた際、
「今度は銀のお揃いの指輪が嬉しい!?」
幾ら親友だからって……あの女、どさくさ紛れに何言ってるのでしょうか?
確信した。アイリスはコウイチに好意を抱いている。それどこか頭のネジが吹っ飛んでるのではないですか?
取りあえず、当分はそんな感情を抱けないようにきついお説教をしておいた。
それにアイリスは一年間、タマモ様やミドガルズオルム様と無人島で修行らしいですからね。バイバイ。
さあ、これからゆっくりとコウイチと……ちょっと!? 二人っきりでメルト国際公園に行って来るですって!?
メルト国際公園――通称:恋人たちの花園。
誰よ、こんな恥ずかしい呼び名を考えた人は!?
最近はコウイチのことばかりを考えていて仕事に手がつきません。
まあ、殆どの仕事は他の人が"好意的で手伝ってくれている"ので、私は専ら受付カウンターに座ってお茶を飲んでいるだけですけれど。
さて、どうすればコウイチを振り向かせることが出来るでしょうか。
いっその事、本気で既成事実を作ってしまうのはどうでしょう?
力でねじ伏せるのは好みませんから、お酒漬けにしてしまうのが手っ取り早いですね。
一応、手配しておきましょう。
しかし、これは恋……というよりは”意地”ですね。
寄って来ない相手を私無しでは生きられないしてやりたい。
あと何故か、アイリスにだけは渡したくないと思ってしまっている自分がいるのが不思議でなりません。
……これが恋をするということなのでしょうか?
まさか、ね。
そんな悶々とした日々を送っていた私にまた統括議会からお呼び出しが掛かった。
呼び出しの内容は悪だくみ。
白龍皇によってアヴァロンに与えられた期限僅か1年。
全ての命運はコウイチ一人の背中に委ねられた。
彼が白龍皇から与えられた課題は『世界を再生させる』などという途方もないものだ。そもそも方法があるのかも分からないものが、新型魔導融合炉の建造と並行していては到底見つかるはずもない。
そこで統括議会が出した結論はコウイチへの全面的支援だ。
老朽化が進んでいると言えど、今の状態であれば魔道融合炉は1年やそこらでどうにかなるものでもないらしい。故に建造速度を遅くし、コウイチが自由に動ける状態を作る。
ついでに世界中どこへでも行きつつ、どこでも作業が行える環境を与える。
――戦艦KERT-RLA3。
アヴァロンで開発された最新鋭の戦艦を丸々一つコウイチに与えるというのだ。それも維持費や必要に応じた改装費も全てアヴァロンが負担すると言う。
馬鹿げた話もあったものですが、滅びるどうかの瀬戸際なのだから考えて見れば不思議でもない。
「そこでアンタにお願いがあるんよ。この船に監視役兼管制オペレーターとして着任して欲しいんよ」
「監視役ですか?」
タマモ様の要求に私は首を傾げてしまいました。
管制オペレーターは意味が分かる。しかし、監視役とは?
「コウイチらの行先――ヒュレイン大樹海には恐らく三皇の一匹がおるはずや」
「えっ!? き、危険じゃないですか!? すぐに連絡しないと――」
咄嗟に立ち上がろうとした私をタマモ様が手招きをするようにして制する。
「安心しい。白いのとの契約がある以上、三皇が手を出すことはあらへんよ。逆に安全なくらいやね。あの三匹はやることは過激やけど、約束だけは守るからね」
「そういうものなのですか……」
「長く生きてるからこそ、約束だけは守るし守らせるんよ。そんで重要なんわな。そこで何かしらの情報を仕入れはするが口止めされるやろと思うんよ。あの子のことを信用してないワケやないんやけどな。情報ゼロ、進捗も分からんまま命運を託せるほど余裕のある状態ではあらへんのよね」
「事情は何となく分かりました。私もアヴァロンが無くなるのは困りますので、喜んで間者にならせて頂きます」
「迷惑かけてホンマごめんな。迷惑ついでにもう一つお願いがあるんだけど……」
「はい?」
タマモ様は申し訳なさそうな顔で厄介なお願い事をしてくるのでした。
三皇以外の動向の調査。
先の襲撃におけるコウイチを見逃した件は白龍皇の独断ではないかというのがタマモ様の見解とのこと。これにより、三皇は繋がりの深さから1年という期間の間はコウイチに手を出すことはないだろう。
そして三皇に目を付けられているコウイチが動けば他の殲滅派や他派閥の者が介入してくる可能性が高い。
自分たちの目的の為に動いているだけで勝手に情報の方からやってくるのだ。これほど情報収集に適した機会は今後得ることは難しいだろう。使えるものは使わなければ勿体ない。
コウイチ達が半月ほどで帰還し、工房の方がリフォーム中とあって活動拠点が戦艦KERT-RLA3へと移った。
整備クルーとして派遣された2名の内、1人が女性とあってライバルが増えないかと注意の必要があるのですが……その前に一番邪魔な白い犬っころを抑えておかないといけませんね。
ーーー、よし。
これで白い犬っころは当分、歯向かうことはしないでしょう。
今の内にあわよくば既成事実を作ろうと行き過ぎたアプローチの結果……事体は厄介な方向に進んでしまいました。
私の思惑は残念な方向に進みそうな風向きです。
と、思っていたら思いの外、コウイチという人物はバカのようです。
ハーレムですか……確かに異世界からの転移者や転生者にはそういった思考の持ち主が多いと聞いていましたが本当だったとは驚きを通り越して呆れてしまいます。
では、仕方がないですけれど私もその一員になれるように努力をしましょう。
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現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
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普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
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不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
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異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
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独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
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