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最後のお茶会
しおりを挟む再調査が終わったのはヴィーダの不貞現場を直接確認してから七日後のこと。それらの情報を纏めた書類は即日お父様とお母様、兄様と姉様へ渡した。
処罰に関して私が希望した要望で問題ないとお墨付きを貰い、私が直接ヴィーダとフレアへ処罰を下すことの許可を得た。ただ条件がつけられ直接参加を希望してきた兄様と姉様には最後の仕上げ時にお願いする事で話はまとまった。
お父様とお母様は微笑ましそうに私達の様子を眺めて静観する姿勢を見せていたが、こっそりと裏で手を回しているのを私は知っている。
罰を下す舞台は王女宮にある私とヴィーダがお茶会をするための部屋である。
昔は使用する頻度が高く見飽きないように侍女達が気合を入れて模様替えをしてくれていたが、今は月に二回の使用となったため小さな飾り付けの変化でおさめてもらっていた。
そう、部屋にはいつも何かしらの変化を加えていたのだ。
だけど今回は前回と全て一緒に揃えている。用意するお菓子も紅茶も、食器もクロスも飾り付けられる花も侍女達も、私が着るドレスも髪型も、何もかも全て。
彼はこの違和感に気付くだろうか。
「久しぶりですねマリーツェ様」
「お久しぶりですねヴィーダ様」
ヴィーダが時間通りに訪ねてくるのは変わりない。この部屋で唯一変化があるとすれば彼だけ前回と違う洋服くらいで。ちなみに私の姿を見て何も反応しなかったので、前回と同じドレスであることに気付いてないようだ。
「元気そうで良かったわ。前に会ったのは随分と前のような気がしたから貴方に忘れられたかと思ったの」
「不安にさせてしまいましたね…ただ少し忙しくて…今度はもっと早く来れるようにします」
「いいえ、もう私の事は気にしなくても良いですわ」
「マリーツェ様?」
「まずは座りましょう」
浮かべる笑顔は意識して変えず、だけど今までとは違う小さな嫌味に彼は思う所があったのか即フォローを入れてきたが、私はそれを流した。代わりに席へ着くことを促されてヴィーダは不思議そうにしつつも定位置に座った。
彼にとって今日も変わり映えのない婚約者との交流をするだけのお茶会のつもりだろう。
私との交流は義務であり、会話はつまらなく、早く帰りたい一心で、でも明るい将来のために仕方ない投資として今までこの時間を惰性に過ごしてきたのでしょう。
自分に惚れている女、だけど自分は好いていない女から向けられる感情は嬉しくもなかったでしょうね。
恋は盲目と言ったもので、一度冷めて現実に気付いてしまえば今まで私は虚像の彼と過ごしていたのだと嫌でも分かってしまう。
ただ今はもう既にヴィーダに対して怒りや悲しみという感情は昇華させている。私がこの場で行おうとしているのは王族に向けて不敬を重ねた愚か者への断罪である。
いつものようにお茶を準備する侍女達の動きに無駄は無い。
ヴィーダが周りに気付かれない程度に彼女達を観察しているのはフレアのためだろう。少しでも私の側につけれるように彼女達の技術を見て覚えて直接フレアに教えるつもりなのでしょうね。
まだ彼に会ってたった数分だけどヴィーダがフレアのために何を考え何をしているのかが手に取るように分かる。彼等の情報を無駄に手に入れてしまったゆえの弊害であった。
「マリーツェ様はここ最近どうされてましたか?」
前回までのお茶会は私がほぼ話をして終わるものだったが、今回はヴィーダから話しかけてくる珍しいことが起きた。
だけど私は彼の言葉に答えるつもりはなく、侍女達が用意してくれた紅茶の香りを堪能しながら無言の姿勢をとった。
これは今までの私にはない態度だ。前なら喜んで答えていたでしょう。明らかに変わった態度をとる私にヴィーダは動揺していた。
「マリーツェ様、私は貴女に何かしたのでしょうか?」
どうやら無視されることに耐えられなくなったのか質問を重ねてくる。だが苛立ちが隠し切れていない。馬鹿にされたと思っているのだろう。
「お話中に失礼します」
「…なんだこれは」
「姫様にヴィーダ様が質問を投げ掛けてきたらお出しするように言われていたものです」
突如侍女から渡されたのは数十枚の紙の束。ヴィーダは怪訝そうに手に取り一枚捲った。始めは軽く内容を流し読んでいたようだが、気になる箇所を見つけてからは驚くと同時に次々と紙をめくっていった。
その様子をお菓子を摘みながら観察していると、彼の顔色は次第に悪くなり身体が震え始めてた。恐らくこれは怒りだ。
「これは、一体どういうことだマリーツェ!邸に勝手に入って盗み聞きを働いたのか!?」
いとも簡単に紳士の皮が剥がれたこと。さして驚くこともない変貌した彼を前にしても私は表情一つ崩さなかった。
ヴィーダの手にしているのは数日間の彼の不貞語録だ。
「王族は何をしても許されるというのか!」
喚き散らかす姿は実に滑稽である。
下に見ていた馬鹿な女にしてやられたのだから感情の制御は普段よりも緩くなってしまったのだろう。
だがここがどこであるのかを思い出してほしい。
王女宮には当然私を護る者達が必要最低限控えている。今回はお父様の手配で通常より気持ち多いのだけども、それはまあよしとして。
更には今にも掴みかかりそうな勢いがある者が居れば自ずとその先は分かるもの。
「姫様になんたる無礼を!」
部屋の外で待機していた騎士達が怒声に反応してヴィーダを押さえ込むのは必然であった。テーブルに上半身を押さえつけられたヴィーダを前にして私は両手を組んだ。
兄様曰くこういう時にする私の表情は目が冷めきっており、悪夢に出るくらいの恐ろしさを孕んでいるという。確かに刺客や間者を詰問する時は心を無にしつつも薄ら微笑んでいる気がする。そう今と同じような感じで。
「私達の最後のお茶会に相応しいお話をしましょうかヴィーダ・グランツェン」
婚約者ではなく王族として、有意義なお話し合いといきましょう。
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