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恋心が消失した日
しおりを挟む婚約者の妹から大事な話があると言われて内密に公爵家の邸を訪ねると、神妙な面持ちをしたアリシアが出迎えた。
「殿下に言うべきか悩みました……ですが殿下が結婚してからでは遅いと思い、傷付くと分かりながらもこのような形を取ることしか出来ませんでした。申し訳ありません」
一体何を言っているのかこの時は分からなかった。けれど彼女の言葉から誰のことを示しているのか自ずと分かるもの。それも悪い意味で、だ。
使用人は全て退かせているのか案内するアリシア以外、公爵家に居る人の気配は感じられなかった。
案内されたのは閣下の執務室の隣である。まさかそのような場所に案内されるとは予想外で思わずアリシアを見遣れば許可は得ていると返答。つまりグランツェン公爵もアリシアがこれからしようとする行動は認めているとのことだ。
通された個室から更に奥まった部屋へ通り、更には隠し通路へと至る。
「殿下、これから見聞きすることでご判断してください。私達グランツェン公爵家の者は如何なる内容でも殿下のご決断を受け入れる所存です」
「一体私は何を知ることになるの?」
「…そうですね、事前情報として申し上げられるのは兄の…っ裏切り行為です」
言葉を詰まらせて答えるアリシアに私は静かに感謝を述べた。
「ここは兄の部屋にある洋服部屋に繋がっています。兄はこの隠し通路の存在を知りません」
「次期当主であるのに?」
「ええ、私も今回の一件で父から教えられたので恐らく殿下が嫁入りされてからお伝えする予定だったのかと思います」
こんなことに使用することになるとは誰しも思いもしなかったであろう。アリシアの表情は苦痛に満ちていた。
「……話声がするわね」
「子爵家の令嬢のフレアです。使用人として二年半前から我が家に勤めていまして、それなりに仕事のできる者でしたが…」
「それだけで十分よ。あとは私が確認するわ」
婚約者ヴィーダは私より三つ年上の公爵家の子息で、数名いた婚約者候補から選ばれた人だった。
決め手としては私が彼に一目惚れしたからである。ただ、容姿だけで第二王女が嫁入りすることは出来ないので、彼自身とグランツェン公爵家とその周辺を一度調査して合格を得て晴れて婚約と相なった。
婚約を結んでから初めて顔を合わせた時は穏やかに過ごしたもので一年ほどはそれなりの頻度で交流を取り合っていた。
交流が減ったのは二年前からで今や月に二回ほど顔を合わせれば良いものだ。恐らくその原因がこの扉の先になるのだろう。
部屋へ繋がる扉を開けず耳を近付ける。はしたない格好であろうとも人目はアリシアだけなので気にする必要もない。
「日毎に美しくなるなフレア」
「ふふ、それはヴィーダ様がわたしを愛してくださるからだわ。でもわたしがヴィーダ様を独占してしまって王女様には申し訳ないわ」
「問題ないだろう。リュシエル殿下やリリエンダ殿下なら警戒しなければならないが、マリーツェなら気付きもしないさ」
「マリーツェ様はとても可愛らしい方とお伺いしてますが……その……」
「ああ、容姿と同じで頭もお花畑だろう」
人を小馬鹿にする婚約者と同調して嗤う使用人。
スッと心が冷えていくのは気のせいではない。
隣ではアリシアが顔面蒼白となりどうにか私へ言葉を尽くそうとして私の顔色を見て結果何も言えない状況となっている。
「俺はフレアみたいな勝気で美しい女性が好みなんだ。マリーツェの容姿は好みから離れているが王族からの打診で婚約者に選ばれたのは名誉だからな。これが国一番の美女と言われているリリエンダ殿下であればお前に目移りせず喜んで受け入れて尽くせたんだがな」
「マリーツェ様との婚約はどうされるんですか?」
「流石に王族との婚約を白紙にするのは外聞が悪い。結婚してそれなりに良い夫を演じるつもりだ」
「夫婦となれば子どもはどうされるの?」
「そうだな…俺はマリーツェに一切食指が動かないから、薬で眠らせている間に他の者に相手させようか」
「まあ!なんて酷い人!」
「夫婦円満な秘訣は問題を可視化させないことだ。相手に気付かれなければ問題にならないんだよ」
「それもそうね」
なんて非常識、なんて非道。彼等の顔を見なくても分かる。醜悪な表情を晒しているだろう。
今にも飛び出しそうなアリシアを片手で制して、視線で隠し通路に向けると私が意図する事を理解したのか部屋に続く扉から退き隠し通路へと向かった。
アリシアを先導にして隠し通路に入る前に聞こえてきた艶やかな声にどうやら二人はおっ始めたようだ。
「下半身馬鹿共ね」
でもそんな人を一度でも愛してしまった私も十分馬鹿だ。隠し通路を歩きながら静かに涙を流した。
この日私の恋心は消失した。
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