残念ながら現実です

稲瀬 薊

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婚約の申し出

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 五歳年上の姉ルドヴィカが離婚して帰ってきてから半年、突如としてアリアンネへ婚約の申し出があった。
 相手はリーゲル伯爵の子息フロリアン。一度としてアリアンネとの接点がなかった令息である。
 今年十五歳という年齢で遅めの社交界デビューとなったアリアンネが参加したパーティーは数える程度で、その中で彼が参加した記憶はまったく無かった。
 それもそのはず。フロリアンが住んでいる場所は地方だからだ。
 職務関係上王都に居を構えているグライペル伯爵家の令嬢であるアリアンネとパーティーで会えるとすれば、年に一回王家主催で行われる建国祭でしか地方に住む貴族との接点は生まれない。その建国祭も四ヶ月後と先であるため、パーティーで見かけて一目惚れしたという彼の言葉は計算が合わないと本人は気付いてないのだろうか。
 婚約の申し込みについては検討する旨を伝えフロリアンを帰らせると、侍女と二人で部屋に残ったアリアンネは軽く息を吐いた。

「この婚約話に裏がある筈だから、サリィ少し動いてくれる?」
「お嬢様のご命令とあらば喜んで」

 綺麗な礼をして侍女は足音を一切立てずに部屋を出て行った。先程帰ったはずのフロリアンの背後を気付かれることなく尾行することが可能であろう。

「さてと、私も自分の足で確認でもしましょうかね」

 グライペルの屋敷はアリアンネの庭である。彼女は使用人が知らない通路も隠れ部屋も熟知している。
 アリアンネは侍女と同じく足音を立てずに部屋を出るとサリィが向かった方向とは別方面に歩き出した。

「あの人が関わっているなら間違いなく隠れて会うよね。それなら昔から気に入っているあの部屋かな?使用人も半数以上は知ってる部屋だけど、あの人にとっては自分で見つけて過ごしてきた思い入れがある隠れ部屋だろうから…」

 誰一人すれ違う事なく進む。どこか声は弾んでいるのはアリアンネにとって面白い事が自分の身に起きていると自覚しているからだ。
 彼女の手にはいつの間にか細い金具が数本握られている。目的の部屋に向かうには幾つかルートがあるが、誰にも見つからずに行くには二箇所ほど開かずの部屋の鍵を開けなければならない。慣れた手付きで数秒で開錠するのを繰り返すとあっという間に隠れ部屋の隣に辿り着いた。

「どんな話が聞けるかなっと」

 うっすらと聞こえてくる二つの声にアリアンネは笑みを浮かべ、壁一枚挟んだ向こう側の声を聞こうと壁に背中をつけて腕を組み耳を澄ます。
 恐らく別の場所からサリィも二人の姿を捉え話を聞いていることだろう。

「あの子ってば喜んで貴方の婚約を受けたでしょ」
「いや、僕の婚約話を受けても表情変えることがなかったよ。しかも検討するって言われて帰されてさ…」
「まさかそんな……ああ、もしかしたら遅めのデビュタントがアリアンネの婚約認識を鈍らせているかもしれないわね」

 どうやら二人の中ではアリアンネは直ぐに婚約を受ける単純な思考の持ち主だと思われていたようだ。でも両親不在の中で軽率に受ける筈もないのだけどもその常識が二人からは丸っと抜けていた。
 だからアリアンネがすぐに受け入れなかったことで、初っ端から出鼻をくじかれ計画を進めることが出来なかったようだ。

「でもロアが見てもアリアンネは普通だったでしょ。今回のことは予想外だったけど貴方が押しに押していけばあの子は“普通の子”だからカッコいいロアに落ちると思うのよ」
「確かに見た目も中身も平凡そうだったよね彼女。念の為に聞くんだけどルカと本当に血が繋がった姉妹なんだよね?」
「勿論。どうやら私は両親の良いところだけを貰い受けたみたいよ」
「ルカと並んだら見劣りはするけど、まあなんとなく姉妹には見えるから間違いはないんだろうね…姉妹でこんなにも容姿に差が出るもんだなって少しだけ酷なことだと思うよ」

 クスクスと笑い合いながらお互いを愛称で呼び合っている二人は大層深い中であることが伺える。
 それにしても合間合間にアリアンネを侮辱するのは癖なのだろうか。

「わたし達の明るい未来のためにあの子と結婚できるように頑張ってよ」
「彼女が僕に惚れて更には僕の言うことを聞いてくれる僕達の都合の良い隠れ蓑に出来るかな?」
「ロアになら出来るわよ。惚れた弱みって言葉があるんだから」
「僕とルカみたいな関係?」
「わたし達は相思相愛でしょう。一方的に使われる関係じゃないわよ。ああ、でも間違ってもあの子に本気にならないでよね」
「大丈夫安心して、本気にならないよ。むしろ彼女に本気になる要素がないよ。僕と釣り合うのはルカだけだよ」

 アリアンネをとことん貶しながらも仲良く口付けあっているのか所々で息が荒れているのが聞こえる。このまま始まったら面倒だなと思いながらアリアンネは辛抱強く話を聞いていた。

「…もっとルカに触れていたいけど、遅くなれば道に迷ったっていう言い訳が効かなくなりそうだから…そろそろ僕は帰るね」
「ええ、そうね…」
「暫くはこっちに滞在するからどこかで内緒で会おう」
「絶対よ?ロアからの連絡待っているわ」

 二人の甘い言葉はそれを最後に、道に迷ったフロリアンと偶々見つけたルドヴィカという設定に切り替えて部屋から出て行った。無計画に逢瀬していたわけではないようだ。
 とはいえアリアンネに対しての婚約計画に無理があったのは否めない。

「これは姉さんの離婚理由を洗う必要がありそうだなぁ」

 マチアス・ヒンデス子爵の妻だったルドヴィカは、夫が夜な夜な女遊びをしており、その相手の一人の平民女性を身籠らせてしまったことを理由に離婚をして傷心状態で実家に帰ってきた。
 だけど先程のフロリアンとの会話から、そもそもの離婚理由も怪しいところだ。
 ヒンデス子爵はリーゲル伯爵の親戚筋に当たる。治めている領地も比較的近いのも気になるところである。

「…たまには当事者になるのもいいよね。まずは情報を揃えることにしようか」

 何かをするにしてもまだまだ足りない要素が多い。
 アリアンネは楽しそうに笑みを浮かべたかと思うと即座に表情を正した。

「おっと、アリアンネ・グライペルは“普通の令嬢”でないと」

 軽く両頬を揉み解し普段となんら変わりない表情にするとアリアンネは何事も無かったかのように鍵を施錠して元にいた部屋へと戻る。
 第三者目線から聞く情報を楽しみにしながらサリィの帰りを待つアリアンネの目はどこか愉悦さを滲ませていた。
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