【R-18】深夜残業

黎彩

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プロローグ

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プレゼン用の資料をクラウドに上げ、ふと顔を上げると、自分の周りだけが明るいフロアに一人取り残されていた。

もうこんな時間か・・・。

今日も終電を逃してしまいそうだ。週末だというのに。
窓に目をやると向かいの高層ビルもほとんど電気が消えている。働き方改革か。青く沈んだ闇の中に疲れ切った顔をした男が映っていた。

こんな夜だった。

担当の案件が増えたことで以前より忙しくなり、会う時間が減ったと訴える彼女のために、その日は必死で残務を片付けていた。
この間は自宅に仕事を持ち帰ったが、彼女のご機嫌を取ることで週末がつぶれてしまった。それだけは避けたい。

沙希さきとは友人の紹介で付き合い始めて3年くらい。俺のことをサポートしてくれるし、一緒にいて楽だ。特に不満はない。
ただ、最近仕事が楽しくなっていて、資格や昇格試験の準備に時間を使いたいと思い始めていた。
結婚を考えてはいるが、二人の時間を大事にしてほしい彼女と本当にうまくいくのか、今の俺には自信がない。

そんなことを考えていた頃、あの時間が始まったのだ。

俺はモニター横に置いた紙コップに手を伸ばす。
本来なら蓋のないドリンクは執務フロアに持ち込み禁止だが、残業中は暗黙の了解でスルーされている。よくある謎ルールだ。

珈琲はすっかり冷えて底のほうで黒くよどんでいた。
俺は飲む気になれず、いたずらにクルクル揺らした後、そのまま机に戻した。微かな香りだけが漂う。

「あ・・・。」

不意に、脳の奥で痺れるような感覚を覚えた。せきを切ったように記憶の断片が溢れ出す。
細い指、湿った吐息、白い肌、かすれた甘い声・・・。

珈琲の香りが忘れようとしていた情景を連れてくる。
いや、香りなどもうしていないのかもしれない。それなのに。

何故こんなことになってしまったのだろう。
思わず溜息が出る。

俺はそっと手を伸ばした。
そこは更なる熱を求めて既にもう熱く硬くなっていた。
こんな所で。

ブブッ。

まるでそれをとがめるかのように、机の上のスマホが短く震えた。

「ああ・・・。」

見なくても誰からか分かっている。
俺はなだめるように、パンツの上から自分のモノを押さえた。

『そう、まだよ・・・。』

「んっ・・・。」

『イイ子ね。自分でしてはダメ・・・。』

「はや・・・く・・・。」

カタッ。

背後で何か物音がしたようだ。
でも、俺の鼓膜は早鐘を打つような自分の鼓動に包まれ、もう何も感じ取れない。

どこかから珈琲の香りがする。
そして、微かに香水が混じった、忘れられないあの匂い。

そう、あの夜と同じ。

何故・・・。

俺は、諦めたような、期待しているような、ない交ぜの気持ちのまま、ゆっくりとオフィスチェアに身を預けた。

「ああ、お願い・・・。」

目を閉じる。
そして、静かにファスナーを下してゆく。

今日も・・・。
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