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「……家賃、やっと払えそうだ」

 朝、ベッドの中からぼうっと伊勢田の身支度を見守っていた俺は、ふと思いつくと同時に呟いていた。
 今目覚めたと思ったのだろう。振り返る伊勢田は平然としている。インナーを着てシャツを着て、俺がいつも触ってしまう乳首が目立っていないか確認して、真っ赤な顔で全部脱いで絆創膏を貼り付けた。そういう身支度を見られていないと信じ切っている顔が、寝転んだままの俺に呆れ笑う。

「やっとって。一週間かそこらだろ」
「支払日に間に合ってないだろ。また立て替えてもらった……」
「二十五過ぎて漫画家なんてやってる男とルームシェアしてるんだぞ? 一日も一円も遅れるななんて気持ち最初からねえよ」
「そうだけど」
「俺はお前の漫画が好きなんだ。次の……なんだっけ、切れる……」
「読み切り」
「そうそう。すぐ終わるやつ。それ頑張ってくれよ」

 漫画家を志している。そう公言しているし雑誌にだって時々載るが、志はともかく現実として、実際の俺はフリーターだった。
 読み切り漫画家という面白いものが描けたら雑誌に載せてもらえて原稿料がもらえる立場だが、もちろんそんな臨時収入では生活できない。しかし描かなければ夢も叶わない。俺は最低限のアルバイトと臨時の単発のバイトで生活費を稼いでいた。
 シフトで入っているバイトと単発アルバイト、それで月の支出とトントンだ。応援されている通りちまちまと進めている短編が読み切りとして掲載されたら助かるのだが、出来上がってみなくては掲載会議という俎上にも乗れない。

「頑張ってるけどさ」
「……収入なんて、多少足りなくても滞ってもいいんだ。そんなの覚悟の上でルームシェアしてるんだから」

 中学からの顔見知り、高校時代から続く友人だ。そのうえ一緒に暮らしていれば金銭の出入りも見当がつく。伊勢田の苦笑は同級生に向けるにしては穏やかだった。
 落ち着いていて、けれど強気で、他人の人生を抱えることに自負と自信を持っている笑顔。具体的に言えば夢見る息子をその夢ごと丸抱えしている父親の顔。

「伊勢田。言っておくけど、俺はまるっきり世話になる気はないぞ」

 友人のヒモになるほど世間に甘えるつもりはない。キッと強い目つきで言ったつもりだが、伊勢田は「はいはい」と身支度に戻ってしまった。
 銀行員は身なりが大切だ。クローゼットの鏡に体を映しながらスーツに袖を通す背中は美しくすらある。けれど声は、古い友人の虚勢を面白がっている。

「世話になる気がないって言うなら、今度遅れたときもキッチリ体で支払ってくれよ。ルームシェア代の延滞金。本真の『ディルド』仕事には助かってるんだ」
「……いや、……俺は未だに、ああいう行為を金の代償にするのには納得してないんだけど……」
「まだそれ言ってんのかよ。気持ちよさそうにいつも何発も出すくせに」
「やめろ! 朝に言うことじゃないだろ! ……ああ、ほんと、なんでこんな事になったんだ」
「さあなあ。ルームシェアしてるのは本真に家が無かったからだし、ディルドをしてるのは本真に金が無かったからだが、どうしてそんなに何も無かったんだと言えば……やっぱり運が無かったんだろうな」
「……世知辛い」
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