物思いの夜火

Bまいなー

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第七話 【 物思いの夜火 】

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数日後―――――


 静かな夜がやって来た。
 少しだけ開いた窓から流れ込む風が、カーテンを揺らし、月の光が躍る。
 白で統一された空間は、夜の黒と相まって、普段以上にその場の無機質さを際立たせた。
 その無機質で、つまらない病室こそが今の私の居場所。

 元居た町から、だいぶ離れた所まで来たはずなのに、病室という変わらない空間のせいか、それを感じない。
 そのいつもと変わらない光景が、私にもう戻らない日常を思い出させる。
 お父さんや、煙たいおじさんのことを・・・。
 
 気付けば、視線は窓に向かっていた。
 クセになっていた習慣に悲しみを覚えながらも、窓に背を向けるようにベットの中に潜り込む。
 時計の針が午前3時を告げ、止まらない秒針が心をなぞる様に進む。


 おじさんは、いつもの様にタバコ吸ってるのかな?
 私が居なくなって、寂しがってたりして!
 ・・・そんなことは無いか、私のことウザがってたし。

 私はね。少しだけ寂しいんだけどな・・・。


 布団を強く手繰り寄せ、ナイトテーブル脇のスマホを手に取った。
 スマホの中に溜め込まれた写真フォルダは、父親と廻った数々の場所で埋め尽くされていた。
 その中には、ひっそりと隠し撮りした煙たいおじさんの姿もあった。
 この夜に、自分を待っていてくれていた二人を思い返し、目を閉じる。

「お父さん・・・」

 届くことの無い言葉が、空中を漂う。
 一人きりの夜に、17歳の強がりは効かず、肩を揺らしながら、押し殺した声で泣いた。

 きっと、これから沢山の人と関わることになると思う。
 親戚の叔母さん、新しく出来る夜間学校の友達――
 私も変わっていくかもしれない。
 そう信じて頑張ろうと思うけど、思うんだけど。
 やっぱり、寂しいよ。

 もう誰も、私を待っている人は居ないから・・・。


 そう考えている内に、無意識にベットを離れ、窓に向かう自分が居た。
 カーテンを開け、窓から見える暗闇に手を伸ばした。
 目の前に広がる何光年先の星の光など、もう会えない人の事を思うと、手に届くほど近く感じる。

 深く息をして、窓の下の景色に目を向けた。
 そこには、前の病院と同じように、コンビニの光があった。
 それを見て、皮肉めいた物も感じながらも、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「ここにもあるんだ」


 そう独り言ちた時、ある場所に目が留まった。
 コンビニ外に据え付けられた“喫煙コーナー”だ。
 そこで、誰かがタバコを吸っている。
 ここ数ヶ月よく見た光景に、郷愁の念を感じながらも、諦めるように窓を閉めようと思った瞬間だった。


「うそ・・・?」


 そこには、気だるそうにタバコを吸う、見知った風貌の男の人が居た。
 見間違えでもしたのかと、目を凝らす。

 
 見間違えじゃない!おじさんだ!!
 でも、なんで・・・!?


 そこには、さよならを告げたはずの煙臭い堅物の男が立っている。
 驚きと動揺で、しばらく固まった後、見開いた目から涙が零れる。
 落ちる涙は加速し、気付けば声を出して泣いていた。

 その声を聴きつけて、慌てた様相で看護師がやって来た。


「サトミさん!? どうしたの! 大丈夫?」

「私・・・」

「何かあったの?」

「私、行かなきゃ・・・」

「!?」


 制止しようとする看護師を押しのけ、私は病室を飛び出した。
 廊下を駆けだし、階段を下る。
 横切ったナースステーションから、私を呼び止める声がするが、
 誰が何と言おうと、私は止まらない。


 待っていてくれる人がいる!
 あの人が、私を待っているんだ!


 静かな病院の中に、力強い足音が響く。
 明かりの無い院内で、やっと見つけた一階の裏口から外に出た時には、息は絶え絶えだった。
 縺れる足を引きずるように、目的のコンビニに急ぐ。


 コンビニに辿り着くと、いつもの様にタバコをふかし、紫煙漂わせるおじさんが居た。
 切らした息のまま、私もいつもの様に切り出す。


「はぁはぁ・・・。ねぇ、タバコくれない?」


 おじさんは、少し微笑んでから返す。


「タバコは、やらん」

「はぁはぁ、な、んで・・・」

「は?」

「だから、はぁはぁ・・・、なん・・・」

「お前、息切らし過ぎて何言ってんのか全然分からん。とりあえず、飲めよ」


 そう言うと、おじさんは“いちごオレ”を私に投げた。
 受け取ったそれを見て、私の夜が返ってきたのだと心が和んだ。
 息を整え、グッと飲み込む。
 口の中で広がった思い出の甘さで、目頭が熱くなる。


「なんで!? ここにいるの?」

「居ちゃ悪いのか?」

「別に悪くないけど・・・手紙に場所書かなかったのに、どうやって?」


 おじさんは、タバコを一吸いして、面白そうに言った。


「あのコンビニにはさ、よく愚痴をこぼす看護師が居てな。たまたま、お前の転院先の事を話しているのを店員のおっちゃんが聞いてたのさ」

「あぁ、何となく誰か分かったよ」


 私の担当だった看護師のお姉さんの顔が浮かんだ。
 でも、それを聞いたおじさんが、わざわざ此処まで来るなんて・・・。
 正直それに驚いていたのもあって、冗談混じりにでも聞かずにいられなかった。


「それで、寂しくて私に会いに来たの?」

「あぁ、そうだな」

「え!?」

 以外な一言だった。
 きっと、「そんな訳ねぇだろ! 馬鹿か?」くらいで返ってくると思っていた。
 何だか聞いたこっちが恥ずかしくなり、顔が赤らんだ。


「お前が誰かに待っていて欲しかったように、俺も誰かに居て欲しかったって話だ。悪いか?」

「え・・・悪くはないけど」

「それに、お前だって・・・必死に走って来ただろう」

「別に、ただコンビニに来たかっただけだし!」

「しかも、こんな物まで残していきやがって、なんのつもりだ!」


 そういって、吸いかけのタバコの火を消して、ポケットから私が残した手紙と、お父さんの絵を差し出してきた。


「何でお前の代わりに、俺が海の色を決めなきゃいけねぇんだよ! それは、お前の仕事だろうが!」

「私だって考えて・・・決めたんだから! それに約束でもしないと、もうおじさんと会えないかもって思って・・・」


 私が、ばつの悪そうにしている横で、おじさんが次のタバコに火を点ける。
 吐き出し煙は、空を泳ぐように燻らせ、この心地の良い夜を遅らせた。


「それにだ。お前のお願いを聞くのは一つだけだ。なんで俺が、お前の二つ目のお願いを聞かなきゃならねぇんだ?」

「それは・・・そうだけど、一つ目は無しって言ったじゃん!」

「知らん」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 少しの無言が続いた後、堪え切れなくなって二人で笑い合った。


「じゃ行くか」

「何処に?」

「海だよ。さっさと準備しろ! 泳ぐ時間は無いけど我慢しろよ!」

「え!?」

「約束しちまったからな・・・」

 
 約束。叶わないと思ってたのに・・・。おじさんは、優しいな。
 ちょっと前までは、お父さんの居ない夜が怖かった。
 私を待つ人はもう居ない。それだけで、この夜の暗闇と一緒に、忘れ去られてしまうんじゃないかって思ってた。
 それなのに・・・。 
 

「おじさん。来てくれて、ありがとう」

「あぁ・・・行くぞ」


 日が落ち、街は色を失えど、寂しさが入り交じる風が吹くことは無かった。
 そこには、物思いに駆られた二人だけが見つけた、静かに揺れる火に似た温もりある夜が広がっていた。





―fin―
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