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始まりの歌
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スタンピード前日
前夜祭の日がやってきた。
辺境村はいつにも増して出入りが多く、酒場だけでなくどこもかしこも賑わっている。
スタンピードどは魔物が狂暴化する一定の時期を指す。騎士や冒険者はもちろんのことながら、戦う力のない村民は村の中で出来うる限り彼らを援護する対魔物総力戦である。しかし用心が必要なのは魔物だけではない。魔物や混雑に紛れて連邦に仇名す者も存在する。辺境村が国境付近であるが故にいつも以上に危険な地域へとこの村は変わるのだ……
というのは昔の話。
現在では魔物の研究や対策も進み、危険も少なくなり戦いにいくというよりは狩りのイメージが定着している。村民たちにとっても魔物肉の流通が増える時期という認識である。しばらく戦争も起きておらず平和な時代であるのことも手伝って村は一種のお祭りのような雰囲気である。それでも、村民にとって一番忙しい時期であり書き入れ時であることは変わらない。
「このテントが控えだ」
村の中央付近には簡易的な舞台セットが設営されており、道端では様々な露店が軒を連ねている。
酒場での仕事を終えたあと、鳥の特徴をもつ吟遊詩人の男とシキは舞台に立つ時間まで調整するようだ。舞台から少し離れたところに簡素なサーカステントがいくつか経っている。中にはかなり大きな診察台が置いてあり、この前夜祭が終わったあとスタンピードの間は簡易診療所になることを男は知っている。
「しばらく外を回っておる。先に準備なさい」
「うん」
男はそう言い残し早々とテントを去る。
シキはライが自分は騎士団で忙しく晴れ舞台をみてやれない代わりにと悪ノリで用意した布の多い舞台衣装(アラビア風衣装)に着替え始める。
「………………?」
装飾パーツが多く四苦八苦したがとうとう諦めたシキは男が帰るまでこのまま待っていると、テントの外からこちらを伺う声が聞こえた。
「シキはいるか?」
「……たすけて」
シキの疲れ切ったか細い声に勢いよくテントが捲られる、そこにいたのはアオイだった。
「どうした!」
アオイの目に飛び込んで来たのは布の中でうずくまるシキだった。アオイの脳裏に最悪がよぎる。
「誰かに触られたり変なことをされたか?」
「きがえできない、だけ。アオイ、かおこわい」
クスクスと笑うシキとアオイは早とちりだったことにほっとしシキの体が冷えないようにと上着を脱ぎシキの肩にかける。
「……よかった」
「やって」
「フフッ、怖がらせてしまったお詫びに物語のお姫様のように可憐な姿にしてみせよう」
アオイは床に散らばったもはや布と化している服を拾い集め元の形状を確認する。アオイには見覚えがあったが着方を知らなければなかなかに苦戦しそうだ。
いつも着替えを手伝わされていた着道楽な昔の隣人に少しだけ感謝しつつ、シキを宣言通りいつも以上にお姫様扱いで丁寧に仕上げていく。
アオイ自身は冒険者あがりの騎士ながらも振る舞いは執事や従者のそれであり、中性的な容姿と筋肉質で魅力的な体躯や普段の気さくな性格と騎士としてのギャップも相まって村娘の視線を奪うアオイの魅力がよくわかる。
「シキが村に来たときを思い出すな」
「いつもは、できる。これ、むずかしい」
「そうか偉いな。そういえば、誰にこの服を用意して貰ったんだ?吟遊詩人の方か」
「ライ」
「……ほかにライさんに無茶なことされていないか?」
「いつも、たのしい」
「それならよかった。シキ髪を整えようこちらにおいで」
そういいながらアオイは胡坐をかき膝を叩くと。シキは胡坐の上にちょこんと座る。酒場での作業のために一つにまとめていた髪をするりとほどき、セミロングの黒髪を櫛で梳いていくとキューティクルによる艶やかな天使の輪が現れる。
「髪型の希望はあるかな」
「クロ、まっすぐって」
「そうか。髪飾りは……これか」
アオイはシキを持ち上げ膝から椅子に座らせて机の上、平べったい箱の中に置いてあった白いベールを掬い上げる。ベールはとても軽く薄いためシキの邪魔をしないだろうなとアオイは思った。頭に被せるために近くでよくみると、白い糸で緻密な刺繍が施されており一目でかなり上質な代物であるとわかる。アオイはライはライなりにシキを大切に扱っているのだろうと少しだけ信用したが、それにしても
「…………結婚式か?」
「けっこ?」
「なんでもない」
「これ、すぐとる。とめるの、こっち」
シキは箱の影に隠れていた青い羽根とヘアゴムをアオイにみせる。
「そうだったか。それならもう一度髪を結いなおそう。おいで」
アオイは羽根を髪の内側から細かく留めていく。黒髪に混ざり鮮やかな青い羽根がシキの髪から覗く。ストレートの髪質ながらボリューム感があり、人毛と鳥の羽根が混ざったことで異様な神秘性が生まれている。アオイは作業を続けながらシキに語り掛ける。
「前にも言ったが、妖精嵐にあってしまった以上君の生涯は国からの制限の多い一生になるだろう」
「うん」
「困ったことがあれば俺がある程度は解決してやれる。今だって前だって服が着れないなら頼ってくれればいい」
「うん」
「誰にも文句を言わせない程強くなる手もあるがな」
「つよく?」
「単純な力でも、地位でも、名誉でもなんでもいい。まあ幼いお姫様にはまだ早い話しか」
「…………」
「よしできた。どこからどうみても遠い異国のお姫様だ」
「ありがとう」
「それじゃ巡回に戻るか。ステージ楽しみにしてる、がんばれ」
「うん」
テントから出ていくアオイを見送った後、シキは少しだけ嬉しそうに練習を始めた。
「準備は終わった?すまないがテント開けれくれないかい」
シキがしばらく練習していると、男が帰ってきたようだ。シキがテントの幕を開けると男は羽根いっぱいに食べ物を抱えながら少し気恥ずかしそうに入ってきた。
「お腹がすいてしまって露店を巡っていたらこんな量になってしまってなぁ。よかったらシキも食べてくれ」
「うん」
男は机の上に羽根をそっと広げながら机に置く。葉物野菜と穀物と時折果物。鳥の餌ラインナップをふたりでもそもそと食べていると、時折歓声がきこえる。どうやらステージが始まったようだ。
シキは外の様子が気になるようでチラチラと外を伺っていると男は気を利かせて
「出番まで時間がある。シキも少し見てくるといい」
「いいの?」
「初めてのスタンピードだろう。出番は最後だから、しばらくは好きになさい」
「うん。いってくる、ししょう」
「日が落ちるまでには戻りなさい」
シキがテントから出るとまず目に飛び込んできたのは綺羅びやかな光だった。灯妖精も多さが手伝ってかいつもより村全体が明るくステージ付近に至っては昼間のような明るさだ。
コートを売る羊の特徴をもつ種族の屋台や、酒場がだしている先ほどまで準備を手伝っていた出店などの前を通りながら村中央の舞台へと駆ける。
舞台は一段高い舞台の周りを大勢の観客がぐるりと囲んで皆一様に舞台の上を見ている。シキは先程舞台の設営をみていたが、大勢の観客がいて、演者がいて、実際にパフォーマンスが行われている舞台をみて、今初めてこれからこの舞台の上で歌い踊るのだと自覚した。少しの緊張と期待を胸に最後列に紛れる。妖精使いによる妖力を用いた華やかなパフォーマンスが終わり、ちょうど人形劇が始まるようだ。
「よってらっしゃい、みてらっしゃい。人形劇の時間だよ」
お決まりの言葉なのだがその声は機械音のようなノイズが混じったように聞こえた。瞬間、西洋人形のような格好で顔に仮面を被った者がどこからともなく現れる。観客から悲鳴が聞こえるほどに不気味な様子だが、人形師はピエロのように明るくも淡々と準備を進める。
人形師の頭上部分の空間を黒く塗りつぶし女の形をした人形を浮かせたところで女は芝居がかった口ぶりで歌うように語り始める。
「さあ今宵は七度生きた娘の話だ。はじまり、はじまり」
前夜祭の日がやってきた。
辺境村はいつにも増して出入りが多く、酒場だけでなくどこもかしこも賑わっている。
スタンピードどは魔物が狂暴化する一定の時期を指す。騎士や冒険者はもちろんのことながら、戦う力のない村民は村の中で出来うる限り彼らを援護する対魔物総力戦である。しかし用心が必要なのは魔物だけではない。魔物や混雑に紛れて連邦に仇名す者も存在する。辺境村が国境付近であるが故にいつも以上に危険な地域へとこの村は変わるのだ……
というのは昔の話。
現在では魔物の研究や対策も進み、危険も少なくなり戦いにいくというよりは狩りのイメージが定着している。村民たちにとっても魔物肉の流通が増える時期という認識である。しばらく戦争も起きておらず平和な時代であるのことも手伝って村は一種のお祭りのような雰囲気である。それでも、村民にとって一番忙しい時期であり書き入れ時であることは変わらない。
「このテントが控えだ」
村の中央付近には簡易的な舞台セットが設営されており、道端では様々な露店が軒を連ねている。
酒場での仕事を終えたあと、鳥の特徴をもつ吟遊詩人の男とシキは舞台に立つ時間まで調整するようだ。舞台から少し離れたところに簡素なサーカステントがいくつか経っている。中にはかなり大きな診察台が置いてあり、この前夜祭が終わったあとスタンピードの間は簡易診療所になることを男は知っている。
「しばらく外を回っておる。先に準備なさい」
「うん」
男はそう言い残し早々とテントを去る。
シキはライが自分は騎士団で忙しく晴れ舞台をみてやれない代わりにと悪ノリで用意した布の多い舞台衣装(アラビア風衣装)に着替え始める。
「………………?」
装飾パーツが多く四苦八苦したがとうとう諦めたシキは男が帰るまでこのまま待っていると、テントの外からこちらを伺う声が聞こえた。
「シキはいるか?」
「……たすけて」
シキの疲れ切ったか細い声に勢いよくテントが捲られる、そこにいたのはアオイだった。
「どうした!」
アオイの目に飛び込んで来たのは布の中でうずくまるシキだった。アオイの脳裏に最悪がよぎる。
「誰かに触られたり変なことをされたか?」
「きがえできない、だけ。アオイ、かおこわい」
クスクスと笑うシキとアオイは早とちりだったことにほっとしシキの体が冷えないようにと上着を脱ぎシキの肩にかける。
「……よかった」
「やって」
「フフッ、怖がらせてしまったお詫びに物語のお姫様のように可憐な姿にしてみせよう」
アオイは床に散らばったもはや布と化している服を拾い集め元の形状を確認する。アオイには見覚えがあったが着方を知らなければなかなかに苦戦しそうだ。
いつも着替えを手伝わされていた着道楽な昔の隣人に少しだけ感謝しつつ、シキを宣言通りいつも以上にお姫様扱いで丁寧に仕上げていく。
アオイ自身は冒険者あがりの騎士ながらも振る舞いは執事や従者のそれであり、中性的な容姿と筋肉質で魅力的な体躯や普段の気さくな性格と騎士としてのギャップも相まって村娘の視線を奪うアオイの魅力がよくわかる。
「シキが村に来たときを思い出すな」
「いつもは、できる。これ、むずかしい」
「そうか偉いな。そういえば、誰にこの服を用意して貰ったんだ?吟遊詩人の方か」
「ライ」
「……ほかにライさんに無茶なことされていないか?」
「いつも、たのしい」
「それならよかった。シキ髪を整えようこちらにおいで」
そういいながらアオイは胡坐をかき膝を叩くと。シキは胡坐の上にちょこんと座る。酒場での作業のために一つにまとめていた髪をするりとほどき、セミロングの黒髪を櫛で梳いていくとキューティクルによる艶やかな天使の輪が現れる。
「髪型の希望はあるかな」
「クロ、まっすぐって」
「そうか。髪飾りは……これか」
アオイはシキを持ち上げ膝から椅子に座らせて机の上、平べったい箱の中に置いてあった白いベールを掬い上げる。ベールはとても軽く薄いためシキの邪魔をしないだろうなとアオイは思った。頭に被せるために近くでよくみると、白い糸で緻密な刺繍が施されており一目でかなり上質な代物であるとわかる。アオイはライはライなりにシキを大切に扱っているのだろうと少しだけ信用したが、それにしても
「…………結婚式か?」
「けっこ?」
「なんでもない」
「これ、すぐとる。とめるの、こっち」
シキは箱の影に隠れていた青い羽根とヘアゴムをアオイにみせる。
「そうだったか。それならもう一度髪を結いなおそう。おいで」
アオイは羽根を髪の内側から細かく留めていく。黒髪に混ざり鮮やかな青い羽根がシキの髪から覗く。ストレートの髪質ながらボリューム感があり、人毛と鳥の羽根が混ざったことで異様な神秘性が生まれている。アオイは作業を続けながらシキに語り掛ける。
「前にも言ったが、妖精嵐にあってしまった以上君の生涯は国からの制限の多い一生になるだろう」
「うん」
「困ったことがあれば俺がある程度は解決してやれる。今だって前だって服が着れないなら頼ってくれればいい」
「うん」
「誰にも文句を言わせない程強くなる手もあるがな」
「つよく?」
「単純な力でも、地位でも、名誉でもなんでもいい。まあ幼いお姫様にはまだ早い話しか」
「…………」
「よしできた。どこからどうみても遠い異国のお姫様だ」
「ありがとう」
「それじゃ巡回に戻るか。ステージ楽しみにしてる、がんばれ」
「うん」
テントから出ていくアオイを見送った後、シキは少しだけ嬉しそうに練習を始めた。
「準備は終わった?すまないがテント開けれくれないかい」
シキがしばらく練習していると、男が帰ってきたようだ。シキがテントの幕を開けると男は羽根いっぱいに食べ物を抱えながら少し気恥ずかしそうに入ってきた。
「お腹がすいてしまって露店を巡っていたらこんな量になってしまってなぁ。よかったらシキも食べてくれ」
「うん」
男は机の上に羽根をそっと広げながら机に置く。葉物野菜と穀物と時折果物。鳥の餌ラインナップをふたりでもそもそと食べていると、時折歓声がきこえる。どうやらステージが始まったようだ。
シキは外の様子が気になるようでチラチラと外を伺っていると男は気を利かせて
「出番まで時間がある。シキも少し見てくるといい」
「いいの?」
「初めてのスタンピードだろう。出番は最後だから、しばらくは好きになさい」
「うん。いってくる、ししょう」
「日が落ちるまでには戻りなさい」
シキがテントから出るとまず目に飛び込んできたのは綺羅びやかな光だった。灯妖精も多さが手伝ってかいつもより村全体が明るくステージ付近に至っては昼間のような明るさだ。
コートを売る羊の特徴をもつ種族の屋台や、酒場がだしている先ほどまで準備を手伝っていた出店などの前を通りながら村中央の舞台へと駆ける。
舞台は一段高い舞台の周りを大勢の観客がぐるりと囲んで皆一様に舞台の上を見ている。シキは先程舞台の設営をみていたが、大勢の観客がいて、演者がいて、実際にパフォーマンスが行われている舞台をみて、今初めてこれからこの舞台の上で歌い踊るのだと自覚した。少しの緊張と期待を胸に最後列に紛れる。妖精使いによる妖力を用いた華やかなパフォーマンスが終わり、ちょうど人形劇が始まるようだ。
「よってらっしゃい、みてらっしゃい。人形劇の時間だよ」
お決まりの言葉なのだがその声は機械音のようなノイズが混じったように聞こえた。瞬間、西洋人形のような格好で顔に仮面を被った者がどこからともなく現れる。観客から悲鳴が聞こえるほどに不気味な様子だが、人形師はピエロのように明るくも淡々と準備を進める。
人形師の頭上部分の空間を黒く塗りつぶし女の形をした人形を浮かせたところで女は芝居がかった口ぶりで歌うように語り始める。
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