AIマッカーサー元帥

２ AI婚活 はじまる

AI婚活 はじまる

朝の冷たい空気の中、廃校を転用した社会福祉協議会のオフィスには、長い列ができていた。校門には**「公営婚活センター」**と白地に青い文字が掲げられ、その下で集まった若者たちは、みな期待と焦燥に揺れる瞳をしている。
「早くしろ、もう並んでんだぞ！」
「整理券、何番だ？ 20番までで観光案内枠埋まるって聞いたぞ！」
――まるで就活説明会のようだ。
市長・南条亮の決断によって、民営婚活は一時停止され、AIマッカーサー元帥が設計した「価値観婚活プログラム」が導入された。それは、ボランティア活動を通じて、人間同士が自然と出会い、絆を育むというものだった。だが――。
「ボランティア偏差値表って、ホントかよ」
若者の一人が噂話を交わしながら、焦ったようにプリントを見つめている。
A運営を一時停止されている筈の、民間の婚活業者が、価値観婚活プログラムサポートと称して、このプリントを作って配ったのだった。

ボランティア偏差値表
偏差値45：草刈り・ごみ拾い・河川清掃
偏差値50：地域消防団の補助・高齢者見守り
偏差値55：児童教育補助・保育サポート
偏差値60：観光案内所のサポート
偏差値65：外国人観光客のガイド・通訳
偏差値70：地域振興プロジェクトのリーダー

「外国人観光ガイドに合格したら、ボランティア偏差値65だぞ……。ハイスペ婚活候補に一歩近づける！」
「マジかよ。草刈りで終わったら一生平凡じゃねえか……」
――ボランティアが「新しい偏差値競争」の舞台となったのだ。
廊下では、派手な婚活ワンピースをまとった女性たちが、胸元を強調する姿で周囲を意識している。
「やっぱり見られるからね」
ある女性が、髪をかき上げながら囁く。「だって、誰か見つけるために来てるんだもん」
その言葉に隣の女性が頷く。
「偏差値の高いボランティア枠に合格すれば、ハイスペックな人と一緒に活動できるし……努力しなきゃ」
彼女たちは履歴書代わりの「ボランティア登録シート」を握りしめていた。その欄には、過去の活動経験、特技、趣味――そして婚活に対する意気込みまで記入する項目がある。
窓口では、AIケーディス大佐がモニター越しに冷静な声を響かせる。
「次の方――。あなたの希望するボランティア活動と、適性検査の結果を照合します」
「はいっ！ 観光ガイドを希望します！」
胸を張る男性に、AIケーディスは淡々と返す。
「あなたの英語適性はレベルB、体力指数も不足しています。まずは**河川清掃（偏差値45）**で経験を積んでください」
「ああ……落ちた……」
男性が肩を落とす横で、ひとりの女性が笑みを浮かべた。
「私は外国語が得意なんです。観光ガイド、いけますよね？」
彼女の声には自信が満ちている。AIケーディスは一瞬間を置き、宣告する。
「適性確認――合格です。あなたは観光ガイドに配置されます」
「やった！」彼女は歓喜の声を上げ、待っていた若者たちから小さなざわめきが起こる。
校庭には、草刈り機やごみ拾いの道具が並べられ、ボランティアに配置された者たちが次々と作業を始めている。地味な活動だが、その目はどこか真剣だ。
「これで俺も偏差値50には行けるかな……」
「次は高齢者見守りに挑戦するぞ！」
「このプリントの価値観婚活プログラムサポート受けたほうが、勝ち抜けなくないか？」
――いつの間にか、競争がが生まれていた。



廃校の窓から、その様子を見下ろしていた南条は、そっとため息をついた。
「……これでいいのか？」
隣で関屋が腕を組み、しわがれた声で答える。
「なんだかんだ言って、若ぇやつらは動き出してるじゃねえか。婚活だろうが何だろうが、最初の一歩を踏み出すのはいいことよ」
南条は遠くに見える若者たちを見つめる。**草刈りをする者、ワンピースを揺らして観光ガイドに励む者――それぞれの「偏差値競争」が始まっている。**その先に、どんな「本当の出会い」が待っているのかは、誰にもわからない。