AIマッカーサー元帥

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若き市長の悩み

灰色の雲が低く垂れ込める地方都市。鉄錆びた駅舎の屋根から、時折、かすれた音が響く。朝8時、通勤客の波はまばらで、ほとんどが工場の制服を着た者たちだ。疲れた顔、俯き加減の背中――そこにはかつて「活気」と呼ばれたものの残骸がちらついていた。
市役所の執務室。若き市長、南条亮は額に手を当て、机に散らばる書類を呆然と見つめていた。南条は35歳。総務省の官僚から政治家に転身した。南条は、長時間労働のわりには給料の安い霞が関に愛想をつかして、同僚のすすめにしたがって地元の市政に転じたのである。


「未婚率36％、出生率は全国ワースト5位。農家はアパート経営に走り、工場は最低賃金で雇用を回す……。なんなんだ、この街は」
「まあ、市長、もっと肩の力を抜いた方がいい」
窓際に立つ副市長の関屋守が、いつものように苦笑する。彼は市役所叩き上げの82歳、口癖は「やるしかねえんだからよ」。灰色のスーツに年季の入った革靴、そして細めの目が市長を見つめる。
「私の頃は、こんなデータやら数字やらで悩む暇もなかったですよ。ただ、走り回って現場を見て、決めて、動いた。でも今は違う。あんたが頭を抱えても街は変わらねえ」
「それじゃ、どうすればいいんですか」南条の声が強張る。
関屋は鞄から、一冊のファイルを取り出した。タイトルにはたった一言――『AI市政導入計画』。
「AI、ですか……？」
「そうだ。もう人間の脳みそじゃどうしようもねえ時代だよ、市長」
翌週、市役所の会議室には、最新のAIプログラムの専門家たちが集められた。プロジェクターが壁に次々とデータを映し出す。画面には、この街の「現実」が、忌憚なく弾き出されていた。
未婚率上昇の原因：経済的困窮と社会的孤立の増加。
農地放棄：農業の収益性低下と高齢化。
工場誘致の低賃金問題：雇用競争力を優先する自治体政策の誤り。
南条は、スクリーンに映し出された数値の波に呑まれそうになる。だが同時に――一筋の光が見えた気がした。
「――AIを使えば、変えられるんですか」
プレゼンターの専門家が頷く。
「AIは、膨大なデータを解析し、地域経済と社会構造を見直す『最適な道筋』を示します。例えば――」
農業再生：AIが土壌や気候データを解析し、収益性の高い作物を提案する。
未婚率対策：趣味や価値観を重視するAI婚活支援プログラムの開発。
工場賃金問題：最低賃金引き上げによる経済シミュレーションを通じて企業に提言する。
南条は思わず立ち上がった。
「それなら、僕たちが動かなくてはいけない。AIが導き出した答えを、現実に変えるのは僕たち人間だ」
「いいこと言うじゃねえか、市長」関屋がニヤリと笑う。「若いやつがその気になってりゃ、この街だってまだ捨てたもんじゃねえ」

市役所の前に人が集まっていた。新しい「市政改革」の計画が発表される日だ。テレビカメラと記者たちが待ち構える中、南条市長は壇上に立ち、深く息を吸い込んだ。
「この街には、今、光が足りません。でも、私たちは新しい一歩を踏み出します。AIの力で、データが示す未来を皆さんと一緒に築きたい――」
彼の声が拡声器を通して街に響く。最前列には、数日前まで「どうせ何も変わらない」と諦め顔だった若者たちがいた。その目が少しずつ、真剣に市長の姿を追い始める。
背後で静かに立つ関屋は、何かを言いたげに煙草を取り出すが、代わりにポケットに戻した。
「――これでこの街が変われば、AIさまさまってことか」
夕暮れ、遠くの田んぼにはまだ新しいアパートが並んでいた。だが、AIが弾き出した**「最適解」**は既にそこに向けて、静かに歯車を回し始めていた。
南条市長のAI改革が、格差を埋め、孤独を癒し、街を再び「人間の居場所」にできるかは、まだわからない。
だが――灰色だった空の向こうに、薄く光が差し込む。
「やるしかないんだよな」南条は呟き、窓の外に広がる街を見つめた。