上 下
124 / 156
帰還からまた旅支度

帰還からまた旅支度⑥

しおりを挟む
 マリは黒く煤けた冒険者ギルドのロビー内を見回し、「うわぁ……」と苦笑いした。
 Sランクの冒険者同士の私闘は、結果から言うと、ユネの圧勝だった。男達が飛びかかって来た瞬間、マリはユネによってポイッとグレンの方に放り投げられた。
 硬い胸にぶつかるやいなや、ロビーは眩い閃光に包まれた。
 グレンがバリアを張ってくれなかったら、マリやセバスちゃんの命は無かったかもしれない。

 石の床には、ユネにケンカを吹っ掛けた男達が倒れ、白目を剥いている。

(生きてるのか……?)

 ロビー中央で仁王立ちするユネはそんな事、お構いなしにドヤ顔Wピースをきめているので、マリが逆に居た堪れなくなってくる。

「ユネ……、頼むから派手な魔法をギルド内でぶっ放すのは控えてくれ」

 カウンターの影からヨロヨロと立ち上がったのは、先程冒険者ギルド側を代表していた中年男性だった。頭頂部の髪がチリチリになった以外に外傷が無さそうなのは、カウンターが特殊な性能だからだろうか?
 魔法を防御する加工なのかと気になり、マリはカウンターをジロジロと観察する。

「アンタ達はアタシに感謝すべきだと思うけどね。せめてコイツ等の後始末は頼むよ」

「はぁ、全く……」



 冒険者ギルドでのバトルで死んだ者はおらず、負傷者は二階の病院に運び込まれた。マリ達は後始末やらなにやらを手伝ったりしたので、感謝され、優先的に事務処理の順番を回してもらえた。
 ナスドへの取り次ぎはユネに頼めばいいのだから、正直いって、ギルドに用はない。でも折角の機会だから冒険者ランクについて交渉してみる事にした。
 ダメ元のつもりだったが、意外にもランクを上げてもらえた。どうやら、レアネー市の冒険者ギルドのシルヴィアさんが、王都の方に連絡を入れてくれていて、マリ達のレアネーでの活躍がここに伝わっていたようなのだ。

 冒険者カードの右上に記された『C』の文字に、マリの胸は満たされる。前がFだったので、ランク上昇数は3。
 異世界のよく分からない組織のランクなんてどうでもいいと思っていたけど、人権が認められそうなくらいのランクが付けられてみると、悪くない感じだ。

 隣を歩くグレンも自らのカードに視線を落としている。
 レアネーでは登録をしなかった彼に、折角だからと冒険者になるように薦めてみたのはマリだ。
 冒険者ランクはマリやセバスちゃんと同じC。ビッグバッドの討伐の貢献値は加算されていないはずなのだが、マリ達と同じランクなのは、それだけレアネーでの実績が大きく評価されているからなんだろう。

 彼のステータスの測定の際、ギルドはちょっとした騒ぎが起こった。ジョブが「勇者」だったからだ。ケートス事件の中心人物ではないかと勘違いされ、剣呑な雰囲気になったが、そこはユネが間に入って誤解を解いてくれた。
 勇者はこの世界に二人しかいないので、これからもアレックスがやらかしたお馬鹿な行動がグレンの仕業だと決めつけられてしまいそうで、気の毒である。

 そんなこんなで、ギルドでの用を足したマリ達は、ユネに連れられ、亀の甲羅団のアジトへと向かっている。
 大通りを外れ、小道の角を幾つも曲がると、民間が立ち並んでいた。
 窓に干された洗濯物や入口の側に置かれた水瓶等がなかなかに所帯染みている。

「アンタの瞳、何で金色に変わったのかと不思議に思ってたんだけど、あの伝説のカリュブディスと同化しちゃったとはね」

 マリが先程話した水の神殿で経験した出来事をユネは再び持ち出し、面白そうに笑う。

「瞳だけじゃなくて、爪もだよ。ホラ見て」

 ユネは振り返り、マリが見えやすい様にかざしている爪を見る。

「本当だ。って事はアンタを倒したら、ギルドからたんまりと報酬が貰えるね」

「えぇ!?」

「冗談だよ。アンタ、殺気向けてくるのやめな」

 彼女がチラリと目を向けたのはグレンだ。彼のアメジスト色の瞳はユネをジッと見詰めている。“殺気”とやらを出しているんだろうか? マリには良く分からない。

「マリ。今の事、人前であんまり言わない方が良いよ。狙ってくれと言ってるようなもんさ」

「うーん。そうなのか。窮屈だなぁ……」

「有名になったら、どっちみち命の危険に晒されるんだけどね。あ、ここがアジトだよ」

 辿り着いた建物は、周囲と良く馴染む古臭いデザインだ。
 レンガと石のハイブリッドの外壁で、所々雨垂れで変色している。

「普通の民家みたい」

「元はナスドの生家だったからね。さぁ、入ろう」

 四人で建物の中に入る。
 内部はシンプルなインテリアで纏められていて、スパイシーな良い香りが漂っていた。
 レアネーでナスドに食べさせてもらったタンドリーチキン風の料理を思い出し、お腹が減ってくる。
 マリは図々しくも強請ってみようと考える。

「ナスドさん料理中なのかな? お腹空いたな」

「そうかもね。今昼時だし、アンタ達の分の料理を出せないか聞いてみるか。ちょっと応接室に入って待っててくれ」

「うん!」

 ユネは側の扉を開き、マリ達に「入る様に」と促し、自らは建物の奥へと消えて行った。
 豹の皮に似た物が掛けられたソファに三人で座っていると、程なくして荒々しく扉が開かれ、ナスドが現れた。相変わらず○テイサムに激似である。

「よぉ! お前等、よく来てくれたな!!」

 そのパワフルさに、三人で圧倒されながらも、それぞれ挨拶を返す。
 彼も大怪我を負ったはずだが、もうスッカリ良くなったようだ。とんでもなく大きな皿を持っていてもグラリともしない。
 そこに盛られているのは、七面鳥の丸焼きの様だが、大きさが10倍はありそうだ。

「それ、何の料理? スッゴイ迫力!」

 気になりすぎて、聞いてみると、「よくぞ聞いてくれた」と豪快に笑った。

「ちょうど新鮮なコカトリスが手に入ったから、中に米やらスパイスやらをつめて焼いたんだよ。お前等腹が減ってるんだってなぁ、遠慮なく食いな!」

「やった!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...