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それぞれの思惑

それぞれの思惑⑦

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 ステラの話を聞き終えてから、ブレンダンは一つ頷いた。

「なる程、三ヶ月程度悪魔とやり取りし、その果てに濃厚接触に至ったと」

「の……濃厚……。えぇと、そうなるかもしれないです」

「身体に悪魔の印が付いていないのは確かなんだね?」

「それは間違いありません! 宮殿の侍女さんに身体を点検してもらいましたが、それらしきものは付いてなかったようなので」

 内臓に印が付けられる事もあるのではと、想像したが、肉眼では確認しようがないため、黙っておく。
 ブレンダンは少々考える素振りを見せてから、ポンと膝を打ち、立ち上がる。

「知り合いの賢者を紹介しよう。悪魔からの接吻や贈り物は、ごく稀に対象者のエーテルに働きかけると聞く。一度専門家に頼るべきだろう」

「そうなのですね! ご迷惑でないなら是非!」

「向こうに連絡をとるから、予定が合う日にでも仲介しよう」

「私は今、いつでも暇なので、賢者さんの都合の良い日を指定してください」

 不思議な流れになりはしたものの、精密な検査をしてもらえるのは有り難い。
 問題は会える時までに、シトリーにされた何かで死なないかどうかではあるけれど、今は考えても仕方がないだろう。

 その日は陽が傾くまで二人の話を聞いた。帝国がブレンダンにした事、そしてレイチェルの活躍についてなどだ。

 元々ミクトラン帝国の宮廷には専属の召喚士が雇われていた。
 しかしながら、悪魔バルバトスとシトリー下ろしを強要された結果、罪の意識から心を病み、雲隠れしたのだそうだ。
 その代わりとして拉致されたのが、ブレンダンだ。
 シトリーの後にも何かを呼び出そうと目論んでいたとのことで、悪事に加担させられる前に、逃げたらしい。ちょうどよく、助けに来たレイチェルの手を借りて、最近まで潜伏していた。
 アジ・ダハーカに状況を聞き、ブレンダンに脅威はなくなったと判断してからは、帝都観光を楽しんでいるとかなんとか。

 どんな時にでも全力で楽しんでやろうという、意地のようなものを感じずにいられなかった。

◇◇◇

 レイチェルとその師匠に会ってから二日後、帝都から馬の足で二時間程離れた一軒の民家まで来ている。
 今日会う相手は賢者アデリーナ。
 身分の高さとは裏腹に、住む家はこじんまりとし、情緒漂うたたずまいだ。

 ステラとブレンダンは彼女の弟子に、屋外にある石造りのテーブルセットまで導かれた。
 側にある大木のお陰で、木の葉の影が落ち、天板に美しい模様を描いている。
 清光と、濃い影のコントラストの美しさは見惚れてしまうばかり。

 影の縁を目でなぞりながら、ステラは口を開く。

「幼い頃、私が住んでいた修道院に一人の賢者が訪れました」

「ああ、レイチェルに聞いた。聖女輩出で有名な聖ヴェロニカ修道院で育てられたらしいね。賢者には何か言われたかい?」

「私のスキルの所為で、死体の山が出来ると予言されていました。ですけど、今は違う結果が出そうな気がしています」

 幼き日の予言の所為でステラは修道院に半ば監禁されていた。
 ずっと理不尽だと思っていたわけだが、今なら何故あの様な内容だったのか分かるような気がする。
 賢者はおそらく、ステラが皇帝の手に堕ち、大量破壊兵器の開発に携わる未来をみたのだろう。
 しかし今、皇帝は改心したので、そのような未来は訪れないのではないか。そうであってほしい。
 ステラ自身、誰をも不幸にしたくないのだ。

「スキルについてもみてほしいと、君からアデリーナに頼むといい」

「そうしてみます」

 緊張で、大きく鳴る鼓動を鎮めるため、目の前に置かれたカモミールティを口に含む。
 ややリンゴに似た香りにホッとしていると、一人の老女が水晶玉を持ち、こちらに向かって歩いて来た。
 おそらく彼女がアデリーナだ。
 ステラとブレンダンは石の椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「賢者アデリーナ、お久し振りです」

「おやおや、久し振りだねブレンダン。そちらの少女は、十五年前にナターリア皇女が産み落とした子か」

 名乗る前に素性を言い当てられ、動揺する。
 ブレンダンが彼女に予定を聞く際、こちらの情報を伝えたのだろうか。

「何故ご存知なのでしょうか?」

「実際に貴女に会ったからさ。生まれたばかりの貴女とね。あの日の事をよく覚えているよ。十二月末の、しんしんと雪が降る夜に、秘密裏に宮殿と招かれてね。産まれたばかりの子の未来と、スキルについて相談を受けた」

「十二月……、そうなのですね」

 聖ヴェロニカ修道院で拾われたのは一月だったため、その月に生まれたのだろうと思っていたのだが、本当の誕生月は十二月らしい。

(とすると、あと二、三カ月で十六歳になるんだなぁ)

 ナターリアに、誕生日だけでも聞いておこうかと考える。
 修道院では誰かの誕生日を祝ったりはしないものだったが、貴族の家ではパーティーを開く程めでたい日なのだそうだ。そのような風習はとても素敵だと思っていたので、次の誕生日には自分の為に何かプレゼントを買ってもいいかもしれない。
 捨てられた日ではなく、生まれた日なのが重要だ。

 アデリーナが「ヨイショ」と声を上げながら椅子に座ったので、ステラはハッとする。
 この機会に色々と聞いておきたい。

「生まれて間もなくの時点で、どのような将来が見えたのでしょうか?」

「貴女が帝国の君主になる姿さ。周辺諸国の民を無慈悲に虐殺し、我が国の領土を広げるが、同時に多くの恨みを買う。二十代で暗殺される未来だった」

「そんな……」

 聖ヴェロニカ修道院で聞いた内容と違っているものの、これはこれで酷い。

「ナターリア皇女は数日悩み、皇帝陛下の手が届かぬ程遠方に貴女を捨てる事にしたようだね」
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