2 / 89
プロローグ
プロローグ②
しおりを挟む
「ごめんよ。素で驚いちゃった。えぇと……、コレを作ったのは君だと言っていたよね? 本当なの?」
少年は青いリボンがかけられた小瓶を持ち上げる。そのリボンには遠目からでもシッカリと『St』の文字が見て取れた。
「そうで__」
「シスターステラ。今すぐ貴女の部屋に行きなさい。夕食時まで出て来ないでください!」
シスターアグネスはこれ以上ステラが話すのを望んでいないのか、怖い顔で一喝した。まるで宗教画に描かれている悪魔の様だ。
「え……でも……」
自分が去ってしまったら、劣悪な『聖ヴェロニカの涙』を制作した犯人を逃す事になるのに、いいのだろうか?
それに、少年との話が宙ぶらりんになるのも気になる。
彼の方を向くと、困った様な表情でステラを見ていた。
放置するのは礼儀に反すると思われる。
戸惑うステラにシスターアグネスは追い討ちをかけた。
「早くしないと夕飯抜きです!」
「ヒェェ!? それは嫌です!!」
朝まで空腹で過ごす苦痛と、少年に対する礼儀を天秤にかけたら、一瞬で取るべき行動が決まってしまった。
「それでは、ご機嫌よう……」
静まり返る室内にペコリと頭を下げ、談話室から退室する。
少年には申し訳ないが、空腹には勝てなかった。
「シスターアグネス、凄い剣幕だったな。お客さんは怪しい素性の人?」
人の素性は見た目によらないのだと聞いた事がある。もし彼がステラのスキルに気が付き、利用してやろうと考えるタイプの人なら、シスターアグネスのあの態度は納得出来る。
なにしろ、ステラは修道院に預けられた最初の春に賢者から有難いお言葉をいただいているのだ。
「このスキルは死体の山を作るだろう」と。
平和の為に祈りを捧げるのを使命としているこの修道院は予言を不安視し、聖女へのレールを外すだけでなくステラの存在を世間から隠す事にしてしまった。
だからステラは“良識ある大人達“に従うのを望まれている。
◇
翌日、いつもの様にホウキとチリトリを持って回廊へとやって来たステラを待ち受ける者がいた。
「こんにちは。シスターステラ」
繊細なレリーフが施された柱に、ベージュ色の髪の少年が背を預けていた。
昨日談話室に来ていた客人だ。
目の前に立たれると、随分と身長差がある。
『聖ヴェロニカの涙』の件が片付いていなかったのかと、冷や汗が流れる。
「ここは男性の立ち入りが禁止されているエリアなのですが」
「談話室と目と鼻の先なんだから、大した違いはないよ。それよりちょっと話そう」
昨日は優し気に見えた風貌が、今は何故か恐ろしい。
彼の紅茶色の瞳が光の加減で紅く見え、人外じみている。
コツリコツリと革靴の底を鳴らしながら歩み寄る少年から離れたくて、ステラは一歩二歩と後ずさる。
壁に背中がくっついたら終わりな気がする。
「院長さん達は、どうしても君をこの修道院から出す気はないみたい。彼女達にとって、フラーゼ侯爵家はそんなに信用無いのかな?」
「さ、さぁ……? 何ででしょうね」
スキルの事を話す訳にはいかないので、ステラはしらばっくれる。
「警戒する必要なんかないのに。ねぇ、ステラ。僕の主の母君が、君が作った『聖ヴェロニカの涙』の香りを気に入っちゃったんだ。だから製作者に折りいって頼みたい事があるんだって。僕がここに来たのは、製作者を探し出し、フラーゼ家にお連れする為なんだ」
自分が作った胃腸薬で死人を出したかと思っていただけに、少年の話が意外だった。
迷惑をかけるどころか、赤の他人の心を動かした。
ステラは動揺する。
自分が作った物を認めてくれた人に会ってみたい。
でも、他人に迷惑をかけたいわけじゃないのだ。
抱いてはいけない願望を、なけなしの精神力で抑え込む。
「すいません。私はこの修道院を出ません。諦めて下さい」
「侯爵様の母君の依頼を聞いてくれたら、君の両親を探してあげると言ったら?」
凄い踏み込みようだ。
だけど、この提案はステラを誘惑するどころか、冷めさせた。
少年はどういう方法かで、ステラの身の上を調べ、最も心の隙間を突ける案を提示している。そこまで手間をかけるのが怪しい。
ステラは壁側に追い込まれつつも、しっかり顔を上げて、睨み付けた。
「お断りします。自分を捨てた人達の事を、知りたいわけないじゃないですか」
少年は残念そうな顔をしてみせつつも、ステラの前から退かない。
「まぁ、それもそうか。でも断られちゃったら、強行手段に出ざるを得ないんだよね」
腕を掴まれる。それも、かなり強い力で。
何らかの力の流れを感じ、ヤバイと思った時には遅かった。
少年が「ゴメンネ」と呟くのを聞きながら、ステラの意識は遠のいた。
少年は青いリボンがかけられた小瓶を持ち上げる。そのリボンには遠目からでもシッカリと『St』の文字が見て取れた。
「そうで__」
「シスターステラ。今すぐ貴女の部屋に行きなさい。夕食時まで出て来ないでください!」
シスターアグネスはこれ以上ステラが話すのを望んでいないのか、怖い顔で一喝した。まるで宗教画に描かれている悪魔の様だ。
「え……でも……」
自分が去ってしまったら、劣悪な『聖ヴェロニカの涙』を制作した犯人を逃す事になるのに、いいのだろうか?
それに、少年との話が宙ぶらりんになるのも気になる。
彼の方を向くと、困った様な表情でステラを見ていた。
放置するのは礼儀に反すると思われる。
戸惑うステラにシスターアグネスは追い討ちをかけた。
「早くしないと夕飯抜きです!」
「ヒェェ!? それは嫌です!!」
朝まで空腹で過ごす苦痛と、少年に対する礼儀を天秤にかけたら、一瞬で取るべき行動が決まってしまった。
「それでは、ご機嫌よう……」
静まり返る室内にペコリと頭を下げ、談話室から退室する。
少年には申し訳ないが、空腹には勝てなかった。
「シスターアグネス、凄い剣幕だったな。お客さんは怪しい素性の人?」
人の素性は見た目によらないのだと聞いた事がある。もし彼がステラのスキルに気が付き、利用してやろうと考えるタイプの人なら、シスターアグネスのあの態度は納得出来る。
なにしろ、ステラは修道院に預けられた最初の春に賢者から有難いお言葉をいただいているのだ。
「このスキルは死体の山を作るだろう」と。
平和の為に祈りを捧げるのを使命としているこの修道院は予言を不安視し、聖女へのレールを外すだけでなくステラの存在を世間から隠す事にしてしまった。
だからステラは“良識ある大人達“に従うのを望まれている。
◇
翌日、いつもの様にホウキとチリトリを持って回廊へとやって来たステラを待ち受ける者がいた。
「こんにちは。シスターステラ」
繊細なレリーフが施された柱に、ベージュ色の髪の少年が背を預けていた。
昨日談話室に来ていた客人だ。
目の前に立たれると、随分と身長差がある。
『聖ヴェロニカの涙』の件が片付いていなかったのかと、冷や汗が流れる。
「ここは男性の立ち入りが禁止されているエリアなのですが」
「談話室と目と鼻の先なんだから、大した違いはないよ。それよりちょっと話そう」
昨日は優し気に見えた風貌が、今は何故か恐ろしい。
彼の紅茶色の瞳が光の加減で紅く見え、人外じみている。
コツリコツリと革靴の底を鳴らしながら歩み寄る少年から離れたくて、ステラは一歩二歩と後ずさる。
壁に背中がくっついたら終わりな気がする。
「院長さん達は、どうしても君をこの修道院から出す気はないみたい。彼女達にとって、フラーゼ侯爵家はそんなに信用無いのかな?」
「さ、さぁ……? 何ででしょうね」
スキルの事を話す訳にはいかないので、ステラはしらばっくれる。
「警戒する必要なんかないのに。ねぇ、ステラ。僕の主の母君が、君が作った『聖ヴェロニカの涙』の香りを気に入っちゃったんだ。だから製作者に折りいって頼みたい事があるんだって。僕がここに来たのは、製作者を探し出し、フラーゼ家にお連れする為なんだ」
自分が作った胃腸薬で死人を出したかと思っていただけに、少年の話が意外だった。
迷惑をかけるどころか、赤の他人の心を動かした。
ステラは動揺する。
自分が作った物を認めてくれた人に会ってみたい。
でも、他人に迷惑をかけたいわけじゃないのだ。
抱いてはいけない願望を、なけなしの精神力で抑え込む。
「すいません。私はこの修道院を出ません。諦めて下さい」
「侯爵様の母君の依頼を聞いてくれたら、君の両親を探してあげると言ったら?」
凄い踏み込みようだ。
だけど、この提案はステラを誘惑するどころか、冷めさせた。
少年はどういう方法かで、ステラの身の上を調べ、最も心の隙間を突ける案を提示している。そこまで手間をかけるのが怪しい。
ステラは壁側に追い込まれつつも、しっかり顔を上げて、睨み付けた。
「お断りします。自分を捨てた人達の事を、知りたいわけないじゃないですか」
少年は残念そうな顔をしてみせつつも、ステラの前から退かない。
「まぁ、それもそうか。でも断られちゃったら、強行手段に出ざるを得ないんだよね」
腕を掴まれる。それも、かなり強い力で。
何らかの力の流れを感じ、ヤバイと思った時には遅かった。
少年が「ゴメンネ」と呟くのを聞きながら、ステラの意識は遠のいた。
0
お気に入りに追加
719
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる