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彼女の兄は根っからの犯罪者
彼女の兄は根っからの犯罪者⑤
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「久し振りに会ったのに、お兄様に向かって随分なご挨拶だね」
ヨナスは、白馬の上のマルゴットに肩を竦める。
「あんたが居なくなってから、快適な生活だった……」
対するマルゴットはニタリと嗤い、馬を下りる。
「イーゲル家で一番の術者は私だって教えてあげる……」
(この二人、ハーターシュタイン公国と、トリニア王国、別々で育てられたわけだけど……。もしかしてヨナスの誘拐未遂事件の後、初めて会ったわけじゃないわよね?)
妙に好戦的な二人のやり取りに、ハラハラする。自分が関わった事件をきっかけとしてイーゲル家が崩壊したのだとするなら、あまり気分が良くないのだ。
「おーおー、威勢がいいな。妹だからって、手加減してやると思うなよ。ワームは今腹を空かせてるから、お前を餌にしてやろう。あの執事を食わせそこなったからな」
ヨナスが飼っている化物は、やはり人肉を好むようだ。
であれば、エミール氏を殺したのはこの男で間違いない気がする。先程、鎌をかけたのに、スルーされたが、言質を取りたいところだ。自分はもしかすると帝国から連れ去られるかもしれないが、マルゴットに情報を持ち帰ってもらい、野ばらの会や、バシリーに伝えてもらいたい。退職金代わりの手土産だ。
なので、ジルはヨナスに話しかける。
「ヨナス、答えてちょうだい。エミール・フォン・ファーナーを襲ったのは、やっぱり貴方のワームなのよね?」
ヨナスは得意気に笑う。
「そう。俺の自慢の相棒があの貴族のお坊ちゃんの腹を食いちぎった」
「なるほどね」
万が一の時は、野ばらの会とバシリーに伝えてほしいという想いを込めてマルゴットを見る。
すると、何故か彼女はジルの目を強く見つめ返した。
「ジル様、私を信じてください」
彼女から感じ取れるのは、この場を切り抜けられる自信だ。
マルゴットと、ヨナス。それぞれの力量は分からない。だけど、ジルは彼女の勝利を信じる事にした。
「マルゴット。必ず貴女の兄に勝ってちょうだい。一緒に帝都に戻りましょう!」
「勿論です!!」
「美しい主従関係だね。でもさ、妹よ。無事で返すと思う? この俺が……」
ヨナスは嗤い、命ずる。
「出て来い! ファフニール!!」
彼の後ろに伸びた影が揺らめく。広がり、盛り上がり、まがまがしい生き物が這い出る。
――グォォオオオオオオン……
遠吠えが響き、山々にこだます。その声だけで、ジルの肌はビリビリと痺れる。
(これが、ファフニール……。なんて大きさなのかしら……)
体長は、テニスコート半面程あるだろうか? 黒光りする鱗がビッシリと身体を覆っている。
伝説上ではドラゴンなのか、ワームなのか、定かでないとされていた。だが、この姿は、ドラゴンではない。
鋭い爪、巨大な口、細長い胴体。翼は生えておらず、地面に這いつくばる様に体高が低い。
馬車に縄で繋がれたままなのに、あの巨体に暴れられたら、馬車ごと吹っ飛ばされそうだ。
「クソヨナスにお似合いの、ぶっさいくな生き物……」
これ程にグロテクスな生き物を前にしても、マルゴットは余裕の表情を崩さない。
その手に持つ、魔術書をパラパラと捲り、呟く。
「地獄の総裁マルファスに告ぐ! 貴殿の配下を我に貸し与えたまえ! 代償は……そうですね……帝国産ビール一週間分……です!」
微妙にケチ臭い呪文を彼女が口にすると、地面からニョキリ、ニョキリと黒い人形の様な物が生えてきた。
(ヒ……。正直、ワームよりも見た目が無理なのだけど!)
痩せぎすの身体にボロボロの羽根、曲がった背、アバラ骨の浮き出た胸。
直視するのも抵抗を感じる様な外観の異形の者達は、とめどなく現れ続ける。
「へぇ……。いっぱしに悪魔を召喚する事も出来るのか。久々に歯ごたえのありそうな戦闘になるかな」
ヨナスは楽し気に笑う。
異能の者の考えはサッパリ分からないが、強い者と戦う事は彼等にとっては、良い刺激なのかもしれない。
ワームが先に動いた。
周囲にウジャウジャと湧き出る悪魔を食い散らす。ついでに強靭な尾を鞭の様にしならせ、木々を激しく打つ。
強打された木々は、根本に亀裂が入り、ぐらぐらと揺れる。
(……木が、こっちに傾いているような……)
ジルは、馬車の横に立つ木が倒れても、当たらない様に御者台の上で移動しようとする。だが、縄の長さがあまりに短く、危険を回避しようにも出来なさそうだ。
(もうっ! 本当に頭にきちゃうわ! 何なのよこの縄……)
再び、ワームの尾が宙を舞い、木に当たる。
派手に動くこの巨体が一見有利に見える。しかし、マルゴットはブツブツと呪文を唱え続け、次々に悪魔を呼び寄せる為、個体数が減るどころか、増える。彼らに触れられると、ワームの鱗が黒い煙を上げる。酸か何かで溶かしているようだ。
「しょぼい攻撃だなぁ。その程度が効いてると思ってんの?」
ヨナスはマルゴットを馬鹿にする。
だけど、ジルは気づいていた。彼はワームを呼び出してから一歩もその場を動いていない。召喚の為に行動を制限されている様に見える。
(これ、私が自由に動けたら、ヨナスの頭を木の枝とかで殴ったりできそうよね。どうにかして縄を解けないかしら?)
胴や手を縛られているが、指の先は僅かに動かせる。なので、マルゴット達二人が戦闘をしている間に、御者台の手すりに巻き付けられた縄の端の結び目を解こうと奮闘する。
ヨナスが思いっきり結んだせいか、結び目が硬く、なかなかうまくいかない。
(くぅ……。爪がはがれてしまいそうだわ。痛い……)
自由を得ようと縄と格闘している間に、目の前で繰り広げられる戦闘は激化し、木々が倒される。
ジルが乗る馬車の、すぐ傍にも一本、轟音をたてつつ倒木した。
土煙を上げる倒れた木を見て、背に冷や汗が流れる。
(これ、巻き込まれたら普通に死んでしまうわよね……)
「ジル様! ご無事ですか!?」
悪魔達の壁の向こうから、マルゴットがコチラに向かって来るのが見えた。ジルを放置するのが耐えられなくなったのかもしれない。だけど、今、隙を見せるのは危険すぎる。
「マルゴット! 私の事は放っといていいから、戦闘に集中してちょうだい!」
「でも……!」
彼女の悲痛な声の後に、馬のヒヅメの音が近付いてくるのが聞こえた。
(もしかして、この道を通るの!? 危険なのに!! タイミング悪すぎよ!)
無関係な者を巻き込む事が恐ろしい。
「二人とも、戦闘を止めてちょうだい! 誰かが近付いて来ている! 巻き込んだら許さないわ!」
「貴方は自分の事をもっと心配した方がいいんじゃない?」
ヨナスの呆れた声が聞こえ、ジルは唇を噛む。
「ジル様! 危ない!!」
マルゴットの悲痛な声が聞こえる。そして、ギギ……ギ……、と木が軋む音も。
頭上を見上げると、ユックリ、ユックリ木がコチラに倒れて来ていた。妙にスローなその動き。だけど、縄に繋がれたこの身で避ける事など不可能だ。
(え……死んじゃうの……? 私)
ギュッと目を瞑る。怖すぎて見続けていられない。
そんなジルのすぐ近くで、ジャキンと金属音が鳴った。
――ザクリ。
柔らかい素材を切断する音。一体何が起こったのか?
限界まで伸ばしていた縄が、たわみ、ジルは身体が宙に浮くような感覚になる。
急に不安定になった身体は、すぐに腕を強く掴まれ、引っ張られた。
「きゃあ!!」
――ズズン……
目を開くと、木が馬車を押しつぶしていた。
「間に合った……」
聞き覚えがありすぎる声が耳元で聞こえた。
誰かに抱き込まれてる。離れていく身体の主は、ホッとした顔でジルを見下ろした。
「ハ、ハイネ様……」
「心臓がいくらあっても足りない……」
ヨナスは、白馬の上のマルゴットに肩を竦める。
「あんたが居なくなってから、快適な生活だった……」
対するマルゴットはニタリと嗤い、馬を下りる。
「イーゲル家で一番の術者は私だって教えてあげる……」
(この二人、ハーターシュタイン公国と、トリニア王国、別々で育てられたわけだけど……。もしかしてヨナスの誘拐未遂事件の後、初めて会ったわけじゃないわよね?)
妙に好戦的な二人のやり取りに、ハラハラする。自分が関わった事件をきっかけとしてイーゲル家が崩壊したのだとするなら、あまり気分が良くないのだ。
「おーおー、威勢がいいな。妹だからって、手加減してやると思うなよ。ワームは今腹を空かせてるから、お前を餌にしてやろう。あの執事を食わせそこなったからな」
ヨナスが飼っている化物は、やはり人肉を好むようだ。
であれば、エミール氏を殺したのはこの男で間違いない気がする。先程、鎌をかけたのに、スルーされたが、言質を取りたいところだ。自分はもしかすると帝国から連れ去られるかもしれないが、マルゴットに情報を持ち帰ってもらい、野ばらの会や、バシリーに伝えてもらいたい。退職金代わりの手土産だ。
なので、ジルはヨナスに話しかける。
「ヨナス、答えてちょうだい。エミール・フォン・ファーナーを襲ったのは、やっぱり貴方のワームなのよね?」
ヨナスは得意気に笑う。
「そう。俺の自慢の相棒があの貴族のお坊ちゃんの腹を食いちぎった」
「なるほどね」
万が一の時は、野ばらの会とバシリーに伝えてほしいという想いを込めてマルゴットを見る。
すると、何故か彼女はジルの目を強く見つめ返した。
「ジル様、私を信じてください」
彼女から感じ取れるのは、この場を切り抜けられる自信だ。
マルゴットと、ヨナス。それぞれの力量は分からない。だけど、ジルは彼女の勝利を信じる事にした。
「マルゴット。必ず貴女の兄に勝ってちょうだい。一緒に帝都に戻りましょう!」
「勿論です!!」
「美しい主従関係だね。でもさ、妹よ。無事で返すと思う? この俺が……」
ヨナスは嗤い、命ずる。
「出て来い! ファフニール!!」
彼の後ろに伸びた影が揺らめく。広がり、盛り上がり、まがまがしい生き物が這い出る。
――グォォオオオオオオン……
遠吠えが響き、山々にこだます。その声だけで、ジルの肌はビリビリと痺れる。
(これが、ファフニール……。なんて大きさなのかしら……)
体長は、テニスコート半面程あるだろうか? 黒光りする鱗がビッシリと身体を覆っている。
伝説上ではドラゴンなのか、ワームなのか、定かでないとされていた。だが、この姿は、ドラゴンではない。
鋭い爪、巨大な口、細長い胴体。翼は生えておらず、地面に這いつくばる様に体高が低い。
馬車に縄で繋がれたままなのに、あの巨体に暴れられたら、馬車ごと吹っ飛ばされそうだ。
「クソヨナスにお似合いの、ぶっさいくな生き物……」
これ程にグロテクスな生き物を前にしても、マルゴットは余裕の表情を崩さない。
その手に持つ、魔術書をパラパラと捲り、呟く。
「地獄の総裁マルファスに告ぐ! 貴殿の配下を我に貸し与えたまえ! 代償は……そうですね……帝国産ビール一週間分……です!」
微妙にケチ臭い呪文を彼女が口にすると、地面からニョキリ、ニョキリと黒い人形の様な物が生えてきた。
(ヒ……。正直、ワームよりも見た目が無理なのだけど!)
痩せぎすの身体にボロボロの羽根、曲がった背、アバラ骨の浮き出た胸。
直視するのも抵抗を感じる様な外観の異形の者達は、とめどなく現れ続ける。
「へぇ……。いっぱしに悪魔を召喚する事も出来るのか。久々に歯ごたえのありそうな戦闘になるかな」
ヨナスは楽し気に笑う。
異能の者の考えはサッパリ分からないが、強い者と戦う事は彼等にとっては、良い刺激なのかもしれない。
ワームが先に動いた。
周囲にウジャウジャと湧き出る悪魔を食い散らす。ついでに強靭な尾を鞭の様にしならせ、木々を激しく打つ。
強打された木々は、根本に亀裂が入り、ぐらぐらと揺れる。
(……木が、こっちに傾いているような……)
ジルは、馬車の横に立つ木が倒れても、当たらない様に御者台の上で移動しようとする。だが、縄の長さがあまりに短く、危険を回避しようにも出来なさそうだ。
(もうっ! 本当に頭にきちゃうわ! 何なのよこの縄……)
再び、ワームの尾が宙を舞い、木に当たる。
派手に動くこの巨体が一見有利に見える。しかし、マルゴットはブツブツと呪文を唱え続け、次々に悪魔を呼び寄せる為、個体数が減るどころか、増える。彼らに触れられると、ワームの鱗が黒い煙を上げる。酸か何かで溶かしているようだ。
「しょぼい攻撃だなぁ。その程度が効いてると思ってんの?」
ヨナスはマルゴットを馬鹿にする。
だけど、ジルは気づいていた。彼はワームを呼び出してから一歩もその場を動いていない。召喚の為に行動を制限されている様に見える。
(これ、私が自由に動けたら、ヨナスの頭を木の枝とかで殴ったりできそうよね。どうにかして縄を解けないかしら?)
胴や手を縛られているが、指の先は僅かに動かせる。なので、マルゴット達二人が戦闘をしている間に、御者台の手すりに巻き付けられた縄の端の結び目を解こうと奮闘する。
ヨナスが思いっきり結んだせいか、結び目が硬く、なかなかうまくいかない。
(くぅ……。爪がはがれてしまいそうだわ。痛い……)
自由を得ようと縄と格闘している間に、目の前で繰り広げられる戦闘は激化し、木々が倒される。
ジルが乗る馬車の、すぐ傍にも一本、轟音をたてつつ倒木した。
土煙を上げる倒れた木を見て、背に冷や汗が流れる。
(これ、巻き込まれたら普通に死んでしまうわよね……)
「ジル様! ご無事ですか!?」
悪魔達の壁の向こうから、マルゴットがコチラに向かって来るのが見えた。ジルを放置するのが耐えられなくなったのかもしれない。だけど、今、隙を見せるのは危険すぎる。
「マルゴット! 私の事は放っといていいから、戦闘に集中してちょうだい!」
「でも……!」
彼女の悲痛な声の後に、馬のヒヅメの音が近付いてくるのが聞こえた。
(もしかして、この道を通るの!? 危険なのに!! タイミング悪すぎよ!)
無関係な者を巻き込む事が恐ろしい。
「二人とも、戦闘を止めてちょうだい! 誰かが近付いて来ている! 巻き込んだら許さないわ!」
「貴方は自分の事をもっと心配した方がいいんじゃない?」
ヨナスの呆れた声が聞こえ、ジルは唇を噛む。
「ジル様! 危ない!!」
マルゴットの悲痛な声が聞こえる。そして、ギギ……ギ……、と木が軋む音も。
頭上を見上げると、ユックリ、ユックリ木がコチラに倒れて来ていた。妙にスローなその動き。だけど、縄に繋がれたこの身で避ける事など不可能だ。
(え……死んじゃうの……? 私)
ギュッと目を瞑る。怖すぎて見続けていられない。
そんなジルのすぐ近くで、ジャキンと金属音が鳴った。
――ザクリ。
柔らかい素材を切断する音。一体何が起こったのか?
限界まで伸ばしていた縄が、たわみ、ジルは身体が宙に浮くような感覚になる。
急に不安定になった身体は、すぐに腕を強く掴まれ、引っ張られた。
「きゃあ!!」
――ズズン……
目を開くと、木が馬車を押しつぶしていた。
「間に合った……」
聞き覚えがありすぎる声が耳元で聞こえた。
誰かに抱き込まれてる。離れていく身体の主は、ホッとした顔でジルを見下ろした。
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「心臓がいくらあっても足りない……」
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