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消失の街ライハナ
消失の街ライハナ①
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マリク伯領に残り、ジャガイモの調査を続けていたアヒレスと交替し、ジル、マルゴット、ゲントナー女史プラスアルファは、再び調査地に来たものの、何の成果もないまま予定していた一週間の日程を終えた。
既に九月下旬なのだが、ジャガイモが植えられてから五十日以上過ぎても、葉や茎等は青々と健康そのものだった。
再度アヒレスと交替するため、フリュセン村を出発した一行。ジルとマルゴットは帝都に帰る前に、ライハナに立ち寄ろうという事にしていた。ゲントナーとはお別れの予定だったものの、何故か彼女は付いて来てくれた。小娘二人を心配してくれたのかもしれない。
「ゲントナーさんは帝国南部のジャガイモの不作は本当にあったと思います?」
ジルは同じ馬車に乗るゲントナーに話しかける。
今後調査を続ける事が無駄に思えてしまい、聞かずにいられなかった。
「どうだろうね。相変わらず雨天が多いし、気温も例年よりも低いから、不作が起こってたとしても不思議じゃないかな。でも、昔、この国で起こった不作はジャガイモに疫病が広がったからだけど、無性生殖一本で栽培していた頃から状況が変わってる可能性もあるし……」
病気に強いじゃがいもにする為、品種の異なるものをわざと近くに植える等の対策を行っているとも考えられたのだが、村長ばかりか村全体の畑は同一品種しか植えられていなかった。種芋をどう入手したのか聞いたところ、自分達の畑でとれたじゃがいもを使いまわしているらしい。
過去を辿れば、どこかの時点で他の品種と混ざり合い、特定の病気に強い品種になった可能性はある。しかし、そうなると、六月の不作はジル達が想定していたのと違う病気が蔓延したとか、もっと他の原因だったとかいう事になるかもしれない。
どちらにせよ、村人達に質問しても回答がバラバラで真実が掴めないのが一番辛い。
調査地周辺だけでなく、フリュセン等でも聞き込みをしたり、現地を見に行ったりしたが、六月に不作が起こったと確信出来なかった。
「政府や調査機関が参考に使う収穫量のレポートって、どの様なルートでまとめられてますの?」
ふと疑問に思い、ジルはゲントナーに質問する。
「今って貴族の領地に住む人達は税金を貨幣で払えるわけだけど、相変わらず低く払う人達もいるからさ、領主は各村の村長を使って村ごとの収穫量を報告させているんだよ。それを領主がまとめて、政府等に提出している。下資料としてはそんな所さ」
ゲントナーの話を聞き、ジルは「なるほど」と頷く。思い返してみると、ジルの実家シュタウフェンベルク公爵家でも、家令が収穫量をまとめる等の仕事をしていた記憶がある。
「でもそれって、領主が報告書の内容を誤魔化す可能性を生んでいますわよね?」
「その通り。だけど役人が国民一人一人の畑に行って収穫量を測定するなんて事になったら、人手がいくらあっても足りなくなるから、ある程度大雑把にせざるをえないんだ。まぁ、抜き打ちチェック等をして、不正を抑制してる感じみたいだけどね」
「では、短期的に村長や領主が収穫量の数値を書き換えてしまう事も可能……という事なのですわね?」
「そうだね……。貴女はマリク伯領の事を疑っているんだろうけど、そこまで馬鹿な事はしない気がするよ。国に不正がバレたら、脱税のペナルティでかなり重い罰金を科される事になるから」
領主は領民から支払われた税金のうち、一部を国に納めている。ジルの母国ではこの部分の計算がかなり癖があり、専門家がいるくらいなのだが、変な小細工をすると、損するように出来ている。父は良くぼやいていて、税金の仕組み怖いな……とジルは思っていたのだ。
(だけど、マリク伯爵は爵位を譲られてからあまり経ってない……。目先の事ばかり考えて、偽りの報告書をでっち上げた可能性がないとは言えないわ……)
ジルは一つため息を吐き、昨日フリュセンで受け取った手紙をバッグから取り出す。差出人はイグナート。彼はジルが帝都を離れている間、定期的に家や会社の様子を伝えてくれる。
昨日の手紙に書かれていたのは、主にマリク伯爵側とのやり取りについてだ。
十日程前にジルがマリク伯爵に持ち掛けた提案を弁護人を通じて調整してくれていた。その経緯は聞いていたが、ついに向うが腹を決めたらしい。
結果は、マリク伯爵が所有する帝都一等地にあるタウンハウスが担保になった。伯爵が彼の会社の連帯保証人になる感じなのだろう。
(会社の資産はもうどこかの担保になってるようだし、妥当な結果よね)
手紙を読みながらジルは考えを巡らす。
ジルが彼の会社に貸す事になる金額が、豪華客船二隻分程の建造費相当なので、タウンハウスがつり合いが取れる価値だった。十日前に領地を担保に……と口にしたのは、人間は精神的に、大きくふっかけた後に本命の物を持ち掛けると、それに割安感があれば、お得だと感じるらしいので、それを利用した。
イグナーツの手紙にはもう一つ興味深い情報が書かれていた。マリク伯爵が小麦とジャガイモの先物取引をしているという内容だ。
先物取引は、将来の一時点の取引価格と取引量を前もって決めておくことが出来る。つまり商品価格が下落すると予想出来るなら、予めそれ以上の価格で販売すると決めておき、本当に価格が下落したらお得な取引が出来るという感じだ。
(先物取引の契約価格をどう決めるかといったら、それってやっぱり、将来の予想に基づくわけで……。その予想はその時の市場の状況とか、農産物の収穫量とか、その辺を参考にするわよね……?)
マリク伯爵が契約した時に、農産物価格が上昇していたという事と、将来必ず下がると彼が確信していた事と……考えれば考える程、マリク伯爵が農産物価格のつり上げを仕組んだ様に思えてならない。
(あとは証拠がライハナに在るかどうか……よね。考えてみるとファフニールという文字って――)
「そろそろライハナに着くよ」
思考をゲントナーの言葉により中断され、ジルはハッとする。
「意外と早く着きましたわね」
「車輪がぬかるみにはまる事も無かったからね」
「良かったですわ!」
馬車の窓を開け、外に身を乗り出すと、前方に巨大な城壁に囲まれた都市が見えた。
既に九月下旬なのだが、ジャガイモが植えられてから五十日以上過ぎても、葉や茎等は青々と健康そのものだった。
再度アヒレスと交替するため、フリュセン村を出発した一行。ジルとマルゴットは帝都に帰る前に、ライハナに立ち寄ろうという事にしていた。ゲントナーとはお別れの予定だったものの、何故か彼女は付いて来てくれた。小娘二人を心配してくれたのかもしれない。
「ゲントナーさんは帝国南部のジャガイモの不作は本当にあったと思います?」
ジルは同じ馬車に乗るゲントナーに話しかける。
今後調査を続ける事が無駄に思えてしまい、聞かずにいられなかった。
「どうだろうね。相変わらず雨天が多いし、気温も例年よりも低いから、不作が起こってたとしても不思議じゃないかな。でも、昔、この国で起こった不作はジャガイモに疫病が広がったからだけど、無性生殖一本で栽培していた頃から状況が変わってる可能性もあるし……」
病気に強いじゃがいもにする為、品種の異なるものをわざと近くに植える等の対策を行っているとも考えられたのだが、村長ばかりか村全体の畑は同一品種しか植えられていなかった。種芋をどう入手したのか聞いたところ、自分達の畑でとれたじゃがいもを使いまわしているらしい。
過去を辿れば、どこかの時点で他の品種と混ざり合い、特定の病気に強い品種になった可能性はある。しかし、そうなると、六月の不作はジル達が想定していたのと違う病気が蔓延したとか、もっと他の原因だったとかいう事になるかもしれない。
どちらにせよ、村人達に質問しても回答がバラバラで真実が掴めないのが一番辛い。
調査地周辺だけでなく、フリュセン等でも聞き込みをしたり、現地を見に行ったりしたが、六月に不作が起こったと確信出来なかった。
「政府や調査機関が参考に使う収穫量のレポートって、どの様なルートでまとめられてますの?」
ふと疑問に思い、ジルはゲントナーに質問する。
「今って貴族の領地に住む人達は税金を貨幣で払えるわけだけど、相変わらず低く払う人達もいるからさ、領主は各村の村長を使って村ごとの収穫量を報告させているんだよ。それを領主がまとめて、政府等に提出している。下資料としてはそんな所さ」
ゲントナーの話を聞き、ジルは「なるほど」と頷く。思い返してみると、ジルの実家シュタウフェンベルク公爵家でも、家令が収穫量をまとめる等の仕事をしていた記憶がある。
「でもそれって、領主が報告書の内容を誤魔化す可能性を生んでいますわよね?」
「その通り。だけど役人が国民一人一人の畑に行って収穫量を測定するなんて事になったら、人手がいくらあっても足りなくなるから、ある程度大雑把にせざるをえないんだ。まぁ、抜き打ちチェック等をして、不正を抑制してる感じみたいだけどね」
「では、短期的に村長や領主が収穫量の数値を書き換えてしまう事も可能……という事なのですわね?」
「そうだね……。貴女はマリク伯領の事を疑っているんだろうけど、そこまで馬鹿な事はしない気がするよ。国に不正がバレたら、脱税のペナルティでかなり重い罰金を科される事になるから」
領主は領民から支払われた税金のうち、一部を国に納めている。ジルの母国ではこの部分の計算がかなり癖があり、専門家がいるくらいなのだが、変な小細工をすると、損するように出来ている。父は良くぼやいていて、税金の仕組み怖いな……とジルは思っていたのだ。
(だけど、マリク伯爵は爵位を譲られてからあまり経ってない……。目先の事ばかり考えて、偽りの報告書をでっち上げた可能性がないとは言えないわ……)
ジルは一つため息を吐き、昨日フリュセンで受け取った手紙をバッグから取り出す。差出人はイグナート。彼はジルが帝都を離れている間、定期的に家や会社の様子を伝えてくれる。
昨日の手紙に書かれていたのは、主にマリク伯爵側とのやり取りについてだ。
十日程前にジルがマリク伯爵に持ち掛けた提案を弁護人を通じて調整してくれていた。その経緯は聞いていたが、ついに向うが腹を決めたらしい。
結果は、マリク伯爵が所有する帝都一等地にあるタウンハウスが担保になった。伯爵が彼の会社の連帯保証人になる感じなのだろう。
(会社の資産はもうどこかの担保になってるようだし、妥当な結果よね)
手紙を読みながらジルは考えを巡らす。
ジルが彼の会社に貸す事になる金額が、豪華客船二隻分程の建造費相当なので、タウンハウスがつり合いが取れる価値だった。十日前に領地を担保に……と口にしたのは、人間は精神的に、大きくふっかけた後に本命の物を持ち掛けると、それに割安感があれば、お得だと感じるらしいので、それを利用した。
イグナーツの手紙にはもう一つ興味深い情報が書かれていた。マリク伯爵が小麦とジャガイモの先物取引をしているという内容だ。
先物取引は、将来の一時点の取引価格と取引量を前もって決めておくことが出来る。つまり商品価格が下落すると予想出来るなら、予めそれ以上の価格で販売すると決めておき、本当に価格が下落したらお得な取引が出来るという感じだ。
(先物取引の契約価格をどう決めるかといったら、それってやっぱり、将来の予想に基づくわけで……。その予想はその時の市場の状況とか、農産物の収穫量とか、その辺を参考にするわよね……?)
マリク伯爵が契約した時に、農産物価格が上昇していたという事と、将来必ず下がると彼が確信していた事と……考えれば考える程、マリク伯爵が農産物価格のつり上げを仕組んだ様に思えてならない。
(あとは証拠がライハナに在るかどうか……よね。考えてみるとファフニールという文字って――)
「そろそろライハナに着くよ」
思考をゲントナーの言葉により中断され、ジルはハッとする。
「意外と早く着きましたわね」
「車輪がぬかるみにはまる事も無かったからね」
「良かったですわ!」
馬車の窓を開け、外に身を乗り出すと、前方に巨大な城壁に囲まれた都市が見えた。
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