上 下
77 / 101
調査

調査④

しおりを挟む
「ねぇ、マルゴット。前にバザルの近くにある村に変な事件が続いていると言っていたけれど、あれってまだ解決していないのかしら?」

 マルゴットが以前マリク領内での事件を口にしていた事を思い出し、話題に出す。当のマルゴットは口にスプーンを含んだまま、「う~ん」と唸る。

「六月下旬から八月上旬位までは週一くらいでポツポツと事件が発生していたみたいなんですけど、先々週くらいからは何も起きてないみたいです」

「そうなのね。でも、一か月前までは旅人が消えていたわけだから、あまり気を抜けないわよね」

「はい。ジル様、外を歩く時は私に声をかけてください。付いて行きますので」

 口からスプーンを抜いたマルゴットは真面目腐った顔をするので、ジルも神妙な顔で彼女に頷いてみせる。彼女の優しさにはいつでも感謝してしまう。

 ビールで柔らかく煮込んだ牛肉にナイフとフォークを入れていたゲントナーは、ジル達の話題に興味を示したようで、顔を上げた。

「旅人が消えちまう話か。帝都で微妙に話題になってたね」

「ゲントナーさんもご存知でしたのね」

「ちょろっとね。私が聞いた話だと、旅人だけじゃなく、商人も何人か殺されてしまってるんだって」

「まぁ、商人も……」

 旅人と商人、両者は別々の目的を持って都市を行き来するからそう呼び分けられている。観光に来たのか、商売をしに来たのかのどっちかだ。そして両者に共通するのは、外部から町という閉鎖空間に侵入した事だ。

(町の中の排他的な人間が外部から入って来た方々を殺しちゃったという事なのかしら? それとも、外に持ち出されては困る物があるとか?)

 考え事をしているうちに、自分の皿だけ他の人達の物に比べて料理が残ってしまっていた。

(私だけ食べるのが遅かったら置いて行かれてしまうかもしれないわ。早く食べないと……)

 初めて来る場所で取り残されるのは嫌なので、ジルは焦る。

 それまで黙って食事をしていたアヒレスが、カラトリーをテーブルの上に置き、ゲントナーの方に体ごと向く。

「立て続けに事件が起きてた町って何て名前だっけ?」

「ライハナという名前だね」

 彼女が言った『ライハナ』という都市名をジルは何となく記憶しておこうと、口に出さずに頭の中で復唱する。

「ここからはかなり遠い都市だな。心配いらないだろう。それよりも兵士達がもう来ているいるから早く食べた方がいい」

 アヒレスがフォークでドアの方を指し示すので、見てみると、既にガタイの良い兵士達が三人立っていた。

「急ぎますわ!」

 ジルは折角の美味しい料理をゆっくり味わえない事をコッソリ嘆きながら残りを必死に平らげた。



 あくる日の朝、薄曇りの空の下をジル達は歩く。田舎道は昨夜降った雨のせいでぬかるみ、歩き難い。

調査地は馬車で三時間ほどの村である。一行は村長に導かれて畑に向かっているところだ。
 この村の村長は、バザルの村長とは一味違うめんどくさそうな雰囲気を醸し出しおり、必要最低限の事以外喋ろうとしない。
 しかし、今回の調査には協力的な姿勢を示しており、研究所から話が来た時に、彼のジャガイモ畑を見せる事にしてくれたらしい。
 帝都の市場で価格が高騰していたのは小麦・ジャガイモ・大豆の三品目だったが、時期的に小麦と大豆が作物として畑に植わっている状態を見る事が出来ず、ジャガイモだけ調査する事になった。そのため、八月に種芋を植えた畑があるこの村に調査しに来る事になったのだった。

 少し寝不足のジルはボンヤリとし、道に落ちている馬のフンを踏みそうになる。

(うぅ……。自分が飼ってる生き物の世話くらいちゃんとやってほしいわね! そのうち土に帰るからどうとでもいいと思ってそう!)

 生家であるシュタウフェンベルク公爵家の領地の田舎道の事を思い出し、ジルは少し懐かしい気持ちになる。


「ジル様、眠いなら馬車に戻って眠っても大丈夫です。記録係は私がやりますから」

 マルゴットはそう言うと、彼女が着ている濃紺のドレスをゴソゴソと探り始める。すると、バラバラと干からびたイモリや六芒星が書かれたカード等が落ち、後ろを歩いていたアヒレスが「ヒッ……」と短く悲鳴を上げる。

「マルゴット、私は大丈夫よ! ちゃんと役割を果たさせてちょうだい!」

「そうですか?」

 マルゴットの疑わしそうな視線に「うぅ……」とたじろぐ。

「ここがウチのジャガイモ畑だ」

 村長の声に、前を向くと大きめの畑が広がっていた。整然と芽が並ぶ光景に目を奪われる。

 しかし、畝に近付いてみて、ジルは首を傾げた。青々とした葉は健康そのものに見える。
 種芋を植えてから天候が悪い日があまりなく、まだ健康な状態なのかと思うが、ここに来るまでに村長から聞いた話だと、ずっと雨が続いていたらしい。
 一人で考えていても答えが出なそうなので、ジャガイモの葉を裏返しているゲントナーに近付き、疑問を口にしてみる。

「事前に想定していた病気の症状は、葉の表に独特の病斑が現れたり、裏に白いカビがついたりするはずでしたわよね?」

 この国では過去何度も飢饉がおこっており、そのうちジャガイモの不作が原因だった時に蔓延した植物の病気が、今回も起こっているのではないかと帝都を出発前から想定していた。過去にその病気が広がったのが、雨が多い事で湿度が高まったからだったため、今回も同様だろうと考えたのだ。

「そうだね。もしかしたら来るのが早すぎたのかもしれない」

「うーん……」

 来るのが早すぎたとすると、この村までわざわざ来た意味が無くなってしまう。
 幼い芽の状態で症状が現れないなら、以前この村に植わっていたジャガイモの状況を聞いてみたいところだ。
 目の前をウロウロと歩き回る村長は、六月収穫分のジャガイモの栽培時の状況を覚えていたりするだろうか?

「村長さん! 今年早くに植えたジャガイモの葉に変な班は付いておりました?」

「班? 俺は良く畑を見回っとるが、そんな風にはなってなかった」

「では、葉の裏に白カビが付いてたとか、葉や茎の色が黄色になったり、萎縮したりしました?」

「しとらんな……」

(あら?)

「今年の六月のジャガイモは本当に不作でしたのよね?」

「むむ……。不作であったとも!!」

 村長はジルを怒鳴りつけ、プイッと明後日の方向を向いてしまった。
 疑う様な事を言い、気分を悪くさせてしまったのだろう。ジルは内心申し訳なくなる。

 それにしても、想定していた病気以外の理由で六月のジャガイモは駄目になったのだろうか?
 肩透かしを食らった様な気分だ。

 ゲントナーは村長に聞きたい事があるのか、ジルの言葉に憤慨して離れてしまった村長に近付いて行く。

「村長さん。植えるジャガイモの種類はずっと同じなんだよね?」

「ずっと同じだな!」

「症状はもっと後から出るのかもしれないね。帝都に戻る組とここに残る組の交代制にして観察を続けようか」

 当初三日の日程だったのだが、ゲントナーの一存で、調査期間が延びる事になった。

(でもこれで、天候も含めて継続して調査出来るわね)

 ジルは俄然やる気になり、ゲントナーに大きく頷いて見せた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

最強の私と最弱のあなた。

束原ミヤコ
恋愛
シャーロット・ロストワンは美しいけれど傲慢で恐ろしいと評判の公爵令嬢だった。 十六歳の誕生日、シャーロットは婚約者であるセルジュ・ローゼン王太子殿下から、性格が悪いことを理由に婚約破棄を言い渡される。 「私の価値が分からない男なんてこちらから願い下げ」だとセルジュに言い放ち、王宮から公爵家に戻るシャーロット。 その途中で馬車が悪漢たちに襲われて、シャーロットは侍従たちを守り、刃を受けて死んでしまった。 死んでしまったシャーロットに、天使は言った。 「君は傲慢だが、最後にひとつ良いことをした。だから一度だけチャンスをあげよう。君の助けを求めている者がいる」 そうしてシャーロットは、今まで自分がいた世界とは違う全く別の世界の、『女学生、白沢果林』として生きることになった。 それは仕方ないとして、シャーロットにはどうしても許せない問題があった。 白沢果林とはちょっぴりふとましい少女なのである。 シャーロットは決意する。まずは、痩せるしかないと。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失う寸前だった。そこで住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれど、はイレーネは知らなかった。この求人、実はルシアンの執事が募集していた契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと、気難しいルシアンとの期間限定の契約結婚が始まるのだが……? *他サイトでも投稿中

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...