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調査

調査②

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 ハイネが戦地から戻って来てから二週間程経ち、ジルはマリク伯領の不作について調査するため、マルゴットやクライネルト家の使用人一人、国の研究機関の研究者二人、ハイネに護衛としてつけられた近衛四名の計九名という、そこそこの人数でマリク伯領フリュセンに向かっている。

 今後、国境がより南になりそうであるものの、この村は数か月前までは隣国のハーターシュタイン公国との国境に面していため、帝国側の戦争の拠点とされていた。今回の調査地は、このフリュセンの隣の村だが、ハイネが戦時中に借り上げていた名士の家がそれなりに環境が良いという事だったので、使わせてもらう事になった。以前マルゴットから聞いた話にもあったように、マリク領では旅人が行方不明になるという事件が相次いでいるらしく、安全面を考えて、未だに兵士達が駐在しているフリュセンを宿泊場所とする事になったのだ。

 ちなみにハイネは公国に署名させる降伏文書の作成や公国側で開く降伏式の準備等に手一杯らしく、今回の調査に同行は出来なかったらしい。
 だが、帝都を出発する前までは三日に一度のペースでクライネルト家に来て、一緒にお茶や食事をして交流を続けていた。彼が戦地から帰還した直後は衝突したものの、仲直りしてからは、以前よりも彼との間に壁を感じられなくなり、本音で話せるようになったかもしれない。

 新居での生活の中にユックリとハイネの存在が溶け込んでいくのが不思議なほど嬉しい。
 忙しい中でも過ごす時間を作っている事に感謝し、ジルは帝都の方向を見て微笑んだ。

「ジル様、楽しそうですね」

 馬車の中で、向かい側に座るマルゴットに不思議そうに声をかけられ、ハッとする。
 彼女に視線を移すと、相変わらずのボンヤリ顔でジルを見つめていた。

「最近、凄く充実してるなって思っていたのよ。いつまでもこんな毎日が続けばいいな」

「ジル様は変化がお嫌いなんです……?」

「嫌いじゃないわ。でも今みたいに大切な人達に囲まれながらの生活を手放したくないの」

 ジルの言葉に、マルゴットはこくりと頷いた。

「私も……今の生活が好きです。肩身が狭い思いをする事もなくジル様と暮らせる日がくるなんて思いもしませんでした。それに、野ばらの会でも、貴重な体験をさせてもらってばかりで……。この前は惨殺された人の墓を掘り起こして、腐乱死体をじっくり観察するなんていう珍しい機会を得ましたし」

「お墓……」

 フワフワした気分から一転、グロい話題になったため、笑顔のまま固まる。

「その死体、皇太子殿下の侍従のうち、赤毛の方のいとこなんです。赤毛が野ばらの会に殺人事件の犯人捜しを頼んできたんで、私も時々協力してるフリをしてます」

 ハイネの侍従を全員把握しているわけではないが、ジル達が付き合いを持てているのはバシリーとオイゲンだけなので、マルゴットが言うのは赤毛のバシリーの事だろう。
 殺人事件の解決は普通警察が担当するものだ。何故バシリーが野ばらの会に依頼したのか微妙に気になる。しかし、マルゴットから以前聞いた話によれば、野ばらの会の活動は多岐にわたるらしいので、それについてはスルーする事にする。

 それよりも知人であるバシリーが殺人事件の解決を望む理由の方を聞いてみたい。

「バシリーさんの身内に不幸があったという事なのかしら?」

「はい……。どうやら、あの人のいとこが殺されちゃったみたいです……。警察は早々に捜査を諦めてしまったらしくて、ウチに相談しに来たんです」

「バシリーさん、皇族の侍従をやってるくらいだから、家柄も良さそうだし、そのいとこも恐らく似た様な身分よね? 警察がそんなに早く捜査を放棄するものかしら?」

「どうやら警察はその殺人事件には化け物が関わっていると判断したらしくて、野ばらの会をバシリー氏に紹介したみたいです……」

 警察では手に負えない事件だったため、未解決のまま迷宮入りして責任を問われるよりはと、他の組織に丸投げする事を選択をしたのだろう。込み入った方法で殺されてしまった人の親族は大変だなと、ジルは顔も知らない人達に同情した。

「なぜ化物の仕業だと思ったのかしら?」

「殺され方の残虐さと、殺害された人の所持品に『ファフニール』と被害者自ら書いた物があったらしいんですよ」

 ファフニールとは、この大陸北部に伝わる伝説に登場するドラゴンだったはずだ。
 そんな不確かな存在にバシリーのいとこは葬られたとでも言うのだろうか?

「正直なところ、野ばらの会の中でも混乱してます。組織の記録では、ファフニールは現存してない事になってますので……。掘り出した死体は確かに食いちぎられた様な……、大きな口を持つ人外の仕業っぽかったので、上の人達は皆テンションが上がりまくってます」

 人の死体を見て喜ぶ人達の精神状態は深く考えないでおく。それよりも、ジルはマルゴットの話の中に違和感を感じる部分があった。

「バシリーさんの従兄さん、所持品にファフニールと書いていたと言っていたわね。でも、事前に殺される事が分かっていない限り、そんな事は書けないんじゃないかしら? だって、普通、襲いかかられながらのんびりと犯人の名前は書けない気がするもの。化物が現れたらまず逃げるわよね?」

 ダイイングメッセージという線も考えてみたが、残虐な殺され方をされたくらいなので、傷を負ってから文字を書く余裕はなさそうな気がする。

「うーん……。私は書けますが、普通の人は無理なのかもしれません……」

 この子なら、出来るかもしれないと思い、ジルは半眼になる。彼女と話していると、野ばらの会で捜査が難航する理由を察せる。彼等は出来る事の範囲が広すぎてこの手の事件を解決しようとすると、議論を交わしても、変な方向に飛びがちになるのだろう。

「殺害された場所ってどこなのかしら? 巨大な生き物でも容易く入り込める場所?」

「いえ、従兄氏が泊まった宿で殺されちゃったみたいです。死体があった所に大量の血液が流れてたそうなので、そこで死んだ事に間違いはないらしいです。でもその宿というか、街でも、巨大な化け物の目撃情報や、足跡とかはないみたいですね。第一発見者さんは叫び声を聞いてから、部屋に入ったみたいですが、化物どころか、人の姿すら、無かったと言ってたらしいです」

「うーん……」

「ちなみに今日も野ばらの会の上層部の人達はキャッキャしながらドラゴン探しに行ってると思います」 

 何ともいえずおかしな話である。化け物は宿という多数の人間がいる中で、バシリーの従兄のみを狙い、食料とするわけではなく、ただ殺して霧の様に消えたのだろうか? 化物の思考や能力というのが良く分からないのだが、バシリーの従兄が何かに殺されるだけの事はしたんじゃないかという気がしてくる。

「化物を探しだそうとするより、もっとバシリーさんの従兄さんの身辺を丁寧に調べてみた方が解決に近付きそうな気がするのだけど……」

「なるほど……。野ばらの会は取り敢えずドラゴンに会ってみたい人達が多いので、そこまで気が回ってないかもしれないですね。一般人を調べるなんて私達にとってはあまり面白くないですから」

「解決よりも、幻の生き物と会う事に目的がすり替わってそうよね……」

「はい……。ほんと変態揃いで……」

 何となくブーメランを思い浮かべたジルだったが、それは言わないでおいた。

(この調子だと犯人は永遠に見つからない気がするわね。バシリーさん、お気の毒に……)

 二人で話しているうちに馬車が停まる。窓をチラリと覗くと、看板には『フリュセン』と書いてある。
 漸く宿泊予定の村に到着したのだ。

 看板付近に立っていた兵士達が近づいて来て、御者台の近衛と会話を交わす。もう直ぐ国境がより南に位置する事になるとはいえ、長らく公国との境界に位置した村だけあって、警備が厳重なのだろう。
 あまり不審に思われる行動をすべきではないだろうからと、馬車の中で話が終わるのを待つ事にした。
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