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入試と体形変化
入試と体形変化③
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ブラウベルク帝国大学大学院への編入試験当日、ジルとマルゴットはバシリーの部下オイゲンに連れられ、大学の敷地内に来ていた。
武骨な石を積み上げた外壁の塔がいくつも見えるキャンパスは、ブラウベルクでもっとも長い歴史を持つ大学なだけあって、重厚なのだが、そこら中に貼られてある紙等は過激な学生活動やイカガワシイ内容のものもあり、混沌としている。
「ジル様なら絶対受かります。過去問15年分解きましたし、最大のネックだった数学ももうブラウベルクの大学入学レベルまで上がっていると思います。後は気持ちを落ち着かせて集中するのみです」
マルゴットはジルの緊張を解こうと、ジルの手を握りしめていてくれる。
「有難うマルゴット、貴女がいなかったら、過呼吸になったかもしれないわ」
「大学院の入試は答えが決まっていないと聞いた事があります。もし分からない事があったら、何か面白い事を書いておけばいいかもしれないですね」
「流石にそんな事できないわ……」
陰鬱な雰囲気の美少女マルゴットは時々見た目を裏切り、豪胆な言動を取り、ジルを惑わせる。だから鵜呑みにしていい事と悪い事は自分で判断しなければならない。
――ゴーン……、ゴーン……
大学構内の鐘がなり、時刻が朝8時であることを知らせる。
「そろそろ開始時間ですので、試験会場に向かったほうがいいでしょう。私はここでお待ちしております」
オイゲンがジルに荷物を渡し、伝えてくれる。
「試験開始が8時30分からでしたわね。行ってまいります」
「ジル様、急ぎましょう」
初めはジル一人で大学院へ編入する予定だったのだが、何故かマルゴットも彼女のツテを使って試験を受験できるようになったらしく、今日は二人で試験を受ける事になった。
入試案内書に書かれている教養棟の第一講義室へと入室する。
室内は少なくない数の受験生が席に着いており、参考書を読むなどして試験前の最終確認を行っているようだ。
年齢も性別も人種すらもバラバラに見える彼等は、全員この大学院へ編入するためにこの試験に挑んでいるのだ。
(ここは、戦いの場なのね……)
「私はこっちの通路の奥みたいです。ジル様はそっちの通路の一番前ですわ。それではお昼までお別れです。私を信じて気楽に試験を受けてくださいませ」
マルゴットは何かひっかかる事を言い残して離れていってしまった。
(あの子、まさか何かする気じゃないわよね? でも今は試験に集中しなきゃだわ)
嫌な予感がするジルだったが、今は試験の事に頭がいっぱいでそれどころでもない。
受験票に書いてある番号の席に行くと、隣の席は瓶底眼鏡の男で、ジルが席に着くとギロリと睨み、舌打ちした。
(ヒッ……、この人から殺気を感じる……)
ドキドキしながら待機していると、講義室に初老の女性が入ってくる。
「皆さま、本日はブラウベルク帝国大学大学院への編入試験にお集まりいただき、有難うございます。早速公用語の試験を始めますので、机の上には筆記具だけ残してください」
彼女に指示された助手らしき男が試験用紙を配る。
(私、入試を受けるのって初めてだけど、不安だわ……)
ジルは公爵家令嬢として世間と隔離されて育てられてきたため、勉強は家庭教師に教わったり、植物学については自分で本を取り寄せて学んだりしていた。
だから、このような試験は初めてであり、開始の合図があるまで問題を表に出来ないなどの細かな作法に戸惑うばかりだ。
(もし今この紙を表に返したら、私この部屋から追い出されるのかしら!?)
周りの様子を伺いたくても、他人を観察する等の行為はカンニングという行為になり、入試の場では最も重い罪を背負う事になるらしい。
(もっと入試のマナーを調べてから来ればよかったわ……)
後悔してももう遅い、何とか乗り切るしかないのだ。
「それでは、始め!」
試験官の合図により、部屋中に紙を裏返す音が響く。
(あ! もう問題文を読んでもいいのね)
ボンヤリとしていたジルも他の受験生に習って、問題を解き始めた。
◇
「ジル様、どうでしたか?」
午後5時に漸く試験は終了し、ジルは講義室を出てすぐの階段前でマルゴットと合流した。
「どうなのかしら? 手を付けた問題 は正しく回答出来たと思うけれど、時間が足りなすぎて解いてない問題もあるのよ。もしかしたら合格ラインに届かない点数かもしれないわ」
「あら……」
「マルゴットはどうだったの?」
「私は呪いをかけるのに集中していたので、試験は適当に受けました」
「の、呪いですって……?」
マルゴットはとんでもない事を口走り、満足気な表情を浮かべている。
(そういえば、試験中お腹を押さえて講義室を出て行く人が何人もいたわ……。まさかこの子……)
講義室の入り口付近では、絶望の表情を浮かべる受験生が数人立ち尽くしている。
この者達は恐らく、マルゴットの呪いにより、まともに試験を受けれなかったのだろう。
マルゴットがやらかした所業を察したジルの背中に、嫌な汗が流れる。
「マルゴット、すぐにここを去った方がいいかもしれないわ。帰りましょう!」
「え? 黒魔術サークルなるものに寄ってみたいのですが……」
「駄目よ! 気付かれる前に逃げなくちゃ!」
「分かりました……」
ジルはマルゴットの痩せ細った腕を掴み、逃げる様に大学から帰ったのだった。
◇
武骨な石を積み上げた外壁の塔がいくつも見えるキャンパスは、ブラウベルクでもっとも長い歴史を持つ大学なだけあって、重厚なのだが、そこら中に貼られてある紙等は過激な学生活動やイカガワシイ内容のものもあり、混沌としている。
「ジル様なら絶対受かります。過去問15年分解きましたし、最大のネックだった数学ももうブラウベルクの大学入学レベルまで上がっていると思います。後は気持ちを落ち着かせて集中するのみです」
マルゴットはジルの緊張を解こうと、ジルの手を握りしめていてくれる。
「有難うマルゴット、貴女がいなかったら、過呼吸になったかもしれないわ」
「大学院の入試は答えが決まっていないと聞いた事があります。もし分からない事があったら、何か面白い事を書いておけばいいかもしれないですね」
「流石にそんな事できないわ……」
陰鬱な雰囲気の美少女マルゴットは時々見た目を裏切り、豪胆な言動を取り、ジルを惑わせる。だから鵜呑みにしていい事と悪い事は自分で判断しなければならない。
――ゴーン……、ゴーン……
大学構内の鐘がなり、時刻が朝8時であることを知らせる。
「そろそろ開始時間ですので、試験会場に向かったほうがいいでしょう。私はここでお待ちしております」
オイゲンがジルに荷物を渡し、伝えてくれる。
「試験開始が8時30分からでしたわね。行ってまいります」
「ジル様、急ぎましょう」
初めはジル一人で大学院へ編入する予定だったのだが、何故かマルゴットも彼女のツテを使って試験を受験できるようになったらしく、今日は二人で試験を受ける事になった。
入試案内書に書かれている教養棟の第一講義室へと入室する。
室内は少なくない数の受験生が席に着いており、参考書を読むなどして試験前の最終確認を行っているようだ。
年齢も性別も人種すらもバラバラに見える彼等は、全員この大学院へ編入するためにこの試験に挑んでいるのだ。
(ここは、戦いの場なのね……)
「私はこっちの通路の奥みたいです。ジル様はそっちの通路の一番前ですわ。それではお昼までお別れです。私を信じて気楽に試験を受けてくださいませ」
マルゴットは何かひっかかる事を言い残して離れていってしまった。
(あの子、まさか何かする気じゃないわよね? でも今は試験に集中しなきゃだわ)
嫌な予感がするジルだったが、今は試験の事に頭がいっぱいでそれどころでもない。
受験票に書いてある番号の席に行くと、隣の席は瓶底眼鏡の男で、ジルが席に着くとギロリと睨み、舌打ちした。
(ヒッ……、この人から殺気を感じる……)
ドキドキしながら待機していると、講義室に初老の女性が入ってくる。
「皆さま、本日はブラウベルク帝国大学大学院への編入試験にお集まりいただき、有難うございます。早速公用語の試験を始めますので、机の上には筆記具だけ残してください」
彼女に指示された助手らしき男が試験用紙を配る。
(私、入試を受けるのって初めてだけど、不安だわ……)
ジルは公爵家令嬢として世間と隔離されて育てられてきたため、勉強は家庭教師に教わったり、植物学については自分で本を取り寄せて学んだりしていた。
だから、このような試験は初めてであり、開始の合図があるまで問題を表に出来ないなどの細かな作法に戸惑うばかりだ。
(もし今この紙を表に返したら、私この部屋から追い出されるのかしら!?)
周りの様子を伺いたくても、他人を観察する等の行為はカンニングという行為になり、入試の場では最も重い罪を背負う事になるらしい。
(もっと入試のマナーを調べてから来ればよかったわ……)
後悔してももう遅い、何とか乗り切るしかないのだ。
「それでは、始め!」
試験官の合図により、部屋中に紙を裏返す音が響く。
(あ! もう問題文を読んでもいいのね)
ボンヤリとしていたジルも他の受験生に習って、問題を解き始めた。
◇
「ジル様、どうでしたか?」
午後5時に漸く試験は終了し、ジルは講義室を出てすぐの階段前でマルゴットと合流した。
「どうなのかしら? 手を付けた問題 は正しく回答出来たと思うけれど、時間が足りなすぎて解いてない問題もあるのよ。もしかしたら合格ラインに届かない点数かもしれないわ」
「あら……」
「マルゴットはどうだったの?」
「私は呪いをかけるのに集中していたので、試験は適当に受けました」
「の、呪いですって……?」
マルゴットはとんでもない事を口走り、満足気な表情を浮かべている。
(そういえば、試験中お腹を押さえて講義室を出て行く人が何人もいたわ……。まさかこの子……)
講義室の入り口付近では、絶望の表情を浮かべる受験生が数人立ち尽くしている。
この者達は恐らく、マルゴットの呪いにより、まともに試験を受けれなかったのだろう。
マルゴットがやらかした所業を察したジルの背中に、嫌な汗が流れる。
「マルゴット、すぐにここを去った方がいいかもしれないわ。帰りましょう!」
「え? 黒魔術サークルなるものに寄ってみたいのですが……」
「駄目よ! 気付かれる前に逃げなくちゃ!」
「分かりました……」
ジルはマルゴットの痩せ細った腕を掴み、逃げる様に大学から帰ったのだった。
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