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第24話 本気にさせたな

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「マリ。
 ……こりゃまた大所帯だな」


 休日のアピタで相棒バディのマリと遭遇した。
 休みの日に職場の人とエンカするのってなんかすごい気まずいよね。

 いやまあマリ相手ならそんなことも思わないけど。
 普通は平日の仕事を思い出して鬱るけど、子供部屋おじさんったら平日からあんま働いてないからね。
 ワークライフライフライフバランスが抜群だ。


「あはは、ウツミんさん。
 偶然だね。買い物?」

「おお、ズボン一本買ったんだ。
 そっちも買い物、てかお出かけって感じかな。
 えと、妹さんでいいのかな?」


 娯楽の少ない富山県民が、休日に大型商業複合施設に集合してしまう悲哀については説明したとおりだ。
 行き先が大体限定されるからこうしてエンカすることも稀によくある。
 パチンコ屋で同窓会やっちゃうことも珍しくないらしい。俺はやらんけど。


「うん。
 こっちの短パンの方がかえでで、眼鏡の方がモミジ
 ベビーカーで寝てるのが末っ子の太助たすけ。タッくんって呼んでるよ。

 ほら、カエデ、モミジ。
 これが私と一緒に冒険してるウツミんさんだよ。挨拶しなさい」


 マリの傍でモジモジしていたロリっ子二人が、訝し気な視線をこちらに寄越してくる。
 不審者でも見るような目だなぁ。

 失礼な。
 俺はただの、遊ぶ金欲しさに女子高生を付け回している無職の30歳だぞ。
 思ったより不審者だった。


「ねぇ、マリ姉ちゃん。
 これがウツミん?」


 短髪短パンのいかにも活発そうな方がカエデか。
 思いっきし人を指さしてくるね君。


「そうだよ、カエデ」

「……ねぇ、ウツミん。
 ウツミんって今何歳?」

「ん?30歳だけど?」

「おっさんじゃん!
 滅茶苦茶おっさんじゃん!
 聞いてたのと全然違うじゃん!ちょっと年上とか言ってたのに!
 30歳って!明らかにおかしいでしょその年齢!」


 初対面からいいパンチ打ってくんなーこのガキ。
 マリも躾がなってないとか思ってたけど、比じゃないな。
 さっき言ってた俺の年齢がおかしいって、若過ぎって意味だよな?(白目)


 ゴチン!

 マリがカエデに拳骨をくらわして叱りつけている。
 おう、言うたれ言うたれ。


 と思ってたら。
 もう一人の、セミロングに眼鏡、お嬢さん風の落ち着いた服の方が、スススと俺に寄ってきた。
 こっちはモミジか。
 やけに俺の顔をマジマジと見てくるなぁ。


「ねぇ、ウツミん……。
 普段はスーツとか、着るの……?
 ネクタイは?メガネは……?」

「ん?
 まあ最近は着ないけど、前の仕事の時はそりゃ着てたよ。
 ネクタイは、まあちょいとヨレさせちゃってたかな。
 PC使うときは眼鏡もかけてたよ。ブルーライトカットの」

「デュフフフフ……、いい……。
 くたびれた中年の三点セット……。
 顔と言い背格好といい、完璧な取り合わせなの……。
 可愛い……とても尊いの……」


 こっちはこっちで穏やかじゃねえな。
 メガネがキラりと輝いて、外から目が見えないじゃん。
 クラスでは大人しい美人で通ってそう。(小並感)


 そんなモミジもマリに小突かれ、改めてご挨拶を促される。

「えへへ、及川おいかわ かえでだよ!10歳の4年生だよ!
 短髪筋肉カエデちゃんって覚えてね!
 あたしも冒険者やってみたいから、いろいろ教えてよウツミん!」

及川おいかわ もみじなの……。
 趣味は読書なの。カエデと同じ4年生。双子なの。
 モミジはカエデやマリ姉ちゃんと違って体力がないから、冒険者は遠慮したいの……」

「ん、俺は宇津美うつみ 京介きょうすけ。30歳だ。
 もうウツミんでいいよ。よろしくな」


 それぞれがペコリと頭を下げる。
 マリに聞けば、今日はこの子たちがアピタに行きたいと騒ぐから、止む無く連れてきたそうだ。

 お母さんは土日いないって言ってたからな。
 もう一人中学生の弟がいるそうだが、4歳のタッくんを任せるのは不安で、マリがまとめて面倒見てるそうだ。
 やっぱ苦労人だな……。


「でもさ、マリ。
 やっぱり初対面であの態度はまずいんじゃないか?この子達。
 俺だからいいけどさ。相手によっちゃ怒ってるぜ多分」

「う、うん。そうだよね……。
 いつも言ってんだけど、全然聞かなくてさ……」


 いやまあそう言ってる君がまずタメ口全開なんだけどね。
 それはいいよ。相棒バディだし、その辺は適当で。


「えー、そんなことないってー。
 あたしらいっつも学校じゃ褒められてるし!礼儀出来てるほうだって!」

「心外なの……。
 カエデはともかく、モミジは模範的な優等生なの……」


 こいつら全然自分のことわかってないなー。
 小学生相手じゃ仕方ないよね。
 優しく言って聞かせよう。


「いいか?カエデ、モミジ。
 目上っていうか年上の相手には、特に初対面じゃ、一応それっぽく敬意を払ってる風の態度を取らなきゃトラブルの基なんだぞ。
 たとえ全然敬意を持てない相手でも表面だけは取り繕っておけ。
 そういう奴らほど細けえことにやたらにこだわってくるし、逆にアホだから表面的な敬意でコロっと騙せる」

「ウツミんさん。表現表現」

「なあ、この先自分より腕力や権力のある相手に同じ態度をとったらどうなると思う?
『ほっほっほ。なかなか見どころのある若者じゃの』なんつって打ち首にしてくれるのはなろうワールドの王様だけだし、『この俺様にそんな態度をとるとは、お前面白い奴だな』なんつって押し倒してくれるのは夢小説の攻略対象だけだ」

 その際に「アーン?なるほどSUNDAYじゃねーの。俺様の美技に酔いな」と囁いてくれるのは氷帝学園跡部景吾だけだ。
 なんで仁王君が柳生君の恰好してるの?全く……敵わんぜよ。(立海大付属中テニス部女子マネージャー)


「ウツミんが何いってんのかわかんねーや……」

 まあ……お前じゃ分からないか、この領域レベルの話は。

「跡部様神推し同担拒否過激派決闘はいつでも受けて立つの……」

 この子はこの子で、手遅れ感があるな。10歳にして。
 とはいえ性癖の自由は憲法に定める基本的人権だ。口は出すまい。
 でも跡部様で同担拒否してたら沼で話せる人いなくならない?


 そんなしょうもないことを言ってたら、ベビーカーのタッくんが起きちゃった。
 しばし周りをキョロキョロと見まわし、やがて俺をじっと見て。


「おいかわ たすけ!4歳です!タッくんです!」


 ニパァ!
 弾けんばかりの笑顔でご挨拶!

 やば!天使か!
 マジでめっちゃくちゃウルトラ可愛い。


「そうかータッくんかー!
 俺はウツミんだ。よろしくなぁ~」

「ウツミん!タッくんです!」

 こっちも満面の笑みになっちゃうぜ。
 さらに笑顔で返してくれるタッくん。
 これはあかん、脳からなんか出てるわ。


 男の子ってこんな感じか~。
 姪っ子達はいるし、その子らも可愛いと思ってたけど、男の子はまた違った感じでいいね!
 最高にグレーテスト可愛い。
 美男子だね君!


「あはは……なんだか恥ずかしいところ見られちゃったね」

「いやそんなことないけどさ。
 あー、でもごめんな。重い荷物抱えてるとこ引き留めちゃって。
 というか、帰りはどうするんだその荷物?」

「ん?バスだけど?」


 バスかー。まあ少し歩けばバス停もあるけどさ。
 マリの家までだと、まあまあの移動だな。
 荷物と、待ち時間と、子供たちの面倒とを考えると、帰るだけでも一苦労だろう。


「よかったら少し手伝おうか?
 こっちは買い物終わってるし、荷物運びくらいするし、なんだったら家まで車で送ってやるよ。
 みんな座れて荷物もベビーカーもトランクに入れられて、いくらか楽だろ」

 しばらく遠慮するマリだったが。

「じゃあ、またお言葉に甘えちゃおうかな。
 正直、すごく助かるよ。ありがとね、ウツミんさん」


 優しい笑顔をする子だよな。
 このくらいの協力、苦でもなんでもない。


 そう思っていたんだ。
 マリの家に着くまでは……。


 ---


 マリの家に皆を送り届け。
 折角だからお茶でもと誘われ家に上がったのがまずかった。

 家主のお母さんが不在の中勝手に上がり込んじゃ悪いかとも思ったが、どうせ当分帰らないからと言うのでお言葉に甘えた。


 まず、庭がひどい。
 草木はぼうぼう。全く手入れがされていない様子だ。
 あの枝なんか、敷地を超えて隣の家の庭に侵入してないか?

 玄関を開けたら、微かな異臭。
 というか、大量の靴がバラバラに出しっぱなしで俺が靴を脱ぐスペースがない。
 この晴れた日に長靴を出しっぱなしにする必要があるのか?あの泥だらけのスニーカー、まだ誰かが履くことがあるのか?


「ごめんねー散らかってて。今スペース開けるからさー」


 マリがそう言いながら、その辺の靴を蹴とばして強引にスペースを作る。
 ……マジっすか。ここ最近で一番ひいたわ。
 おずおずと靴を脱いで中に入るが、これもまあひどい。


 ゴミ屋敷、とまでは言うまい。
 だが雑然と床に散らかった衣服、コンビニ袋、ペットボトル。
 移動の動線を阻害する位置に配置されたテーブル、ソファー、観葉植物(枯れかけている)。
 棚やタンスの上に、適当なコップに刺された花(萎れている)や、子供たちが図工なり美術なりの授業で作っただろう小汚い作品が統一感なく配置されている。


 そもそもなんか空気が悪い。……湿気ってる?
 なんか薄暗いし。日光入れているのかこのリビング。
 多分あれだな、色んな所に置きっぱなしの布が放つ芳香なんだなこれ。


 カエデとモミジは、手も洗わず、買ってもらった荷物を片付けることもせずに戸棚から何やら取り出してくる。
 コンビニ限定のドリンク(500ml)とスナック菓子。それを一人一本と一袋ずつ開け始める。
 おい、もう16時だぞ。いまからその量のスナック菓子開けて、夕飯ちゃんと入るのか小学生。


「あれー、どこいったかなぁ……」


 どうやらハサミがないらしく、マリ、カエデ、モミジの三人がかりでウロウロと探し始める。
 5分は経ったと思う。
 どうやら椅子の下に落ちてたらしいハサミを発見し、双子は喜んでスナック菓子を開け始めた。


「えっと、ウツミんさんは緑茶でいい?
 晩御飯も食べて行ってよ!
 今日はカレーの初日だからさ!」


 ドン!と無造作に置かれる500ml。
 お、おう……。
 というか、何日か続くの前提なんだな。


「ねえーマリ姉ちゃん、今日買ってもらったあたしの服どこ置いたっけー」

「あれどこ置いたっけー?ちょっとモミジも探してー」

「それよりマリ姉ちゃん、米がないの。カレーなのに、困るの」

「あっちゃー買い忘れた!
 あ、やべー。この野菜も肉も腐っちゃってるじゃん。
 安売りだからって買い過ぎたかなー」

「ねえ、タッくん、チーズたべたい」

「ああ、それもないや!
 ごめんカエデ、そこのコンビニで買ってきて!アンパンマンのやつ!
 ああ、ついでに野菜と肉も!
 米は……冷凍うどんがあるからそれでいいか!」


 ドッタバッタドッタバッタ。
 客人を置き去りにしてああだこうだと動き回るが何ら生産性のない行為が連続されていく。


 ……プチン。
 俺の中で何かがキレる音がした。


「コスパが!悪すぎんだろがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺はキレた。
 ここ数年で一番キレた。


「てめえらそこに一列に並べ!
 今からコスパの何たるかを内臓に刻み込んでやる!
 覚悟しろ!」


 非常識は承知の上だ。
 人様の家内のことに口を出すなど正気ではない。

 相棒バディとはいえマリは他人。
 この令和の時代に、仕事と家庭の区分のできない、平成どころか昭和の発想で発言している異常さは自覚している。

 身体は大人、頭脳は子供、価値観は団塊ジュニア。
 逆コナンパイセン状態に入った様は他人から見てさぞ滑稽だろう。


 だがな。


 誰だって……その道じゃ……負けたくない……って事が……あるよな。
 言いたい事は……いくつか……あるんだよ……。
 ま……一言で言うなら。



 本気にさせたな。



 完全体渺茫に挑むジョンス・リーの真似をしたところでいったい何人に伝わるか不安は尽きない。
 しかし、ともあれ、なんにせよ。
 今の俺は誰にも止めることはできない。
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