4 / 10
4、今日は何の日? 海へ行こう!
しおりを挟む
ある日突然、紅緒が言った。
「海に行きたいな」
すぐさまリゼは応じる。
「いいよ。連れて行ってあげる。いつがいい? いまでもいいけど」
「本当? じゃあ次に来たときにお願いします。私、水着とか浮輪とかビニールボールとか持ってくるから、リゼは日除け用にパラソルとか用意してくれるかな」
「パラソルね。わかった」
でも『水着とか浮輪とかビニールボール』ってなんだろう?
とはリゼは訊かなかった。野暮な気がして。だいたい海になにしに行くのだろう?
だがそんな疑問は些細なことだ。肝心なのは。
「楽しみだね」
紅緒が嬉しそうに、にこっと笑う。ただそれだけでリゼの気持ちはほっこり丸くなる。
「はいっ」
早速パラソルの調達をしなければならない。
でれっと鼻の下を伸ばして返事をしながら、リゼは手元の魔法研究書をぱたんと閉じた。
「わあ、見えてきた! すごい。なんてきれいなエメラルドグリーンの海なの!」
「っと、それ以上身を乗り出しちゃ危ないってば。落っこちるよ」
双頭の竜テスとサジェに乗り、一番近くの海まで短い遊覧飛行だ。
紅緒のはしゃいだ姿がとてもかわいい。
リゼは海を見つめて眼を輝かせる紅緒に見とれながら、目指す浜辺の上空に着くと竜をゆるく旋回させた。辺りに人の気配がないことを確認し、着地する。
「ありがとう、テス、サジェ。お疲れさま」
紅緒が二頭にキスすると満更でもないようで、竜達は「フシューッ」と鼻息を吐き長い尾をひと振りした。
「じゃあ私着替えてくるから、リゼは先にパラソルを用意してもらえるかな」
「うん、わかった。あ、着替えるってどこで? 遠くに行っちゃだめだよ」
「行きません。テスとサジェの陰に隠してもらうから平気」
「にー」
「おまえは行くな」
すかさず紅緒のあとに続こうとした契約の猫の首をむずと掴む。
まったく油断も隙もない。
この見た目無害の小さな黒猫は、ちょっと眼を離すとすぐに紅緒にまとわりつく性質の悪い奴だ。
海は遠浅、浜辺はやわらかい白砂で、周囲に人家はまばらにしかない。
リゼはてきぱきとパラソルを設置した。パラソルの下には、寝椅子を二脚と小卓を並べる。
すぐ隣に天幕も張り、食材や調理器具、煉瓦で囲った簡易かまどはこちらに準備した。
紅緒曰く、今日は『バーベキュー』なるものをやるらしい。
「お待たせ」
「あれ、早かったね。ねぇベニオ、この鉄網はどう使う――」
リゼは振り返って紅緒を一目見るなり「ぶーっ」と鼻血を噴いてひっくり返った。
「きゃあっ。リゼ、どうしたの、大丈夫?」
ぼたぼたと血を垂らす鼻を押さえてリゼは浜辺で悶絶した。
紅緒がびっくりした様子で駆け寄ってくるが、リゼは必死に「待った」をかけた。
「ぎゃーっ。寄らないで触らないで近づかないでー」
我ながら情けない悲鳴を上げる。
だがこちとら理性がぷつっと切れる寸前だ。
「なんて恰好してるの、ベニオっ」
「え? 普通のビキニにパーカーを羽織ってるだけだけど……変? 似合わないかな」
リゼは砂浜に四つん這いになりほとんど絶叫して言った。もう涙目である。
「似合うとか似合わないとか以前の問題だろう! なんっなの、その過激な恰好は! 脚もお腹も胸も腕も全部丸見えじゃないかっ。僕に食べられたいのっ? あああ、もう! 眼が潰れる! 堪えられない! もうだめだ! なんっておいしそうなんだ。涎が……っ。はっ。いかんいかん、いかんだろう、いかんだろうっ。うっ。鼻血が……って、はっ! おいこら、そこのクソバカチビ猫、おまえは見るなっ。テス・サジェも眼ぇ瞑っとけ! ベニオのこんな破廉恥な姿を誰にも見せてたまるか――いますぐ眼を閉じない奴ァ、俺がぶっ殺す!」
リゼは散々喚き立て、すっくと立つと身につけていたマントで紅緒をぐるぐる巻きにした。
紅緒が不満そうに文句を言う。
「暑いです」
「いいから。僕の正気を保つためにも、それ絶対に外さないで」
「せっかくリゼの分の水着も用意してきたのに」
リゼはぎょっとして飛び退いた。
「えええっ。僕にも裸になれっての?」
「裸じゃないでしょ! 水着! 水の中に入るためのものだからこれでいいんです」
「……は? 水の中に入る? まさか海に? なんで?」
「泳ぐために決まってます」
「泳ぐ?」
意味がわからない。
訝しむリゼを紅緒は置き去りにした。
鮮やかにマントを脱ぎ払い、太陽の光に白い裸身をさらして海へ駆けていく。波打ち際でちょっと足踏みし、水を掌に掬い空中に散らしながら、波間にその身を躍らせる。
リゼは息を呑んで見とれた。
浮き沈みを繰り返し、楽しげにくるくるまわったり、遊泳したりする紅緒はとてもきれいだ。
「リゼも来ればいいのに。気持ちいいよ!」
その笑顔のなんて眩しさ――。
リゼは額に手を翳し紅緒の伸びやかな肢体を眼に焼きつけた。身体の芯が疼く。熱が膨らみ、このままでは時間の問題でまずい事態になりそうだ。
なのにどうしても、眼が離せない。
リゼは頭に手をやって、毒づいた。
「……まいったな。くそっ、なんであんなに無防備なんだ。少しは警戒心ってものがないのか? 大胆すぎるだろうが! 俺の理性の限界をどこまで試せば気が済むんだか……っ」
「リーゼー!」
青い波間で手を振る紅緒は燦然と美しく、その甘い声は逆らい難く。
リゼは白旗を掲げた。
ふらっと一歩を踏み出すと、もう止まらない。ベルトを外す。ラミザイを脱ぎ捨てる。ブーツを放り出す。ざぶざぶと水を漕ぎ分けて紅緒のもとに向かう。
すると紅緒は悪戯っぽい微笑を浮かべてすいっと逃げる。近づく。逃げられる。
「捕まえられるかな?」
紅緒が挑戦的に片眼をぱちりと瞑る。
リゼとしては退くわけにはいかない。
「よーし」
リゼはざぱん、と飛沫を上げて海中に潜った。
そして千のきらめきが弾ける中、二人の追いかけっこがはじまった。
おまけ
リゼは紅緒を見て疑問をぶつけた。
「そういえば、なんで急に海に来たいなんて言い出したの?」
「今日は海の日だからです」
「じゃあ、この溢れんばかりの食材は?」
「皆が来るかなと思って」
「皆?」
煉瓦かまどの上に置いた鉄網の上で、串に挿した肉がジュウジュウと焼ける。辺りには香ばしい匂いが立ち込めて空き腹にはたまらない。
紅緒がよく炙った串刺し肉を皿にのせ、リゼに差し出す。
「もういいみたい。はい、どうぞ召し上がれ」
肉汁を砂浜に滴らせ、こんがりと表面が焦げた肉にリゼはかぶりついた。
「いただきますっ。ん! 旨っ」
「にー……」
猫舌のチビクロは冷めるまでお預けをくらっている。じれったそうにパタパタと尾を振る仕草を横目にリゼは肉の串と野菜の串を交互に頬張った。
紅緒は水着にパーカーを羽織り、その上からリゼのマントを身体に巻きつけ素足にサンダルをひっかけていた。
ひと泳ぎしたあと紅緒は手早く昼食の支度に取りかかり、いまは皿に盛った肉やら野菜やらをテスとサジェに届けにいって戻って来た。
「ねぇベニオ、皆って――あ?」
突然、すぐ近くに魔法の気配を感じてリゼは結界を張ろうとしたが思いとどまった。
馴染みのある気だ。
次の瞬間、どやどやといつもの面子が魔法転移してきた。ジークウィーンを先頭に、カトレー、アルディ、ジーチェ、ラヴェルが揃い踏みだ。
「ベニオ!」
「こんにちは、ベニオ殿」
「お姉さまあー!」
「差し入れをお持ちしました」
「師よ、お捜しましたよー。いったいどうして気配を断っていたんです?」
悪気なしにとことこと傍へやってきたラヴェルをぎろりと睨んで、リゼは言った。
「……どこぞのバカ弟子が邪魔をして、ベニオと僕の甘いひとときを台無しにするのを防ぐために決まっているだろう」
するとラヴェルは心外だ、とばかりに両手をひろげた。
「あれ? お邪魔でした? 変ですねぇ。ベニオ殿からは『時間の都合がついたらぜひ来てほしい』とご招待に与ったんですけど。しかし師がどうしても帰れとおっしゃるならば、涙を呑んで引き上げますが?」
帰れと言いたい。言いたいが、しかし。
紅緒はいつもの面子が揃ってとても嬉しそうだ。
リゼは嘆息して紅緒と二人だけの時間を諦めた。
紅緒は給仕を務めながら、わきあいあいとしている。
「食事が済んだら皆でスイカ割りしませんか?」
「お姉さま、『スイカ割り』ってなんですの?」
「ええと――」
こうなったらとことん遊び倒してやる……!
リゼが半ばヤケクソ気味に今日の予定変更を覚悟したときだった。
「わ」
と紅緒が砂に足を取られて躓いた。
如才なくすぐ傍にいたジークウィーンが抱き止める。
「大事ないか?」
「ありがとうございます。あ」
「ん?」
紅緒が身体を起こした拍子だった。はらり、とマントがほどけて肌から滑り落ちる。
次の瞬間、胸の形や腰のくびれも悩ましい水着とかわいい小さなお尻を半分だけ隠す短い丈のパーカー姿の紅緒があらわになった。
「……」
「おや」
「ぶほっ」
たちまちジークウィーンが石化する。
カトレーは尻上がりな口笛を吹いた。
ラヴェルは咄嗟に掌で眼を覆ったが既にばっちり目撃したあとだ。
「見るなあああああっ」
リゼの絶叫が青い空と海と白い浜辺に轟き渡る。
俄かに浜辺は騒々しくなった。
*新作 本魂呼びの古書店主(代理) 連載開始です。
こちらもお付き合いいただけると嬉しいです。
「海に行きたいな」
すぐさまリゼは応じる。
「いいよ。連れて行ってあげる。いつがいい? いまでもいいけど」
「本当? じゃあ次に来たときにお願いします。私、水着とか浮輪とかビニールボールとか持ってくるから、リゼは日除け用にパラソルとか用意してくれるかな」
「パラソルね。わかった」
でも『水着とか浮輪とかビニールボール』ってなんだろう?
とはリゼは訊かなかった。野暮な気がして。だいたい海になにしに行くのだろう?
だがそんな疑問は些細なことだ。肝心なのは。
「楽しみだね」
紅緒が嬉しそうに、にこっと笑う。ただそれだけでリゼの気持ちはほっこり丸くなる。
「はいっ」
早速パラソルの調達をしなければならない。
でれっと鼻の下を伸ばして返事をしながら、リゼは手元の魔法研究書をぱたんと閉じた。
「わあ、見えてきた! すごい。なんてきれいなエメラルドグリーンの海なの!」
「っと、それ以上身を乗り出しちゃ危ないってば。落っこちるよ」
双頭の竜テスとサジェに乗り、一番近くの海まで短い遊覧飛行だ。
紅緒のはしゃいだ姿がとてもかわいい。
リゼは海を見つめて眼を輝かせる紅緒に見とれながら、目指す浜辺の上空に着くと竜をゆるく旋回させた。辺りに人の気配がないことを確認し、着地する。
「ありがとう、テス、サジェ。お疲れさま」
紅緒が二頭にキスすると満更でもないようで、竜達は「フシューッ」と鼻息を吐き長い尾をひと振りした。
「じゃあ私着替えてくるから、リゼは先にパラソルを用意してもらえるかな」
「うん、わかった。あ、着替えるってどこで? 遠くに行っちゃだめだよ」
「行きません。テスとサジェの陰に隠してもらうから平気」
「にー」
「おまえは行くな」
すかさず紅緒のあとに続こうとした契約の猫の首をむずと掴む。
まったく油断も隙もない。
この見た目無害の小さな黒猫は、ちょっと眼を離すとすぐに紅緒にまとわりつく性質の悪い奴だ。
海は遠浅、浜辺はやわらかい白砂で、周囲に人家はまばらにしかない。
リゼはてきぱきとパラソルを設置した。パラソルの下には、寝椅子を二脚と小卓を並べる。
すぐ隣に天幕も張り、食材や調理器具、煉瓦で囲った簡易かまどはこちらに準備した。
紅緒曰く、今日は『バーベキュー』なるものをやるらしい。
「お待たせ」
「あれ、早かったね。ねぇベニオ、この鉄網はどう使う――」
リゼは振り返って紅緒を一目見るなり「ぶーっ」と鼻血を噴いてひっくり返った。
「きゃあっ。リゼ、どうしたの、大丈夫?」
ぼたぼたと血を垂らす鼻を押さえてリゼは浜辺で悶絶した。
紅緒がびっくりした様子で駆け寄ってくるが、リゼは必死に「待った」をかけた。
「ぎゃーっ。寄らないで触らないで近づかないでー」
我ながら情けない悲鳴を上げる。
だがこちとら理性がぷつっと切れる寸前だ。
「なんて恰好してるの、ベニオっ」
「え? 普通のビキニにパーカーを羽織ってるだけだけど……変? 似合わないかな」
リゼは砂浜に四つん這いになりほとんど絶叫して言った。もう涙目である。
「似合うとか似合わないとか以前の問題だろう! なんっなの、その過激な恰好は! 脚もお腹も胸も腕も全部丸見えじゃないかっ。僕に食べられたいのっ? あああ、もう! 眼が潰れる! 堪えられない! もうだめだ! なんっておいしそうなんだ。涎が……っ。はっ。いかんいかん、いかんだろう、いかんだろうっ。うっ。鼻血が……って、はっ! おいこら、そこのクソバカチビ猫、おまえは見るなっ。テス・サジェも眼ぇ瞑っとけ! ベニオのこんな破廉恥な姿を誰にも見せてたまるか――いますぐ眼を閉じない奴ァ、俺がぶっ殺す!」
リゼは散々喚き立て、すっくと立つと身につけていたマントで紅緒をぐるぐる巻きにした。
紅緒が不満そうに文句を言う。
「暑いです」
「いいから。僕の正気を保つためにも、それ絶対に外さないで」
「せっかくリゼの分の水着も用意してきたのに」
リゼはぎょっとして飛び退いた。
「えええっ。僕にも裸になれっての?」
「裸じゃないでしょ! 水着! 水の中に入るためのものだからこれでいいんです」
「……は? 水の中に入る? まさか海に? なんで?」
「泳ぐために決まってます」
「泳ぐ?」
意味がわからない。
訝しむリゼを紅緒は置き去りにした。
鮮やかにマントを脱ぎ払い、太陽の光に白い裸身をさらして海へ駆けていく。波打ち際でちょっと足踏みし、水を掌に掬い空中に散らしながら、波間にその身を躍らせる。
リゼは息を呑んで見とれた。
浮き沈みを繰り返し、楽しげにくるくるまわったり、遊泳したりする紅緒はとてもきれいだ。
「リゼも来ればいいのに。気持ちいいよ!」
その笑顔のなんて眩しさ――。
リゼは額に手を翳し紅緒の伸びやかな肢体を眼に焼きつけた。身体の芯が疼く。熱が膨らみ、このままでは時間の問題でまずい事態になりそうだ。
なのにどうしても、眼が離せない。
リゼは頭に手をやって、毒づいた。
「……まいったな。くそっ、なんであんなに無防備なんだ。少しは警戒心ってものがないのか? 大胆すぎるだろうが! 俺の理性の限界をどこまで試せば気が済むんだか……っ」
「リーゼー!」
青い波間で手を振る紅緒は燦然と美しく、その甘い声は逆らい難く。
リゼは白旗を掲げた。
ふらっと一歩を踏み出すと、もう止まらない。ベルトを外す。ラミザイを脱ぎ捨てる。ブーツを放り出す。ざぶざぶと水を漕ぎ分けて紅緒のもとに向かう。
すると紅緒は悪戯っぽい微笑を浮かべてすいっと逃げる。近づく。逃げられる。
「捕まえられるかな?」
紅緒が挑戦的に片眼をぱちりと瞑る。
リゼとしては退くわけにはいかない。
「よーし」
リゼはざぱん、と飛沫を上げて海中に潜った。
そして千のきらめきが弾ける中、二人の追いかけっこがはじまった。
おまけ
リゼは紅緒を見て疑問をぶつけた。
「そういえば、なんで急に海に来たいなんて言い出したの?」
「今日は海の日だからです」
「じゃあ、この溢れんばかりの食材は?」
「皆が来るかなと思って」
「皆?」
煉瓦かまどの上に置いた鉄網の上で、串に挿した肉がジュウジュウと焼ける。辺りには香ばしい匂いが立ち込めて空き腹にはたまらない。
紅緒がよく炙った串刺し肉を皿にのせ、リゼに差し出す。
「もういいみたい。はい、どうぞ召し上がれ」
肉汁を砂浜に滴らせ、こんがりと表面が焦げた肉にリゼはかぶりついた。
「いただきますっ。ん! 旨っ」
「にー……」
猫舌のチビクロは冷めるまでお預けをくらっている。じれったそうにパタパタと尾を振る仕草を横目にリゼは肉の串と野菜の串を交互に頬張った。
紅緒は水着にパーカーを羽織り、その上からリゼのマントを身体に巻きつけ素足にサンダルをひっかけていた。
ひと泳ぎしたあと紅緒は手早く昼食の支度に取りかかり、いまは皿に盛った肉やら野菜やらをテスとサジェに届けにいって戻って来た。
「ねぇベニオ、皆って――あ?」
突然、すぐ近くに魔法の気配を感じてリゼは結界を張ろうとしたが思いとどまった。
馴染みのある気だ。
次の瞬間、どやどやといつもの面子が魔法転移してきた。ジークウィーンを先頭に、カトレー、アルディ、ジーチェ、ラヴェルが揃い踏みだ。
「ベニオ!」
「こんにちは、ベニオ殿」
「お姉さまあー!」
「差し入れをお持ちしました」
「師よ、お捜しましたよー。いったいどうして気配を断っていたんです?」
悪気なしにとことこと傍へやってきたラヴェルをぎろりと睨んで、リゼは言った。
「……どこぞのバカ弟子が邪魔をして、ベニオと僕の甘いひとときを台無しにするのを防ぐために決まっているだろう」
するとラヴェルは心外だ、とばかりに両手をひろげた。
「あれ? お邪魔でした? 変ですねぇ。ベニオ殿からは『時間の都合がついたらぜひ来てほしい』とご招待に与ったんですけど。しかし師がどうしても帰れとおっしゃるならば、涙を呑んで引き上げますが?」
帰れと言いたい。言いたいが、しかし。
紅緒はいつもの面子が揃ってとても嬉しそうだ。
リゼは嘆息して紅緒と二人だけの時間を諦めた。
紅緒は給仕を務めながら、わきあいあいとしている。
「食事が済んだら皆でスイカ割りしませんか?」
「お姉さま、『スイカ割り』ってなんですの?」
「ええと――」
こうなったらとことん遊び倒してやる……!
リゼが半ばヤケクソ気味に今日の予定変更を覚悟したときだった。
「わ」
と紅緒が砂に足を取られて躓いた。
如才なくすぐ傍にいたジークウィーンが抱き止める。
「大事ないか?」
「ありがとうございます。あ」
「ん?」
紅緒が身体を起こした拍子だった。はらり、とマントがほどけて肌から滑り落ちる。
次の瞬間、胸の形や腰のくびれも悩ましい水着とかわいい小さなお尻を半分だけ隠す短い丈のパーカー姿の紅緒があらわになった。
「……」
「おや」
「ぶほっ」
たちまちジークウィーンが石化する。
カトレーは尻上がりな口笛を吹いた。
ラヴェルは咄嗟に掌で眼を覆ったが既にばっちり目撃したあとだ。
「見るなあああああっ」
リゼの絶叫が青い空と海と白い浜辺に轟き渡る。
俄かに浜辺は騒々しくなった。
*新作 本魂呼びの古書店主(代理) 連載開始です。
こちらもお付き合いいただけると嬉しいです。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる