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第四話
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嗚呼、憎い。
あの男が憎い。
あの男の顔が憎い。
あの男の歪むくちが憎い。
憎いぞ。
あの男の妻も憎い。
あの男の子も憎い。
あぁ、あの男の位も憎い。
焼いてしまおうぞ。
おぉ、よく燃えておる。
次は水だ。
次は土だ。
次は病だ。
「次は、他の全てだ。」
ーーー
「小僧っ、!?」
「ぅわあああああっ‼︎」
俺は全身で飛び起きた。
何かが、俺のそばにいた。
何かが、俺に話しかけていた。
「ぉい、小僧!どうした、何があった。」
ヤケにリアルな声がして、鼓膜にまだ感触が残っている。
これは、気の所為なんかじゃ絶対にない。
「あれは、誰だ…っ、」
飛び起きた俺を宥めてくれてのは、
意外にも、狐で、その体を思う様俺に撫でさせてくれた。
狐は凄い。
俺の膝に我が物顔で寝そべってるだけなのに、コイツの温もりが俺を思いの外落ち着かせてくれた。
「何があった。」
「夢を見た。誰かが、誰かを憎んでて、その人が人間を殺していくのを見た。でもなんか変だった。」
「へん?」
「その人が実際にナイフとか持って殺し回ってる訳じゃなかった。自然がその人の言うことを聞いて、人間を殺してる…そんな感じだった。」
俺は事の顛末を話して聞かせた。
憎いと嘆く人が、自然に任せて雷を男の人に落とした事。
その雷で火事を起こし家を焼いた事。
その火事で奥さんと子供が死んだ事。
その後、男の人の就いてた役職の人が次々死んでいった事。
それで今度は、男の住む土地が恨めしくなって大雨が降った事。
それでも人間はまだ生きていて。
だから今度は土が干からびるようにした。
それでも人間どもはしぶとくて。
悔しかったから、今度は病気を流行らせた。
そしたら人は誰もいなくなって。
憎い男も、憎い職場も、憎い土地も無くなって。
ーーー今は、もう寂しいしか感じない。
「なぁ、紺。これはただの夢なのか。」
こんなにリアルに、こんなに胸を騒つかせる夢を俺は見たことない。
まるでその場で見てきたように、神経が嫌な高ぶり方をしているんだ。
「お前の言う通り、それはただの夢ではない。」
「じゃ、あ…なんだよ。」
「実際に起きた事だ。」
「どこで、?」
「日の本だ。」
「はっきり言え…」
俺たち二人は、とにかく麓へと向かうことにした。いくら祟り神のいる土地とはいえ、人里はあるらしい。
その間も、俺と狐は話し合っていた。
狐は、苦々しい顔で。
俺が質問する度にヒゲをくしゃりと歪ませていた。
ーーー変なヒゲだな。
感情がヒゲにも現れるのか?
「人はあの時代を、平安の世と人は言うのだったか。牛が引く車があった時代だ。」
くだらない蹴落とし合いが横行していた。
ヒトはカネを巡りより潤沢な暮らしを求めておった。それは今のお前の時代よりも、更に顕著であった。
野蛮とさえも言えよう。
欲しいものは奪え、逆らえば殺せ、蹂躙には犯せ。それがあの時代、日常であった。
百姓ですら食い物に困っておったから、
宮仕をする者は、皆必死であった。
些細な言葉、噂一つで、手前の首だけでは無い。
妻が犯され子が殺され、屑の様に散らされる。
そのような“時代”であったのだ。
誰が悪いと言い、責め立てようと何にもならない。
そんな時分、一人の男が“そのように”なった。
男は恨みに恨み、左遷された先で死した2年後。
男の主人だった男は雷に打たれ、その炎で妻子が焼けた。
「あとはお前が夢で見た通りだ。それを、主様がお救いになった。」
それは、何処かで聞いた話だ。
確か、最近聞いた話…あれ?
「お前の主様って、あれか。俺が通ってた神社の神様か?」
「稲置様だっ、!」
「でも、神社の看板にはそんな事書いてなかった。“出来の悪い弟”が逆恨みして祟ったって。」
「臭いものには蓋をする。今も昔も人は変わらぬものだ。」
ぽてぽて先を歩く狐の表情は伺えなくても、その言わんとする事が、俺にも分からなくは無い。
「稲置様は、弟君が穢し尽くした土地を浄化するために、我が身を贄になされた。それが時を経て、民の信仰を得る様になったのだ。」
「良いことじゃないの?」
「言い訳あるか。主様はもう1200年以上、あそこに座して人の行く末を見ておられる。酷い事だ。」
狐はプリプリしながら歩く。
ちょっとずつ早足になっいているのは気付いてない、な。
「あの方が神へと相成られたことで、祟り神となってしまった弟君とはもう二度と会う事は叶わないだろう。」
「なんでだよ。」
「“そういうもの”なのだ。白は白のままで在らねばばらない。
弟君も既にこの地に馴染んでしまっている以上、この地から引き剥がす事も出来ぬのだ。」
「グレーとかじゃ駄目なのか。」
「ぐ、れーぇとは何だ?」
「はぁ?グレーはグレーだろ。」
俺たちは山を降りながら、まさかグレー談義するとは思わなかった。
なんで狐はグレーを知らないんだよ。
そこに丁度、大岩が現れた。
しかもザ・グレーの色をした大岩だ。
「あれだ、あれ!黒と白を混ぜたらあんな色になんだよ。」
「おぉ。お前たちはアレをぐれーぇと言うのか。」
「狐はなんて言うんだよ。」
「鼠色じゃて。」
「ねずみ色ぉ?」
「彼奴らは俊敏で、賢い。お前もその位賢いと男が上がるものよのぉ。」
「おぃ、バカにしてんだろ。」
「はて。狐に人の言葉は分かり得ぬなぁ?」
「お前が話してるのは日本語じゃねぇのかよ。それとも何か、俺にも分かる狐語でもしゃべってくれてんのかよ。有り難えなぁー涙がでてくるぜ。」
俺、榊鱗太郎は
売られたケンカは買う主義だ。
あの男が憎い。
あの男の顔が憎い。
あの男の歪むくちが憎い。
憎いぞ。
あの男の妻も憎い。
あの男の子も憎い。
あぁ、あの男の位も憎い。
焼いてしまおうぞ。
おぉ、よく燃えておる。
次は水だ。
次は土だ。
次は病だ。
「次は、他の全てだ。」
ーーー
「小僧っ、!?」
「ぅわあああああっ‼︎」
俺は全身で飛び起きた。
何かが、俺のそばにいた。
何かが、俺に話しかけていた。
「ぉい、小僧!どうした、何があった。」
ヤケにリアルな声がして、鼓膜にまだ感触が残っている。
これは、気の所為なんかじゃ絶対にない。
「あれは、誰だ…っ、」
飛び起きた俺を宥めてくれてのは、
意外にも、狐で、その体を思う様俺に撫でさせてくれた。
狐は凄い。
俺の膝に我が物顔で寝そべってるだけなのに、コイツの温もりが俺を思いの外落ち着かせてくれた。
「何があった。」
「夢を見た。誰かが、誰かを憎んでて、その人が人間を殺していくのを見た。でもなんか変だった。」
「へん?」
「その人が実際にナイフとか持って殺し回ってる訳じゃなかった。自然がその人の言うことを聞いて、人間を殺してる…そんな感じだった。」
俺は事の顛末を話して聞かせた。
憎いと嘆く人が、自然に任せて雷を男の人に落とした事。
その雷で火事を起こし家を焼いた事。
その火事で奥さんと子供が死んだ事。
その後、男の人の就いてた役職の人が次々死んでいった事。
それで今度は、男の住む土地が恨めしくなって大雨が降った事。
それでも人間はまだ生きていて。
だから今度は土が干からびるようにした。
それでも人間どもはしぶとくて。
悔しかったから、今度は病気を流行らせた。
そしたら人は誰もいなくなって。
憎い男も、憎い職場も、憎い土地も無くなって。
ーーー今は、もう寂しいしか感じない。
「なぁ、紺。これはただの夢なのか。」
こんなにリアルに、こんなに胸を騒つかせる夢を俺は見たことない。
まるでその場で見てきたように、神経が嫌な高ぶり方をしているんだ。
「お前の言う通り、それはただの夢ではない。」
「じゃ、あ…なんだよ。」
「実際に起きた事だ。」
「どこで、?」
「日の本だ。」
「はっきり言え…」
俺たち二人は、とにかく麓へと向かうことにした。いくら祟り神のいる土地とはいえ、人里はあるらしい。
その間も、俺と狐は話し合っていた。
狐は、苦々しい顔で。
俺が質問する度にヒゲをくしゃりと歪ませていた。
ーーー変なヒゲだな。
感情がヒゲにも現れるのか?
「人はあの時代を、平安の世と人は言うのだったか。牛が引く車があった時代だ。」
くだらない蹴落とし合いが横行していた。
ヒトはカネを巡りより潤沢な暮らしを求めておった。それは今のお前の時代よりも、更に顕著であった。
野蛮とさえも言えよう。
欲しいものは奪え、逆らえば殺せ、蹂躙には犯せ。それがあの時代、日常であった。
百姓ですら食い物に困っておったから、
宮仕をする者は、皆必死であった。
些細な言葉、噂一つで、手前の首だけでは無い。
妻が犯され子が殺され、屑の様に散らされる。
そのような“時代”であったのだ。
誰が悪いと言い、責め立てようと何にもならない。
そんな時分、一人の男が“そのように”なった。
男は恨みに恨み、左遷された先で死した2年後。
男の主人だった男は雷に打たれ、その炎で妻子が焼けた。
「あとはお前が夢で見た通りだ。それを、主様がお救いになった。」
それは、何処かで聞いた話だ。
確か、最近聞いた話…あれ?
「お前の主様って、あれか。俺が通ってた神社の神様か?」
「稲置様だっ、!」
「でも、神社の看板にはそんな事書いてなかった。“出来の悪い弟”が逆恨みして祟ったって。」
「臭いものには蓋をする。今も昔も人は変わらぬものだ。」
ぽてぽて先を歩く狐の表情は伺えなくても、その言わんとする事が、俺にも分からなくは無い。
「稲置様は、弟君が穢し尽くした土地を浄化するために、我が身を贄になされた。それが時を経て、民の信仰を得る様になったのだ。」
「良いことじゃないの?」
「言い訳あるか。主様はもう1200年以上、あそこに座して人の行く末を見ておられる。酷い事だ。」
狐はプリプリしながら歩く。
ちょっとずつ早足になっいているのは気付いてない、な。
「あの方が神へと相成られたことで、祟り神となってしまった弟君とはもう二度と会う事は叶わないだろう。」
「なんでだよ。」
「“そういうもの”なのだ。白は白のままで在らねばばらない。
弟君も既にこの地に馴染んでしまっている以上、この地から引き剥がす事も出来ぬのだ。」
「グレーとかじゃ駄目なのか。」
「ぐ、れーぇとは何だ?」
「はぁ?グレーはグレーだろ。」
俺たちは山を降りながら、まさかグレー談義するとは思わなかった。
なんで狐はグレーを知らないんだよ。
そこに丁度、大岩が現れた。
しかもザ・グレーの色をした大岩だ。
「あれだ、あれ!黒と白を混ぜたらあんな色になんだよ。」
「おぉ。お前たちはアレをぐれーぇと言うのか。」
「狐はなんて言うんだよ。」
「鼠色じゃて。」
「ねずみ色ぉ?」
「彼奴らは俊敏で、賢い。お前もその位賢いと男が上がるものよのぉ。」
「おぃ、バカにしてんだろ。」
「はて。狐に人の言葉は分かり得ぬなぁ?」
「お前が話してるのは日本語じゃねぇのかよ。それとも何か、俺にも分かる狐語でもしゃべってくれてんのかよ。有り難えなぁー涙がでてくるぜ。」
俺、榊鱗太郎は
売られたケンカは買う主義だ。
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