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3月1日

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「今日、高校の卒業式だって良悟。」

「ふぅん。」

「覚えてる?」

「覚えてる。」

 俺は大学へ。
 和己はデザインの専門学校へ。

 めったに着ない学ランを最後に着た日。
 左胸に" 祝卒業生"の札を着けた式典後。
 わざわざ教室に戻って。
 キスをしたんだ。

 モールで一緒に買った指輪を嵌めて。
 俺達の家に帰ろうって、言ってくれた。

 親から逃げ出した俺達は、奨学金で学校に行く事にした。
 それでも未成年がアパートを借りるのに必要だった保証人には、俺と和己の保護者がサインした。

 けど、それ以外は可能な限り自由だった。

 学ランを脱いで、鞄を投げ捨てて。
 荷解きも済んで無い部屋で、シャツを破くようにして胸を合わせた。

「初めてセックスした日、だ。」

「正解。」

 お互いの家で隠れて慣らし合った身体は、壁の薄いアパートで初めて互いを受け入れた。

「可愛かった。それに優しかったし、元気だった。」

「そりゃ、男子高校生だからね。」

 器用な男でも、流石に初めてのセックスは不器用だった。
 性器で得る初めての快感。
 先っぽが入っただけでイッた男は、可愛かったし。

 直ぐに持ち直した時は、ちょっと感動した。

 ほんとに俺で興奮して、俺を抱きたくて仕方ないって顔で。
 ごめんね、とか。
 大丈夫、とか汗を垂らしながら気遣ってみせた。

 高校生じゃなくなった瞬間を一緒に過ごした。

「俺は楽しいけど、この話まだ続ける?」

「いや、充分デス...ありがとう良悟」

「どういたしましてシロナガ。」

 にっこり笑って言ってやれば、いっぱいいっぱいの男は心臓を握り潰しそうな勢いで呻いてた。

「ばぁーか♡」

「もうバカで良い、良悟が可愛いならもうバカでも良い。」


 ーーーーー

 夕方をとっくに過ぎて帰ってきた陸也が、土産を二つ持っていた。

「何これ?」

「こっちは、クライアントがくれた日本酒だ。美味いらしいぞ。」

「これは?」

「それは...別会社が詫びに持って来た菓子だ。」

「お詫び?」

「ちょっと面倒が有ってな。捨てるか?」

 これは完全な私見だけど。
 濃い色で、模様では無く、柄が描かれてる系の箱に入ったお菓子は個性的で美味い。

「見たい。」

 パカっと開けた箱はカラフルな焼き菓子が入ってた。
 レモンクリームのマドレーヌ、バニラマフィン、3色の焼きドーナツ、3種類のバウムクーヘン。そしてピスタチオのクッキー。

「食べたい...っ、!」

 絶対に食べたい。
 やっぱり俺の勘は当たりだ。
 まだ食べてみないと分からないけど、これは食べたい。

 それでも嫌そうな顔で遠めに立ってるのは、コレに近寄りたくないからだ。

「分かった。ちょっと待って。」

 俺はキッチンのカウンターから、おやつが入った箱を持って来た。
 煎餅とかが入ってそうな缶は、元は焼き菓子が入ってた。
 正確に何色かは分からないけど、淡い黄色の缶。

 それに、ポテチとチョコをがさがさ寄せて、焼き菓子を詰め込んだ。

「これで"俺のお菓子"だからな。」

「他は捨てて良いか?」

 不貞腐れたゴリラは、箱と紙袋をビリビリにして、新聞に包み直してゴミ箱に捨てた。かなり入念だ。

「陸也ー」

「何だ?」

「おかえり、してない。」

 そんなに嫌な菓子なら、会社に置いてくれば良かったのに。
 それに、詫びと言うには派手な柄の菓子折りだ。
 もっと質素な色合いの方が... ... 相応しい、筈。

 ああ、そうか。

 個人的に気に入られたのか。
 それを突っぱねた結果、色気を出してごめんなさいね、のお詫びの菓子か。

 初めてじゃ無い。偶にある事だ。

「良悟?」

「おかえり陸也。」

 するっ、と手を伸ばしてお腹から辿ってジャケットの中に手を突っ込む。
 するする上って背中を撫でて、肩へ。
 変な匂いはしない。
 いつも通り、タバコと陸也の匂い。
 俺が届くのは腕の付け根、肩にギリギリ届かない所までだ。

 悔しいな。
 その女は、ヒールを履いた足でどこまでコイツに近付いたんだ。
 ごめんけど、コレは俺のなんだよ。

ーーッ、!?」

「俺、あのお菓子全部食べるから。陸也は一個も食べるな。」

 返事は返ってこなかった。
 代わりに深過ぎるキスが降ってきた。
 苦いから嫌だって言ってるのに。

 でも今日は許すよ。
 少なくとも、今夜一晩くらいは腕が痛むだろうから。

「着替えて。」

「ああ、そうする。」

 見送った陸也が戻ってくる頃には、ご飯がちゃんと温められた。
 残りは和己が代わってくれるって言うから、俺は洗濯機を回す事にした。
 次いでに洗面台も軽く掃除をしたら、思いの外時間が経ってた。

 洗面台が綺麗になって良かった。
 お陰で憂さ晴らしも出来た。

 ひとり飯は可哀想だから、晩酌に付き合って。
 寝る前に干せば明日は大きい物を洗えそうだ。

 許可を貰って、もう一つの土産を開けた。

「美味しいっ。」

 常温でそのまま飲んでも十分に美味しい。
 澄んでて甘くて、とろっとしてる。匂いも良い。

「うまいな。」

「良悟ぉー俺も飲みたいなぁ。」

「駄目だ。」

 リビングで見るとも無しにテレビを見て、コーヒーを飲む和己が言うけど。

 飲んだら駄目だ。
 下戸なんだ。

「ひとくちだけ。」

「俺も酔いたい。」

「キスだけでも良いからっ」

「お願い良悟」

 畳み掛ける様に喋り出した。
 早く止めた方が良い。もっとうるさくなる。
 つまり、俺が折れるしか無い。

「和己が良いなら。」

「やった!よしっ!おいで良悟。」

 缶チューハイ1本も飲めない男が両手を上げて喜んでる。
 何がそんなに嬉しいのか分からないけど。

 和己を酔わせるのはカップ麺を食べるくらい簡単だ。

 俺は、グラスに残った日本酒をたっぷりゆっくり味わって舌に纏わせて飲み干した。

 そのままソファに座った和己の膝を跨いで、まだ酒の味も匂いも残る舌と唇をたっぷり絡めてキスをした。
 何度目か喉を鳴らして唾液を飲んだ所で、カクンと頭が落ちた。

 寝た。

「ゴチソーサマ」

「最短記録だな。」

「そう?」

「ああ。4分掛かってない。」

 肩を揺らして笑う陸也も、別にそんなに強い訳じゃない。
 お互いあと1杯飲めばそろそろ止め時だ。
 寝室から毛布を集めて、ソファですやすや眠る体に被せた。
 額にキスをして、おやすみを言う。

 ダイニングへ戻って、グラスに残った酒を含んで声を掛ける前に、謝られた。

「すまん。」

 潔いのが陸也の良い所だ。
 二人で陸也の帰りを待ってたんだ。金曜日だから。
 それなのに、自分から潰される筈無いんだ。


「和己は何て?」

「あとで欲しいものリストが送られてくる事になってる。」

「しっかりしてる。」

「ああ、高く尽きそうだ。」

 少し自嘲したような、面白がっているような声を聞く。
 今夜は金曜日だ。
 どれだけ掛かっても陸也を慰めてあげられる。

「良悟は欲しいもの、無いのか。」

「んーーひとつだけ。」

 欲しいものなんか無い。
 けど、ひとつだけ有るとしたら。

「強がりな男が甘えてくれるセックス、とか?」

「それなら、直ぐ応えられる。」 

 ーーーーー


「少し、羨ましくなった。」

 テレビもネットも、和己ですら話題にした通り。
 今日は、高校の卒業式だ。

 たった3年。
 されど3年。

「もっと早く会いたかった」

 俺を膝に乗せて後ろから抱き込む男の顔は見えないけど。

 俺は...大学で会えて良かったよ。
 高校生の俺は、ちょっと生きるのに必死だった。
 和己が居なかったら本気で危なかったと思ってる。
 目が死んでる所なんて見られたく無いのに、陸也は気にしてる。

 大学で4年も一緒に居たじゃん。

 俺だって早く会いたかったと、思わないでもない。
 もっと早くこの腕に収まりたかったし、坊主頭のスポーツ少年とキスしてみたかった。

 頑張ってる姿を見てあげたかった。

「どうしても欲しかったんだ。」

ノンケで童貞、一目でわかる顔と体格の良いお洒落坊主なんて、引くて数多だった。

「夏合宿、覚えてる?」

実際は、合宿なんて名ばかりの小旅行だった。
教授は家族を連れて旅館へ、生徒は各々ホテルを取って。
近くの学習スペースを借りて夏の課題を午前中に片付けて、午後からは海へ繰り出した。

"二人目の男"が欲しかった訳じゃない。

千田陸也が欲しかった。

倫理的にどうなんだ、おかしいだろと思いながら。
我慢出来なかったんだ。

手を出しちゃ駄目だと思いながら、眩しい海で海パン履いた陸也を見た。
あっちも、俺を見てた。

じっと、お互い"おかしいだろ"と思う程、見つめ合った。
俺に欲情した陸也の目を今も覚えてる。

「狭いビジネスホテルでキスしたな。」

「初めてだって言う割に、全然萎えなかった。」

それどころかビキビキで、正直嬉しかった。
背徳感も美味かった。
和己を二人で住むアパートに置いて、大学の友達と肌を合わせた。

「俺は。和己の恋人にキスをした時、後で殴られようと決めた。」

「俺は初めての浮気だった。」

たかがキス。
たかが抜き合い。
それでも十分過ぎる程、浮気だった。

「お腹、凄いあざになってた。」

「俺は別に良い。そっちこそ大変だったな。」

俺は首を振った。
そもそも和己は初めから気付いてた。
帰ってきた俺の身体を隅々まで興奮しきった表情で、丸三日抱き尽くした。

「和己も倫理観歪んでて安心した。」

夏休みで良かった。
バイトも多めに休んだお陰で。
掠れて声も出ない、トイレも出来ない、飯も食えない。

そんな身体でも、可愛い可愛い言って世話を焼く和己は相当イカれてる。
飴と鞭が絶妙に上手くて、仕置きなのか躾なのかよく分かってない。
只、嫌な記憶じゃない事は確かだ。

嫌な訳ない。
思い出すだけで、熱くなって身体がじわっ、となる様な記憶は幾つでも欲しい。

「高校の卒業式は寂しかったかも知れないけど、大学の卒業式は凄かったじゃん。」

「あぁ、そうだな。」

何せ家を建てたんだ。
卒業して半年以上掛かったけど。
その間、俺と和己のアパートに陸也が越して来た。

だから、大学の卒業式は楽しかった。

「地鎮祭の酒美味かったな。」

「風が凄かった。」

「暴風だったな。」

「神主さんの紙垂しでがバシバシ言ってた。」

「ふっ、和己がそれ見て肩揺らしてたな。いくら宥めても効かなかった。まぁ、あれは俺も申し訳ないと思ったがっ、んんっ。」


それで二人して変な顔してたのか。
あれ、可哀想だなって思ったの俺だけだったのか?
向かい風で、紙がビシビシ顔に当たって大変そうだったのに。

「だからあの人、俺にだけ優しかったのか。」

「そうだろうな。」

「お祝い言ってくれた。良い人だったのにっ。」

「すまん。6年も前の話だ、今頃気にしてない筈だ。」


背中越しにまだ笑ってるのが分かる。
まぁ。俺は愛想笑いだけは得意だ。
神主さんもにこにこで帰ってくれたから良いんだけど。

「10年も前の話しだよ陸也。」

「ーー・・・っ、」

「こだわり強いバイト仲間とその恋人で学友の男と、三人で家族になった気分はどう?」

「ーー・・・」

「俺は、嬉しい。」


たった3年だ。
されど3年と思うかも知れないけど。
夏合宿、大学の卒業式、新居祝い、年に3回もお祝い出来る誕生日が有るんだ。

「陸也は?」

お互いセックスを共有するのは抵抗ない癖に、こう言う所で距離を置く二人を俺は愛してる。

俺は泣き言も鼻水も何もかも曝け出してるって言うのに。
ほんと、変なやつら。

強がりなデカい男のせいで、肩が濡れた気がする。


「愛してる。」

「俺も。キスしよ陸也。」

「少し、待ってくれるか」

「良いよ。」


声も溢さない男が腹に回した手を、にぎにぎして待つ事にする。
和己だって同じ事を言う。

だってあいつは夏合宿に行く前、俺に言ったんだ。


ーー欲しいものは手を伸ばさないと、掴めないよ良悟。

ーーうん?

ーー飼い主はひとりより二人の方が俺も安心だし。

ーー何の話?

ーーま、そのうち分かるでしょ。帰って来ても分かんなかったら聞いて?良い?


俺はあの日。
アパートの鍵を開けて、和己と目が合った途端。
決めたんだ。

あとひとり、飼い主が欲しいって。
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