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第7章 蒼旗翻天 10

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 越後を目指しながら馬を駆る平四郎の背後に追手の気配が迫っていた。

「くっ!」

 矢を躱しながら、ただひたすらに北を目指す。

 しかし敵の追跡は執拗を極め、どんなに撹乱し、撒こうとしても、どうしても三騎食いついたまま離れない。

 平四郎の駆る黒馬は、仔馬の頃から親しんだ奥州の駿馬だが、敵も相当な乗り手と見え、徐々に距離を詰められていた。

 敵が薙刀を払う音がすぐそばまで聞こえる。

「ぐあっ!」

 背後から放たれた矢が平四郎の右肩を射貫いた。

 手綱を握る掌にまで血が滴り落ちてくる。

 これでもう、追いつかれたとしても反撃はできない。

(殿、すみませぬ。某は、これまで……)

 ぎゅう、と目を瞑りながらも、せめてもう一町だけでもと馬を急かせようとした、その背後で敵の馬が嘶きを上げながら足を止めた。

 何事かと馬の首を巡らし振り向いた平四郎は仰天した。

「――由利様っ⁉」

「早く逃げい! ここは某に任せよ!」

 茂みから飛び出し、割って入ったのは、既に馬を失い、徒で薙刀を片手に仁王立ちする由利八郎であった。

 身体中に傷を負い、矢を負ったか右目はごっそりと抉られている。どれほど多くの敵騎馬と渡り合いここまで辿り着いたのか。

「殿も討死された。……生きておるのは某とお前だけじゃ」

 八郎の言葉に、平四郎は絶句する。

「早く行け、皆の志を無駄にするな。その蒼旗、鳥坂城の矢倉に高々と掲げて見せよ!」

 平四郎は言葉にならぬ呻きを漏らし、涙を拭いながら馬を走らせた。

 それを背中に見送りながら、嘗て死闘を交わした好敵手――武蔵坊弁慶の薙刀を握り締め、くわっと勇ましく眼を見開き八郎は鎌倉勢に名乗りを上げた。



「鎌倉の兵共よ、よく聞けい! 鎮守府将軍藤原秀衡公の御代より奥州一門に仕えしこの由利八郎、我が目のまだ黒いうちは、決してこの先へは通さぬぞ! ――いざ参る!」





「うあああああああっ!」

 平四郎は号泣しながら、ただただ北へ向けて馬を走らせた。

 肩の矢傷など、もう痛みも感じられなくなった。

 ともすると、自分が叫んでいるのか、泣いているのか、現のままに夢を見ているのか、判らなくなる一瞬もあった。

 崩れ落ちそうになる主を背中から振り落とさぬようにと、時折愛馬が嘶きを上げ、馬上の主を叱咤する。

 馬もまた、死に物狂いであった。口からは泡を吐き、破れそうになる肺臓を労わる間もなく、走れる限りに走り続けた。

 時折、敵の矢が追いかけてくることもあった。

 ただただ、ひたすらに駆け続けた。



 やがて、越後の国境を抜けた。

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