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第7章 蒼旗翻天 3
しおりを挟む同年、二月二十九日、越中国境付近。
高衡達は街道を避け、長閑な田舎道や山間の獣道を選び、越後へ向けて北上していた。鎌倉兵の装備に合わせ、源氏の白幟を掲げている。
途中の避け得ぬ関所では、吉次娘が用意してくれた手形が役に立った。
「商人が用いるものを御用手形に似せて細工したものです。詳細に吟味されれば見破られるでしょう。出来るだけ関所は避け、いざという時に限り使ってください。くれぐれもお気をつけて」
と忠告されたが、今のところ懸念はないようである。
道なき野原を進んでいた一行は、間もなく越中の国境にさしかかろうとしていた。
山間の残り雪を割って顔を覗かせる緑色の蕾を見つけ、主と馬を並べていた雪丸が嬉しそうに声を上げる。
「蕗の薹が、もう顔を出しておりまする」
高衡も思わず馬の脚を緩め、目を止める。
「この辺りは平泉より春の訪れが早いようだのう。あちらでは今頃冬のぶり返しが来る頃じゃ」
「殿」
雪丸が笑顔を向ける。
「蕗の薹は、どうやら間に合いましたよ?」
目を細めながら、高衡が頷く。
「ひょっとしたら、今年の菖蒲を、生きて越後で見ることが叶うかもしれぬな」
「では、蓮の花は、どこでご覧になられます?」
「無論、伽羅之御所の中庭で、と言いたいが。……いずれ平泉で、戦を忘れてゆっくり花を眺めたい」
東の山々に視線を転じながら微笑む。
「もう何年も故郷に戻っておらぬ」
雪丸が、主の顔を覗き込んで尋ねる。
「この戦が終わった後も、拙者を御傍においていただけまするか?」
「当然だろう。命尽きるまで傍に仕えると申したのは、雪丸、お前の方ではないか?」
何を当たり前のことを、と振り返る高衡を、雪丸は何を思い出したのか可笑しそうにクスクスと声を漏らした。
「殿はご自身でお気づきではありませぬか。時々拙者のことを小雪と呼ばれるのですよ?」
「そうか? それは気づかなんだ」
ばつの悪そうな顔をする高衡を見つめていた雪丸が、ふと俯き、小さな声で呟くように言った。
「……殿と再び平泉に帰ることが叶いましたらば、もう一度小雪に戻りとうございまする」
雪丸の告白に、何とも言えない表情で高衡はまじまじと従者の顔を見つめた。その意味を解せぬほど高衡も木石ではない。
「小雪……」
「ほら、それ!」
しまった、という顔をした後、二人揃って声を立てて笑う。
一行の他の者も、何だなんだと微笑ましそうに振り返る。
馬上で涙を浮かべながら高衡と笑い合っていた雪丸の笑顔が――次の瞬間ガラリと豹変し、素早く弓を取り矢を番えながら声を上げた。
「敵襲じゃっ!」
叫びながら弾音と共に斜め後方へと放たれた矢は風を切り鳴らしながら弧を描き、皆一斉にその方角へ弓と薙刀を構える。敵の姿は見えないが、矢の届いた先は確かな手応えを皆に見せた。すぐに幾本かの矢がこちらに向けて放たれる。
「伏兵か、何人おる⁉」
太刀を抜き放ちながら高衡が問う。
「斥候と思われる者らが三人。既に去りましたが、すぐに本隊がこちらに向かってくるでしょう」
「物見を寄こしてくるとは、大分前から正体を掴まれておったか」
高衡は頷くと、平四郎に命じた。
「もう偽装は無用じゃ。その旗を降ろすがよい」
「はっ!」
平四郎は掲げていた鎌倉軍旗を竿から取り外すと、主に手渡した。
受け取った高衡はその白幟を真二つに引き裂き、馬上から無造作に投げ捨てた。
風にヒラヒラと吹かれ飛び去って行く布切れに代わり天に翻るのは、資正が掲げる越後城氏の旗、そして平四郎が掲げる奥州藤原氏の旗印であった。
「鎌倉騎馬が相手では、何処へ退いてもすぐに追いつかれるだろう。ここで決着をつけるぞ!」
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