友と耳鳴り

青空びすた

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 連絡があってから、どうやってここに来たのかわからない。
 家族以外は面会できないと言われて、病室の前で佇むしかできない。医者の話では今夜が峠、らしい。手術中に一度心臓が止まったというから笑えない。
 その時間にあいつが俺に会いに来ていた、なんて誰が信じるだろう。心配して来ていた高瀬たちは夕飯のために外に出ている。
 耳鳴りが止まない。

 医者が何人か慌てて病室に駆け込んでいった。遊矢の母さんが泣きながら病室から出てきた。
「遊矢が、遊矢が……っ!!」
 扉が開いた病室の中で、心肺蘇生されている遊矢が見えた。頭のどこかでぶつりと音がした。
「ばかやろう、寝てんじゃえねよ!」
 取り押さえられ、病室には入れない。それでも目の前にいる親友に声を荒げる。
「勝手なこと言って、勝手にすっきりして、勝手に一人でいくんじゃねえよ! 帰ってこい!」
 涙で前が見えない。鼻水まで垂らしてる俺はさぞかし酷い顔だろう。遊矢の母さんの声が大きくなる。
「帰ってきて、ちゃんと、俺の話聞けよ」
 べそべそと喚くことしかできなくて、戻ってきた高瀬たちに宥められるまま、俺は待合室に移動した。


 あの日から一週間。二人分のカップ麺を手にすっかり歩きなれた道を歩く。手続きを済ませ嫌になるほど真っ白な扉を開けば、眠る親友とその母親の姿があった。
「こんばんは」
「こんばんは、圭佑くん。今日も来てくれたのね」
「はい。夕飯、食べました?」
「あ、ううん。なんだか食欲がなくて」
「じゃあ、こんなんで悪いですけど」
 取り出したカップ麺を見て遊矢の母さんは「たまにはいいわね」と少し笑った。
 この一週間で遊矢の母さんとはすっかり親しくなった。残業の少ない仕事で本当に良かった。仕事が終わればすぐに病院に来て、面会時間の終了まで遊矢の母さんと話をする。時間ぎりぎりに遊矢の父さんが迎えに来て挨拶してから帰るのがここ最近のルーティンだ。

 遊矢の幼い頃の話や大学時代の話に花を咲かせながら、彼の目覚めを待つ。
「あら、お水が」
「あ、俺行きますよ」
「いいのよ。圭佑くん来たばかりだし、遊矢と話してやって」
 遊矢の母さんが病室を出ていくと、音が消えた。静寂が耳に痛い。
 あの日から消えない耳鳴りが、少し強くなった気がした。
 点滴のために布団から出されている右手を見て、ふと触りたくなった。背中を向けた彼に手が届かなかったからかもしれない。そっと握ってみれば暖かくて彼が生きていると教えてくれる。じわりと涙が滲んだ。嗚咽が漏れないよう声を押し殺す。
 握る手に力を込める。軽く、握り返された。
 そんな、まさか。いや、でも。恐る恐る遊矢の顔を見れば、まぶたが痙攣している。
「遊矢?」
「……けいすけ?」
 呼び掛けに答えた声はがさがさで軽く息を吐いたあと、ゆっくりと目が開かれた。
「……っひぐ、おかえり、遊矢」
「ただいま、圭佑」
 精一杯の理性を総動員してナースコールを押し込んだ。
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