1 / 3
1
しおりを挟む
残業もなく定時で仕事を切り上げた、いつもの満員電車に揺られての帰り道。首の後がピリピリと痛んで、軽い耳鳴りがする。病院に行くほどではない不快感。放っておけばなんとかなるか、なんて軽く思いながら借りているアパートに目を向ける。
「おかえり、圭佑」
そこには大学時代からの親友が立っていた。
「ただいま、遊矢。久しぶりじゃん、どうかした?」
「あー、いや。なんか顔見たくなって」
「そっか。上がってくだろ」
気のない返事をしながら内心舞い上がって、玄関の鍵を開ける。遊矢はどことなくそわそわしながらここで、なんてまごついている。せっかく鍵を開けたから持っていた鞄を玄関におろし、スマホと財布だけ持って外に出た。
「部屋が嫌なら久々に河川敷でも行くか?」
学生時代、金もない二人で河川敷をぶらついた。何をするでもなくぼんやり歩いてみたり、時には研究内容で盛り上がることもあった。遊矢はぎこちなく笑いながらも頷く。そう遠くない河に向かって並んで夜道を歩きだした。
「で?」
「ん?」
「本当はなんかあったんだろ?」
遊矢の顔を覗きながら尋ねれば落ち着きなく視線を動かし、やがて決意したように視線が合う。
「言うか、言わないか、悩んでたんだけど」
「うん」
耳鳴りが少し強くなった気がする。真剣な表情から内容は読み取れない。まさか結婚するなんて言わないよな、と自問自答するも答えは相手が持っている。頭が白くなりかけたところで、ようやく遊矢はゆっくりと口を開いた。
「好き、なんだ。圭佑のこと」
「……」
何を言われたのか、一瞬理解が及ばなかった。言葉が体に浸透すると、じわじわと血が流れ出す。顔が熱い。どくどくと心臓が脈打つ。
「おれ」
「あ、でも、返事は」
「俺も、遊矢のこと」
ピリリリ。
口を開いたが無粋な電子音に邪魔された。そんなことより目の前の相手に集中したいのに。
「スマホ、鳴ってる」
「……うん」
いっそ機内モードにしておけばよかった。振り絞った勇気が萎んでいくのを感じながら、着信を告げる画面を見る。遊矢と共通の友人からだった。
「わり、高瀬だ」
「うん」
首がちくりと痛んで無意識に手をやる。特に血などは出ていない。
「出ないの?」
「あ、うん」
「俺そろそろいかなくちゃ」
「は、でも返事」
「いいよ」
「よくねーよ。次、次会ったときに言うから」
「わかった」
遊矢は満足そうに笑って背中を向ける。自分も帰るかと踵を返す。スマホは未だに鳴り続けている。少し煩わしく思いながら電話に出ると、スピーカーの向こうが何やら騒がしい。
「高瀬?」
『瀬田! お前、山本遊矢と仲良かったよな』
「おー。それが?」
『落ち着いて聞けよ、今、遊矢が事故ったって連絡あって。歩道にトラックが』
キーン、と耳鳴りが強くなった。周囲の音が消える。慌てて振り向いたが、一本道の先に遊矢の背中はなかった。
「おかえり、圭佑」
そこには大学時代からの親友が立っていた。
「ただいま、遊矢。久しぶりじゃん、どうかした?」
「あー、いや。なんか顔見たくなって」
「そっか。上がってくだろ」
気のない返事をしながら内心舞い上がって、玄関の鍵を開ける。遊矢はどことなくそわそわしながらここで、なんてまごついている。せっかく鍵を開けたから持っていた鞄を玄関におろし、スマホと財布だけ持って外に出た。
「部屋が嫌なら久々に河川敷でも行くか?」
学生時代、金もない二人で河川敷をぶらついた。何をするでもなくぼんやり歩いてみたり、時には研究内容で盛り上がることもあった。遊矢はぎこちなく笑いながらも頷く。そう遠くない河に向かって並んで夜道を歩きだした。
「で?」
「ん?」
「本当はなんかあったんだろ?」
遊矢の顔を覗きながら尋ねれば落ち着きなく視線を動かし、やがて決意したように視線が合う。
「言うか、言わないか、悩んでたんだけど」
「うん」
耳鳴りが少し強くなった気がする。真剣な表情から内容は読み取れない。まさか結婚するなんて言わないよな、と自問自答するも答えは相手が持っている。頭が白くなりかけたところで、ようやく遊矢はゆっくりと口を開いた。
「好き、なんだ。圭佑のこと」
「……」
何を言われたのか、一瞬理解が及ばなかった。言葉が体に浸透すると、じわじわと血が流れ出す。顔が熱い。どくどくと心臓が脈打つ。
「おれ」
「あ、でも、返事は」
「俺も、遊矢のこと」
ピリリリ。
口を開いたが無粋な電子音に邪魔された。そんなことより目の前の相手に集中したいのに。
「スマホ、鳴ってる」
「……うん」
いっそ機内モードにしておけばよかった。振り絞った勇気が萎んでいくのを感じながら、着信を告げる画面を見る。遊矢と共通の友人からだった。
「わり、高瀬だ」
「うん」
首がちくりと痛んで無意識に手をやる。特に血などは出ていない。
「出ないの?」
「あ、うん」
「俺そろそろいかなくちゃ」
「は、でも返事」
「いいよ」
「よくねーよ。次、次会ったときに言うから」
「わかった」
遊矢は満足そうに笑って背中を向ける。自分も帰るかと踵を返す。スマホは未だに鳴り続けている。少し煩わしく思いながら電話に出ると、スピーカーの向こうが何やら騒がしい。
「高瀬?」
『瀬田! お前、山本遊矢と仲良かったよな』
「おー。それが?」
『落ち着いて聞けよ、今、遊矢が事故ったって連絡あって。歩道にトラックが』
キーン、と耳鳴りが強くなった。周囲の音が消える。慌てて振り向いたが、一本道の先に遊矢の背中はなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の君と…
R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。
ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。
順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…!
ハッピーエンド保証
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
きみを待つ
四葉 翠花
BL
国一番の高級娼館にて、最年少で最高位に上りつめたミゼアス。しかし本当に欲しかったものは、そんなものではない。
虚しい日々を送る彼に、一人の見習いが預けられる。天才児といわれるその子は、とんでもない問題児だった。薄闇に包まれていた世界は、無理やり極彩色の光に彩られていく。
夢で聞いた幼馴染の言葉を支えに、いつかその日が来ることを信じて――
■『不夜島の少年』の関連作ですが、こちらだけでもお読みいただけます。(下にリンクがあります)
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】美形の親友が誕プレに欲しいのは平凡な俺らしい
ふくやまぴーす
BL
平凡な大学生の塁(るい)は、高校からの同級生である美形の親友と誕生日前夜に二人で過ごしていた。
日付が変わる直前「童貞のまま二十歳になりたくない」と言われ、酔った勢いでふざけて「俺で童貞捨ててもいーよ」と返すとマジにされ……というお話
無表情になりがちだけど内心愛が重い美形攻め×攻めと友達でいたいけどお人好しで流されちゃう平凡受け
※がタイトルについてるものはR描写あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる