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×教師
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※残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
魔王を倒して、世界を救って、どれほどの時間がが経っただろう。勇者と称され持て囃されて、そのたびに失ったものの大きさを知る。
失くなった彼の姿を探すように、俺は今も旅をしている。堕ちた勇者と揶揄する者もいるが、未だに感謝してくれる者も居る。
世界は今日も俺を残して、止まることなく進んでいる。
故郷の村が滅んだのは、魔王を倒す旅の最中だった。あの頃俺たちは魔王軍の幹部に目をつけられて、一種の見せしめだったのだろう。
知らせを受けて村に到着した時には、もう全てが終わっていた。大人も子供も、男も女も関係なく、等しく全員が死んでいた。魔獣に喰い荒らされた死体は損傷が激しくて、来ている服でしかそれが人間か動物か判別できなかった。
それでも、彼だけはわかった。
村に残り教師として子どもたちに勉強や生活の知恵を教えていたアレパ。幼い頃から彼が勉強のために村を離れるまでずっと一緒だったのに、彼が戻ってきた頃には俺が旅立ってしまったからすれ違いの生活だった。
一度だけなぜ街に残らなかったのか聞いてみたことがある。そうしたらあいつは「この村にはクグロフがいるから。まぁ、入れ違っちゃったけど」なんて笑っていた。それでも村が好きなんだと、どこまでも誇らしげだった。
彼の死体は、村の学校の入り口に磔にされていた。
学校は村の避難所で、一番奥にあるはずのその建物に、嫌でも目立つように、ぼろぼろの、四肢がもがれ、内臓がはみ出した格好で。
彼の最期を思い出すと今でも胸が悪くなる。忘れない、忘れられるはずがない姿。憎しみと怨嗟の炎は俺の脳内を焼き尽くし、魔王軍と和解の道を探そうという願いは塵程も残らなかった。
旅の途中、とある噂を耳にした。曰く『時の神様を祀る祠』があるらしい。真偽の程は定かでは無いものの、目的のある旅では無いし、これもなにかの縁だと足を向けることにした。
辿り着いたその場所は、何者かに荒された後だった。石の祠はばらばらにされて、中にあったのか時計の円盤が打ち捨てられていた。
「酷いな……」
蹂躙された祠を見て、何故か村や彼のことを思い出した。重ねてしまえば、後の行動は必然だ。
時計盤を拾って汚れを拭い、荷物と共に側に置く。石を拾い集め、元の祠を想像しながら組み立てる。それを延々と繰り返す。
台座を創り、屋根をつけ、組み上がったそれは、とても小さな祠だった。最後に時計盤を設置すれば、無かったはずの針が光を帯びて浮かび上がる。かちり、かちりと時を刻み始めたそれが0時を指したとき、世界は白に塗りつぶされた。
『目を開けて』
「ん……」
声に促されて瞼を持ち上げれば、色とりどりの時計が浮かんだ真っ白な空間に投げ出されていた。いくつかの時計が寄り集まって、人の形を作っていく。一度輝いたその場所に、どこか彼に似た子どもが浮かんでいた。
『ありがとう』
現実味のない声で彼は突然そう言った。彼は無表情なのに、声だけはくすくすと笑いながら言葉を続ける。
『祠を元に戻してくれた』
「あれは、礼を言われるようなことじゃない」
『それでも私は助かった。小さな場でも私の一部だ。礼をしたい』
「そんなに大袈裟なことじゃない」
『私は大抵のことは叶えられる。なんでもいい』
なんでも、と言われて心に浮かんだことがある。けれどそれは、どんなに望んでも願ってはいけない。
『なるほど、それが希望か』
しかし目の前の存在はこちらの努力も虚しく簡単に人の中心に触れられるらしい。小さな手で俺の額に触れると、軽い力で後ろに押された。世界は再び白に包まれ、頭の中には声が響く。祝福の言葉を最後に自らの存在は解け、白に飲み込まれた。
楽しげな鳥の声と懐かしい匂い。ぼんやりと目を開けば見慣れた天井。翳した右手が何故か小さくて、これも夢かと判断する。ならばもう一度眠ってしまってもいいだろうか。
久々に心の穴が少しだけ埋まるような夢だった。彼によく似た少年はなんと言っていただろう。
抗えない眠気に逆らわず目を閉じる。意識が沈み切る前に、控えめなノックの音が聞こえた。ややあってノブの回る音と扉の開く音。床板を軋ませながら誰かが近づいてきた。
「体調でも悪い?」
そんなはずはない。この声は、だって彼は。
前髪をかき上げ額に触れる手のぬくもりが、夢ではないと突きつけてくる。覚醒めれば消えてしまう気がして、右手で彼の手を掴んだ。
「すごい熱。クグロフ、大丈夫?」
恐る恐る目を開くと、そこに立っていたのは紛れもないアレパだった。涙腺が壊れてしまったように水が溢れてくる。熱のせいだと思ったのかアレパは俺の頭をよしよしと撫でて、大きな声で母の名を呼んだ。
『今度は幸せな結末を迎えなさい』
神様のお気に召すまま、俺は運命に抗う権利を得たようだ。
魔王を倒して、世界を救って、どれほどの時間がが経っただろう。勇者と称され持て囃されて、そのたびに失ったものの大きさを知る。
失くなった彼の姿を探すように、俺は今も旅をしている。堕ちた勇者と揶揄する者もいるが、未だに感謝してくれる者も居る。
世界は今日も俺を残して、止まることなく進んでいる。
故郷の村が滅んだのは、魔王を倒す旅の最中だった。あの頃俺たちは魔王軍の幹部に目をつけられて、一種の見せしめだったのだろう。
知らせを受けて村に到着した時には、もう全てが終わっていた。大人も子供も、男も女も関係なく、等しく全員が死んでいた。魔獣に喰い荒らされた死体は損傷が激しくて、来ている服でしかそれが人間か動物か判別できなかった。
それでも、彼だけはわかった。
村に残り教師として子どもたちに勉強や生活の知恵を教えていたアレパ。幼い頃から彼が勉強のために村を離れるまでずっと一緒だったのに、彼が戻ってきた頃には俺が旅立ってしまったからすれ違いの生活だった。
一度だけなぜ街に残らなかったのか聞いてみたことがある。そうしたらあいつは「この村にはクグロフがいるから。まぁ、入れ違っちゃったけど」なんて笑っていた。それでも村が好きなんだと、どこまでも誇らしげだった。
彼の死体は、村の学校の入り口に磔にされていた。
学校は村の避難所で、一番奥にあるはずのその建物に、嫌でも目立つように、ぼろぼろの、四肢がもがれ、内臓がはみ出した格好で。
彼の最期を思い出すと今でも胸が悪くなる。忘れない、忘れられるはずがない姿。憎しみと怨嗟の炎は俺の脳内を焼き尽くし、魔王軍と和解の道を探そうという願いは塵程も残らなかった。
旅の途中、とある噂を耳にした。曰く『時の神様を祀る祠』があるらしい。真偽の程は定かでは無いものの、目的のある旅では無いし、これもなにかの縁だと足を向けることにした。
辿り着いたその場所は、何者かに荒された後だった。石の祠はばらばらにされて、中にあったのか時計の円盤が打ち捨てられていた。
「酷いな……」
蹂躙された祠を見て、何故か村や彼のことを思い出した。重ねてしまえば、後の行動は必然だ。
時計盤を拾って汚れを拭い、荷物と共に側に置く。石を拾い集め、元の祠を想像しながら組み立てる。それを延々と繰り返す。
台座を創り、屋根をつけ、組み上がったそれは、とても小さな祠だった。最後に時計盤を設置すれば、無かったはずの針が光を帯びて浮かび上がる。かちり、かちりと時を刻み始めたそれが0時を指したとき、世界は白に塗りつぶされた。
『目を開けて』
「ん……」
声に促されて瞼を持ち上げれば、色とりどりの時計が浮かんだ真っ白な空間に投げ出されていた。いくつかの時計が寄り集まって、人の形を作っていく。一度輝いたその場所に、どこか彼に似た子どもが浮かんでいた。
『ありがとう』
現実味のない声で彼は突然そう言った。彼は無表情なのに、声だけはくすくすと笑いながら言葉を続ける。
『祠を元に戻してくれた』
「あれは、礼を言われるようなことじゃない」
『それでも私は助かった。小さな場でも私の一部だ。礼をしたい』
「そんなに大袈裟なことじゃない」
『私は大抵のことは叶えられる。なんでもいい』
なんでも、と言われて心に浮かんだことがある。けれどそれは、どんなに望んでも願ってはいけない。
『なるほど、それが希望か』
しかし目の前の存在はこちらの努力も虚しく簡単に人の中心に触れられるらしい。小さな手で俺の額に触れると、軽い力で後ろに押された。世界は再び白に包まれ、頭の中には声が響く。祝福の言葉を最後に自らの存在は解け、白に飲み込まれた。
楽しげな鳥の声と懐かしい匂い。ぼんやりと目を開けば見慣れた天井。翳した右手が何故か小さくて、これも夢かと判断する。ならばもう一度眠ってしまってもいいだろうか。
久々に心の穴が少しだけ埋まるような夢だった。彼によく似た少年はなんと言っていただろう。
抗えない眠気に逆らわず目を閉じる。意識が沈み切る前に、控えめなノックの音が聞こえた。ややあってノブの回る音と扉の開く音。床板を軋ませながら誰かが近づいてきた。
「体調でも悪い?」
そんなはずはない。この声は、だって彼は。
前髪をかき上げ額に触れる手のぬくもりが、夢ではないと突きつけてくる。覚醒めれば消えてしまう気がして、右手で彼の手を掴んだ。
「すごい熱。クグロフ、大丈夫?」
恐る恐る目を開くと、そこに立っていたのは紛れもないアレパだった。涙腺が壊れてしまったように水が溢れてくる。熱のせいだと思ったのかアレパは俺の頭をよしよしと撫でて、大きな声で母の名を呼んだ。
『今度は幸せな結末を迎えなさい』
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