勇者かける

青空びすた

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 からんと軽い音を立てて扉が開く。
「いらっしゃいませ」
 掃除の手を止めてそちらを見ると常連客の一人、勇者であるアリオト様が入店した。
「こんにちは」
「こんにちは。今日はどういった御用ですか?」
「これ、買い取れる?」
 道具袋から取り出されたのは大きな鳥の羽。キラキラと輝く素材はひと目で貴重な物だとわかる。
「鑑定してもいいですか?」
「お願いするよ」
 了承を得てスキル《鑑定》を発動する。このスキルのおかげで僕はアイテム職人の端くれとして生活できている。
「『フェニックスの尾羽』ですね。うーん、生憎現金での買取は難しいです」
「そっかぁ」
「物々交換で良ければ、水の中で呼吸できる『人魚姫の鱗』か、身体能力を強化できる『戦乙女の祝福』でしたらお出しできます。どちらも使用回数の制限はなしです」
「うーん、迷うなぁ……」
「今回フェニックスの尾羽を預けていただければ『フェニックスの息吹』を作ってお渡しすることもできますよ。効果は一度だけ致命傷を回復できる、ですね。少しだけ素材が余ると思うので、それをいただければお代は必要ありません」
「フェニックスの息吹はどんな形?」
「希望があればどんな形にでも加工しますよ」
「……じゃあ、指輪の形にお願いしてもいい? できれば2つ」
 指輪、ときいて少しだけ心が疼く。はにかんで頬をかくアリオト様は、一体誰にプレゼントするつもりだろうか。商売人の意地で笑顔を貼り付け彼に声をかける。
「わかりました。一週間くらい時間をいただくかもしれません。あと2つとなると素材が余らないかもしれないので……」
「わかった、一週間後にまた来るよ。もし追加素材が必要なら言って。加工費用とかの差額はそのときに支払うね」
「かしこまりました。それではお預かりしますね。デザインはどうします?」
「ポラリスの腕を信じてるからなんでも……あ、後から石を入れられるようにってできる?」
「石ですか?」
「うん」
「大丈夫です。いくつにします?」
「よかった。2つ入れれるようにお願いできるかな。あ、ポラリス」
「はい」
「顔見せて」
「え、と。顔ですか?」
 こちらを見るアリオト様に顔を向ける。頬に手を添えられてじっと目を覗き込まれる。じわじわと顔に熱が集まっていく。
「ふふ、可愛い」
「え?」
「なんでもない。また来るね」
 アリオト様は笑って僕から手を離すと軽い足取りで出ていった。僕は赤くなった顔を両手で隠して机に突っ伏した。


 そして一週間。今日も扉の軽い音が来客を告げる。
「いらっしゃいませ」
「ポラリス、久しぶり」
「お久しぶりです」
 着替える時間も惜しかったのか装備をつけたまま訪れたアリオト様。カウンターの内側で待つ僕のところまで駆け寄ってきた。
「預けてたやつどうなった?」
「あとはサイズ調整だけです」
 箱を取り出して蓋を開ける。中には揃いの指輪が2つ。
「ありがとう、ポラリス」
「気に入っていただけました?」
「もちろん! それで、石なんだけど」
 言いながら取り出したのは青色の丸い宝石が2つと黄色いクリスタルが2つ。彼に断って《鑑定》する。
「『天空龍の宝玉』と『大地の結晶』」
「肉体精神の保護とバットステータスの無効、なんだけど、両立できる?」
「可能だと思います。《圧縮》が必要ですが僕が処理してもいいですか?」
「お願いするよ。どれくらいかかる?」
「三時間くらいいただければ。サイズはどうしますか?」
「俺がしても大丈夫?」
「では調整用の魔法もかけておきますね」
「お願いするよ」
 彼は素材を預けると慌ただしく店を出ていった。重い感情を吐き出すように息を吐いて、僕は作業に取り掛かった。

「仕上がった?」
 着替えてさっぱりとしたアリオト様が再び来店した。風呂にも入ってきたのか石鹸の匂いがする。自分の思考をかき消すように頭を振って、僕は2種類の石がついた指輪を見せる。
「さすがポラリス」
 アリオト様はきらきらした目で手に取る。あちこちから眺めて満足したように箱に戻した。
 会計を済ませると、僕は用意していたリングケースに指輪を収めて手渡す。
「お待たせしました」
「いや、ありがとう。それで、あの、このあと何か予定ある?」
「え、いえ特には……。今日はもう店じまいなので」
「少しだけ時間くれない、かな」
「はい」
 二人で外に出て店に鍵をかけた。待ちきれないとばかりにアリオト様に右手を引かれて走り出す。胸の高鳴りが彼にも聞こえるんじゃないかと、左手で胸元を握りしめた。非日常の始まりを感じさせて、躊躇いかけた足を自分でも動かした。

 連れてこられたのは街の外れにある丘の上。息一つ乱れていないアリオト様に背中を撫でられながら、必死で息を整える。
 なんとか背筋を伸ばせば視界に広がったのは綺麗な夕暮れ。沈んでいく太陽が街を照らして夜を連れてくる。
「ポラリスさん」
 改まったような声に呼ばれて彼を見上げる。夕陽に染まる彼と目があって、せっかく落ち着いた鼓動が跳ね上がる。
「家族になるのを前提に、俺とお付き合いしてください」
 跪いた彼から差し出されたのは、彼に渡したばかりの指輪。驚いて瞬きさえ忘れ乾いた目が潤んでいく。
「……はい」
「ほんとに?」
「はい……。嬉しい」
「やったぁ!」
 子どもみたいに喜んで僕を抱えあげるアリオト様。くるくると回されて地面に降ろされたあともしばらく抱きしめられる。
「ほんとに嬉しい。いいの?」
「アリオト様と一緒にいられるの、嬉しい」
「俺も嬉しい」
 感極まったように顔中に唇が降ってくる。くすぐったくて笑いが溢れる。やがて落ち着いたのか、左手を取られた。薬指に指輪がはめられる。サイズ調整でぴったりとそこに納まった。
「初めての共同作業だな」
「そう、いえば。そうですね」
「最初から狙ってたんだけど」
 いたずらっ子みたいに笑って、指輪に口づけられる。知らない顔にときめきが止まらない。
 強請られて彼の左手にも指輪を通す。
「ポラリス、大好き」
「僕も、アリオト様のこと好きです」
「ね、様つけないで、敬語もやめて」
「ぼくもアリオト、の、こと……好き」
「……っ、可愛い。大好き。愛してるよ」
 ふにゃふにゃに笑ったかと思うと、また顔中にキスが降ってきた。思わず目を閉じれば唇にも柔らかい感触があって、薄く目を開ければ指輪の宝石に似た青い目が愛しいと僕を見つめていた。
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