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第一章 異世界転移、村ごと!

俺、ゴールデンウィークは田舎へ帰省

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 通話を切ってすぐ、ばあちゃんからスマホのアプリにメッセージが送られてきた。
 スマホを持ち始めた最初の頃は濁点も読点もなくて読みにくく、文章全部が繋がったメッセばかり送ってきてたばあちゃん。今では顔文字もスタンプも使いこなしてるあたり、うちのばあちゃんは本当にかわいい。
 笑顔のパンダキャラのスタンプのチョイスもなかなかだ。

 メッセージアプリで送られてきたのは、高速バスの電子チケットへのアクセスURLだ。説明を見ると、有効期限内ならネットで便を選んだり、変更できたりするタイプのやつらしい。

「……よし」

 その場でスマホからスケジュールを確認した俺は、冷めたコーヒーをぐいっと飲み干し、歩道橋を降りた。
 辺りはもうすっかり暗くなっていたが、新橋のオフィス街はここからが本番とばかりに賑やかだ。
 一杯引っ掛けようと飲み屋に向かうリーマンたちの群れを掻き分けながら、その足で地下鉄に乗り、自宅から一番近い大型スーパーに駆け込んで贈答品コーナーで東京土産を買い込んだ。
 ここはオーソドックスに東京銘菓だ。うっかり田舎でもありふれた饅頭でも、ばあちゃんなら喜んでくれる。でもハイカラなもののほうが嬉しがってくれるのはわかっている。
 今どきは何でもネット通販でお取り寄せできる時代だが、あれもこれもとばあちゃんが喜びそうなお菓子をいくつか買った。

 アパートに帰り、クローゼットの奥からスーツケースを引っ張り出してくる。こいつも近所で以前買った真紅の軽量スーツケースだ。
 コンペ優勝したらゴールデンウィーク返上で出社予定だったが、話は無くなった。彼女とのお出かけ予定も何もかもゼロ。ゴールデンウィークは丸々空いている。かなしい。だめだ考え始めるとまた泣きそうになる。
 もう二日深夜のバス便で出発して、大型連休の最終日、五日の夕方に東京に戻ってくることにしよう。

 洗面所で歯ブラシやカミソリなどを旅行用ポーチ……なんて洒落たものは持ってないので適当に台所のジップ袋に突っ込みながら、ふと気づいた。
 単身者用のワンルームは収納も機能的にできていて、洗面所の鏡を開くと中に衛生用品や小物を置くスペースがある。
 歯ブラシやシェービングクリームの予備、安売りのときドラッグストアで買い占めたフロスなどがまばらに収まっていたが。

「穂波の物……まったく残ってないじゃないか……」

 付き合い始めて数年経っていたが、少なくとも去年の年末時点ではお泊まりセットが置いてあった記憶がある。
 そういえば、穂波が最後に俺の部屋に来たのはいつだった? 少なくともこの数ヶ月は会社帰りに食事や飲みに行くばかりで、どちらかの家やホテルに行くこともなかった。

「はは。もうとっくに俺を捨てるつもりだったのか。穂波」

 何というか、ありきたりな表現だがつらい。死ぬほど辛かった。


  * * *


 新宿のバスターミナルから二日深夜に高速バスで東北方面に出発し、翌朝の早朝に現地の県庁所在地に到着した。
 そこからはローカル鉄道に揺られて二時間半。始発の駅で朝食用に駅弁と緑茶のペットボトルをゲットして、東京とは違う自然の景色を眺めながら旅を楽しんだ。
 隣町まで着いたら朝昼晩の一日三本だけ運行するマイクロバスで、ばあちゃんのいる父方の田舎、もなか村へ向かった。

「ほんと、この遠さだけは……何とかならんもんかね、もなか村」

 バスを降りると、屋根のある停留所のベンチには。

「ユキちゃん。よくけえったね」

 柔らかな東北弁で出迎えてくれた、農作業着のもんぺズボン姿のばあちゃんに、ああ、やっと帰ってきたと思った。

「ただいま、ばあちゃん!」


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