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現実まであと一段階
悲劇の王女の死の床へ
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そして夜中、カーナは黄金龍に変じてアケロニア王国の上空を飛んだ。
向かう先はリースト伯爵領。あの麗し兄弟の本拠地だ。
既に鳩で連絡を飛ばしているので、現地ではリースト伯爵の、麗しの髭のメガエリス本人が出迎えてくれた。
彼は大地震で半壊した王都のタウンハウス修繕の金策で、いま愛する息子たちと離れて領地に戻っているのだ。
「手紙を拝見しました。夢見でのクラウディア王女殿下の看取り、ぜひ私もお供させてください」
今度はメガエリス伯爵を乗せて龍の姿のままアケロニア王宮へ戻る。
そのまま三人と護衛を連れて密かに神殿へと向かい、先に話を通しておいてくれたテオドロス国王、神官長や司祭たちに見守られて儀式の間で夢見の術を行った。
「本当なら私だって姉上に会いたいんですよ。でも先王と現国王、ふたりまとめて夢見を行って何かあったら困りますからね」
軽い恨み言をテオドロス国王に言われながら。
夢見の術を行い、一同が向かった時間軸は数十年前、タイアド王国の王妃となったクラウディア王女が亡くなる前日の世界だった。
まずアケロニア王国の過去の世界に入ったので、そこから黄金龍のカーナはヴァシレウスとメガエリス、二人を頭の後ろに乗せて一気にタイアド王国に向かった。
「ヴァシレウス様、お若いですねえ」
「お前こそ。そうか、この頃はまだ独身で髭もなかったか」
互いの姿を見て、男ふたりがなにやらしみじみ言い合っている。
『タイアドの王宮に行くかい?』
「不要です。クラウディアは郊外の離宮で亡くなったと聞いております。そちらへ!」
ヴァシレウスの指示する場所には確かに離宮があった。王都からも他の町や村からも離れている不便な場所だった。
しかし案外、降り立ってみると風景が良い。病人が静養するには良い場所かもしれなかった。
突然現れた巨大な黄金龍とヴァシレウス大王とその付き添いの麗しの伯爵に離宮は軽いパニック状態だった。
だが、お忍びで病の娘を看取りに来たと聞いて、離宮の騎士も使用人たちも皆すぐに落ち着きを取り戻し、ヴァシレウスたちをクラウディア王妃の寝室に案内してくれた。
「ここ数日はもうほとんどお目を覚まされなくて……王妃様はもう……」
祖国から付けていた侍女が泣きそうな顔で状況を説明する。
クラウディア王女は典型的なアケロニア王族の黒髪黒目、端正な顔立ちの女性だった。
まだ現時点で二十代の前半。外見には少女の趣を残している。
容貌はヴァシレウス大王だけでなく、弟のテオドロス国王、姪のグレイシア王女とそっくりだ。
もっとも、勝ち気なグレイシア王女と比べるとおとなしそうで優しげな印象がある。
だが今はもう痩せ細り、かつては豊かで艶のあっただろう黒髪も潤いをなくしている。
(ああ、これはもう駄目だ)
カーナが思うまでもなく、ヴァシレウスもメガエリスも言葉を失っていた。
寝室内には死の香りがする。
侍女に声をかけられ、クラウディアが目を覚ます。そして目の前にいた父親と、親しかった伯爵の姿を見て黒い目を見開いた。
「……お父様。メガエリス様。私は病なのです。伝染しては危険ですから、すぐ……退室を」
途切れ途切れに声を出すのも辛そうだ。
「クラウディア王妃。君はもう治らないけど、せめて安らかに逝けるよう祝福を」
寝室の上掛けから出ていた手をカーナが握ると、乾燥し浅黒くなっていたクラウディアの頬に僅かに血の気が戻る。
上半身を寝台の上に起こしてやり、腰の裏をクッションで支えて何とかクラウディアにメガエリス伯爵が持参していたポーションを飲ませることができた。
「これ、エリクサーですか? こんな貴重なもの、なんで……」
だが理由などどうでもいい。
「クラウディア……なぜこうも衰えるまで私に連絡しなかった!? なぜ離婚して戻ってこなかった!」
死の間際の娘にかける言葉ではなかったが、父親として言わずにはいられなかった。
「だって。私のこと知ったらお父様、この国と戦争しちゃうでしょ。私にとってこの国は悪いことばかりじゃなかったんです」
向かう先はリースト伯爵領。あの麗し兄弟の本拠地だ。
既に鳩で連絡を飛ばしているので、現地ではリースト伯爵の、麗しの髭のメガエリス本人が出迎えてくれた。
彼は大地震で半壊した王都のタウンハウス修繕の金策で、いま愛する息子たちと離れて領地に戻っているのだ。
「手紙を拝見しました。夢見でのクラウディア王女殿下の看取り、ぜひ私もお供させてください」
今度はメガエリス伯爵を乗せて龍の姿のままアケロニア王宮へ戻る。
そのまま三人と護衛を連れて密かに神殿へと向かい、先に話を通しておいてくれたテオドロス国王、神官長や司祭たちに見守られて儀式の間で夢見の術を行った。
「本当なら私だって姉上に会いたいんですよ。でも先王と現国王、ふたりまとめて夢見を行って何かあったら困りますからね」
軽い恨み言をテオドロス国王に言われながら。
夢見の術を行い、一同が向かった時間軸は数十年前、タイアド王国の王妃となったクラウディア王女が亡くなる前日の世界だった。
まずアケロニア王国の過去の世界に入ったので、そこから黄金龍のカーナはヴァシレウスとメガエリス、二人を頭の後ろに乗せて一気にタイアド王国に向かった。
「ヴァシレウス様、お若いですねえ」
「お前こそ。そうか、この頃はまだ独身で髭もなかったか」
互いの姿を見て、男ふたりがなにやらしみじみ言い合っている。
『タイアドの王宮に行くかい?』
「不要です。クラウディアは郊外の離宮で亡くなったと聞いております。そちらへ!」
ヴァシレウスの指示する場所には確かに離宮があった。王都からも他の町や村からも離れている不便な場所だった。
しかし案外、降り立ってみると風景が良い。病人が静養するには良い場所かもしれなかった。
突然現れた巨大な黄金龍とヴァシレウス大王とその付き添いの麗しの伯爵に離宮は軽いパニック状態だった。
だが、お忍びで病の娘を看取りに来たと聞いて、離宮の騎士も使用人たちも皆すぐに落ち着きを取り戻し、ヴァシレウスたちをクラウディア王妃の寝室に案内してくれた。
「ここ数日はもうほとんどお目を覚まされなくて……王妃様はもう……」
祖国から付けていた侍女が泣きそうな顔で状況を説明する。
クラウディア王女は典型的なアケロニア王族の黒髪黒目、端正な顔立ちの女性だった。
まだ現時点で二十代の前半。外見には少女の趣を残している。
容貌はヴァシレウス大王だけでなく、弟のテオドロス国王、姪のグレイシア王女とそっくりだ。
もっとも、勝ち気なグレイシア王女と比べるとおとなしそうで優しげな印象がある。
だが今はもう痩せ細り、かつては豊かで艶のあっただろう黒髪も潤いをなくしている。
(ああ、これはもう駄目だ)
カーナが思うまでもなく、ヴァシレウスもメガエリスも言葉を失っていた。
寝室内には死の香りがする。
侍女に声をかけられ、クラウディアが目を覚ます。そして目の前にいた父親と、親しかった伯爵の姿を見て黒い目を見開いた。
「……お父様。メガエリス様。私は病なのです。伝染しては危険ですから、すぐ……退室を」
途切れ途切れに声を出すのも辛そうだ。
「クラウディア王妃。君はもう治らないけど、せめて安らかに逝けるよう祝福を」
寝室の上掛けから出ていた手をカーナが握ると、乾燥し浅黒くなっていたクラウディアの頬に僅かに血の気が戻る。
上半身を寝台の上に起こしてやり、腰の裏をクッションで支えて何とかクラウディアにメガエリス伯爵が持参していたポーションを飲ませることができた。
「これ、エリクサーですか? こんな貴重なもの、なんで……」
だが理由などどうでもいい。
「クラウディア……なぜこうも衰えるまで私に連絡しなかった!? なぜ離婚して戻ってこなかった!」
死の間際の娘にかける言葉ではなかったが、父親として言わずにはいられなかった。
「だって。私のこと知ったらお父様、この国と戦争しちゃうでしょ。私にとってこの国は悪いことばかりじゃなかったんです」
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