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記憶の断片
カレイド王国の恥ずべき過去
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「捨てられたって、……女勇者が、再婚した国王から!?」
この一ヶ月、カーナがバルカス王子に斬られて死んだと思ってからずっと気丈に堪えていたマーゴットも卒倒しかけた。
それが本当なら、中興の祖の女勇者信仰のあるカレイド王国の国体を揺るがしかねない。
「別に大したことじゃないですよ。子供と一緒に魚切り包丁を片手に出かけた魔物退治から帰って来たら、再婚した夫の国王が夫婦の寝室であたしじゃない別の赤毛女とまぐわってた。とりあえず男女まとめて捌こうと思ったら追放だって言われちゃったんですよねえ~」
さらっと魔女メルセデスは言ったが、いろいろ情報量が多過ぎる。
「国王と作った子供と、魚切り包丁は取り上げられて持ち出せなくって。仕方ないから最初の旦那との子供だけ連れてカレイド王国を出たんです」
「……事実だ。確かにカレイド王家には裏の歴史としてそう伝わっている」
皆で一斉にダイアン国王を見た。マーゴットやシルヴィスが知らなかったことだ。即位のときに前国王から伝えられる話の類いだろう。
「でもまさか、魔術師フリーダヤの弟子だったとは……」
「元々、生まれ持った魔力が強くてね。最初の結婚前の娘時代からフリーダヤの勧誘は受けてたのよ。魔力使いになれって」
ただメルセデスは庶民で親戚にも魔力使いがおらず、勧誘されても具体的なイメージが湧かなかった。親戚には冒険者もいなかったので。
そのため当時はあっさり断ったという。
「その後、最初の子供を産んだ後に旦那が馬車の事故で亡くなってしまってね。旦那と開いた食器店を持ってたんだけど、旦那の遺族に権利を持ってかれちまって。途方に暮れてたときまたフリーダヤが来て、子供は孤児院に預けて修行しろって言われたけど、まだ赤ん坊で離れたくなかったから断った」
そして三度目の正直だ。
王都を襲った魚人の魔物を前にして、聖剣でもあった家宝の魚切り包丁で勇者に覚醒した主婦メルセデスは、まず最初にプディング女伯爵となった。
それだけでも寡婦の主婦には大した出世だが、更に当時の年下の若い国王に求婚され王妃となった。
「王妃って言っても、国王と子供一人作った後は、勇者として国内の魔物退治をしてたのよ。庶民のあたしに王族の仕事は無理だし、子供たちのごはん代を稼ぐような感覚でね。でも」
討伐から帰ってきたら、夫のはずの国王が浮気していた。
「カッとなって国王に包丁向けたのは良くなかったわねえ~」
「いえ……むしろ捌かれずに済んで幸運だったのでは?」
国を救った女勇者を娶りながら不貞を犯して、あまつさえ追放までするとは。
「ご先祖様が申し訳ないことをしました」
「あら。あたしもあなたたちのご先祖様だもの。気にする必要ないわ」
婚約者のシルヴィスと一緒に神妙な顔で頭を下げたマーゴットを、魔女メルセデスは笑い飛ばしてきた。
「それに当時の国王へのお仕置きはもう済んでるのよ」
「さ、捌いちゃったってことですか!? 結局?」
「違う違う。国王の浮気相手もあたしほど明るい色じゃなかったけど赤毛だったわけ。あたしを追い出した後、国王は浮気相手をあたしと入れ替えたの」
「「「!???」」」
「あたしと国王の子供はその女を実の母だと思わされて育ったのね。でも大人になる頃には真実を知って、国王とあたしの偽物を玉座から蹴り落として幽閉したのよ。ざまあ見ろって感じ」
そして名実ともにカレイド国王だった父親と、女勇者の母親を持った息子が新たな王に即位した。
その頃にはもうメルセデスは魔力使いとして完成してカレイド王国に戻る気もなく、ただ家宝の魚切り包丁だけが心残りで現在まで生きてきたという。
「人間の国の中じゃカレイド王国ってわりとまともな国だと思ってたけど。案外ろくでもないことやってたのね」
呆れたような神人ジューアの声に、一同は恥じ入るばかりだった。
「さあ、あたしの話なら後でいくらでも。カーナ様を救うため、夢見の術は誰が行いますか?」
魔女メルセデスの問いかけに、真っ先に前に出たのはマーゴットだ。今この場にいる者たちの中で、次期女王としてカーナと幼い頃から親しんで最も彼に深い思い入れがある。
「なら僕も」
マーゴットがやるなら、当然、婚約者のシルヴィスもだ。
そもそもシルヴィスは女王となるマーゴットを王配として陰から支える生き方を既に選んでいる。反対もしないし、むしろ喜んでサポートする。
「私がやらぬわけにはいくまい。愚息の後始末をつけねばならん」
意外なことにダイアン国王も加わることになった。
宰相は止めたかったようだが、国王やマーゴットたちに何かあった場合の対応を任されて渋々了承していた。
「夢見の術の感覚はさきほどのプディング実験でわかったでしょう? では、夢の中にどのような仮想世界を作りましょうか」
「まずは……」
時間軸は約一ヶ月前の、バルカス王子がカーナを魚切り包丁で斬りつけるより“前”が良い。
カーナが永遠の国からカレイド王国でのマーゴットとシルヴィスの婚約の儀のためやって来たのは、事件が起こる一時間ほど前のことだと判明している。
守護者のカーナはまず最初に自分を祀る神殿を訪れ神殿長や神官たちに挨拶した後、王宮で事件が起こった儀式の間に向かっている。
「では、カーナ様が神殿に来る少し前の時間に設定。まずはお試しで、現実でカーナが斬られる時間を過ぎたら夢から自動的に戻ってくるようにしましょ」
夢見の術で夢の中に入る者は無防備になる。
神官たちに背もたれと手すりのあるソファタイプの椅子を用意させ、安全に身体を支える準備を整える必要があった。
「夢見の術、発動。……行ってらっしゃい、三人とも」
魔女メルセデスの腰回りに光の円環、環が浮かぶ。魔術師フリーダヤ系統の魔力使いたちが用いる、術式発動用のコントロールパネルだ。
その表面を指先でピアノの鍵盤のように弾いて、魔法を発動した。
この一ヶ月、カーナがバルカス王子に斬られて死んだと思ってからずっと気丈に堪えていたマーゴットも卒倒しかけた。
それが本当なら、中興の祖の女勇者信仰のあるカレイド王国の国体を揺るがしかねない。
「別に大したことじゃないですよ。子供と一緒に魚切り包丁を片手に出かけた魔物退治から帰って来たら、再婚した夫の国王が夫婦の寝室であたしじゃない別の赤毛女とまぐわってた。とりあえず男女まとめて捌こうと思ったら追放だって言われちゃったんですよねえ~」
さらっと魔女メルセデスは言ったが、いろいろ情報量が多過ぎる。
「国王と作った子供と、魚切り包丁は取り上げられて持ち出せなくって。仕方ないから最初の旦那との子供だけ連れてカレイド王国を出たんです」
「……事実だ。確かにカレイド王家には裏の歴史としてそう伝わっている」
皆で一斉にダイアン国王を見た。マーゴットやシルヴィスが知らなかったことだ。即位のときに前国王から伝えられる話の類いだろう。
「でもまさか、魔術師フリーダヤの弟子だったとは……」
「元々、生まれ持った魔力が強くてね。最初の結婚前の娘時代からフリーダヤの勧誘は受けてたのよ。魔力使いになれって」
ただメルセデスは庶民で親戚にも魔力使いがおらず、勧誘されても具体的なイメージが湧かなかった。親戚には冒険者もいなかったので。
そのため当時はあっさり断ったという。
「その後、最初の子供を産んだ後に旦那が馬車の事故で亡くなってしまってね。旦那と開いた食器店を持ってたんだけど、旦那の遺族に権利を持ってかれちまって。途方に暮れてたときまたフリーダヤが来て、子供は孤児院に預けて修行しろって言われたけど、まだ赤ん坊で離れたくなかったから断った」
そして三度目の正直だ。
王都を襲った魚人の魔物を前にして、聖剣でもあった家宝の魚切り包丁で勇者に覚醒した主婦メルセデスは、まず最初にプディング女伯爵となった。
それだけでも寡婦の主婦には大した出世だが、更に当時の年下の若い国王に求婚され王妃となった。
「王妃って言っても、国王と子供一人作った後は、勇者として国内の魔物退治をしてたのよ。庶民のあたしに王族の仕事は無理だし、子供たちのごはん代を稼ぐような感覚でね。でも」
討伐から帰ってきたら、夫のはずの国王が浮気していた。
「カッとなって国王に包丁向けたのは良くなかったわねえ~」
「いえ……むしろ捌かれずに済んで幸運だったのでは?」
国を救った女勇者を娶りながら不貞を犯して、あまつさえ追放までするとは。
「ご先祖様が申し訳ないことをしました」
「あら。あたしもあなたたちのご先祖様だもの。気にする必要ないわ」
婚約者のシルヴィスと一緒に神妙な顔で頭を下げたマーゴットを、魔女メルセデスは笑い飛ばしてきた。
「それに当時の国王へのお仕置きはもう済んでるのよ」
「さ、捌いちゃったってことですか!? 結局?」
「違う違う。国王の浮気相手もあたしほど明るい色じゃなかったけど赤毛だったわけ。あたしを追い出した後、国王は浮気相手をあたしと入れ替えたの」
「「「!???」」」
「あたしと国王の子供はその女を実の母だと思わされて育ったのね。でも大人になる頃には真実を知って、国王とあたしの偽物を玉座から蹴り落として幽閉したのよ。ざまあ見ろって感じ」
そして名実ともにカレイド国王だった父親と、女勇者の母親を持った息子が新たな王に即位した。
その頃にはもうメルセデスは魔力使いとして完成してカレイド王国に戻る気もなく、ただ家宝の魚切り包丁だけが心残りで現在まで生きてきたという。
「人間の国の中じゃカレイド王国ってわりとまともな国だと思ってたけど。案外ろくでもないことやってたのね」
呆れたような神人ジューアの声に、一同は恥じ入るばかりだった。
「さあ、あたしの話なら後でいくらでも。カーナ様を救うため、夢見の術は誰が行いますか?」
魔女メルセデスの問いかけに、真っ先に前に出たのはマーゴットだ。今この場にいる者たちの中で、次期女王としてカーナと幼い頃から親しんで最も彼に深い思い入れがある。
「なら僕も」
マーゴットがやるなら、当然、婚約者のシルヴィスもだ。
そもそもシルヴィスは女王となるマーゴットを王配として陰から支える生き方を既に選んでいる。反対もしないし、むしろ喜んでサポートする。
「私がやらぬわけにはいくまい。愚息の後始末をつけねばならん」
意外なことにダイアン国王も加わることになった。
宰相は止めたかったようだが、国王やマーゴットたちに何かあった場合の対応を任されて渋々了承していた。
「夢見の術の感覚はさきほどのプディング実験でわかったでしょう? では、夢の中にどのような仮想世界を作りましょうか」
「まずは……」
時間軸は約一ヶ月前の、バルカス王子がカーナを魚切り包丁で斬りつけるより“前”が良い。
カーナが永遠の国からカレイド王国でのマーゴットとシルヴィスの婚約の儀のためやって来たのは、事件が起こる一時間ほど前のことだと判明している。
守護者のカーナはまず最初に自分を祀る神殿を訪れ神殿長や神官たちに挨拶した後、王宮で事件が起こった儀式の間に向かっている。
「では、カーナ様が神殿に来る少し前の時間に設定。まずはお試しで、現実でカーナが斬られる時間を過ぎたら夢から自動的に戻ってくるようにしましょ」
夢見の術で夢の中に入る者は無防備になる。
神官たちに背もたれと手すりのあるソファタイプの椅子を用意させ、安全に身体を支える準備を整える必要があった。
「夢見の術、発動。……行ってらっしゃい、三人とも」
魔女メルセデスの腰回りに光の円環、環が浮かぶ。魔術師フリーダヤ系統の魔力使いたちが用いる、術式発動用のコントロールパネルだ。
その表面を指先でピアノの鍵盤のように弾いて、魔法を発動した。
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