《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

真義あさひ

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記憶の断片

守護者カーナ最後の言葉

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「『息子を感じた』ってどういうこと? カレイド王族にはカーナの子孫の血なんてほとんど入ってないはずよ?」

 カーナの遺体は魔法樹脂という、時間経過を止める魔力で編んだ透明な樹脂に封入して神殿に安置してある。
 残されたマーゴットたちはダイアン国王の執務室に集まって早急に今後の話し合いを行うことになった。

 今日、夜にはマーゴットとシルヴィスの婚約披露パーティーの予定だったがそれどころではなくなってしまった。
 国王が側近に、緊急に開催延期を知らせてくるよう指示を出していた。

 守護者カーナを殺害したバルカス王子は拘束して牢に収監している。

「確かにカーナは、私たちも自分の子孫たちだってよく言ってたけど……」

 国王の執務机の上には、まだカーナの血に塗れたままの魚切り包丁が布の上に置かれている。
 魚切り包丁なのに。何で、龍であり一角獣でもあるカーナが斬られなければならないのか。どう見たって用途が間違っている。

「……中興の祖の女勇者の伝承に答えがある。女勇者が倒した魚人の魔物は、カーナ王国から流れてきた、カーナの息子の魔力の一部だったろう?」

 ダイアン国王の説明に皆が頷く。女勇者の伝承はこの国の者なら王侯貴族から庶民に至るまで学ぶものだ。

「そのとき魚切り包丁で浄化したカーナの息子の一部を、女勇者が自らの中に取り入れたとされる。……まあ、魚人を倒した後に残った依代の魚を捌いて食したという話らしいが……」
「つまり、女勇者の末裔である我々には、そのときのカーナの息子の一部が継承されているということですか? でも」

 シルヴィスの疑問はこの場にいる誰もが感じていることだ。
 なぜなら、血筋順位の数字を持つ者はほとんど全員が始祖のハイエルフだけでなく、中興の祖の女勇者の血も引いているからだ。
 ならば、バルカス王子と同じように自分たちもあのような凶行に及ぶ可能性があるということなのだろうか?



「受け継いだカーナの息子の因子が、何らかの原因によって負の方向に活性化されたんじゃない?」

 飄々とした若い男の声に、皆が振り返った。
 ソファに座る、薄緑色の長い髪と瞳を持った、長く白いローブ姿の魔術師がそこにいる。

 魔術師フリーダヤ。
 800年は生きているとされる、円環大陸で最も著名な魔力使いだ。

 シルヴィスが自分に箔を付けるため冒険者活動に飛び込んだのと同じように、マーゴットは次期女王と王配となる自分たちの婚約への箔付けに彼を招いていた。
 カーナの友人だがハイヒューマンではない。けれどいずれ人間からハイヒューマンに進化すると目されている人物だ。
 彼は最強聖女ロータスのパートナーだが、今回は彼女ではなく一番弟子を連れて婚約披露パーティーのゲストとして臨席してくれる予定だった。

 彼もまた儀式の間でのマーゴットとシルヴィスの婚約を見届けてくれるはずだった。
 ぎりぎり、カーナの最後を看取ったうちの一人だ。

「元々、問題行動の多い王子だったそうじゃないか。何が原因だったかまではわからないけど、元から凶行に走る素養を持っていたんだろう」

 さて、と魔術師フリーダヤは傍らの黒いフード付きローブで顔が見えない弟子を促してソファから立ち上がった。

「私はカーナの遺体を引き取って永遠の国に帰るよ。葬儀はこちらで行うからお構いなく」
「ま、待って! それだけなの? なぜカーナを殺した私たちをあなたは責めないの!?」

 マーゴットの悲鳴のような叫びは、この場のカレイド王国側の全員の想いの代弁だった。
 婚約者の伯爵令息シルヴィス、ダイアン国王、そして宰相。

「私だって友人を亡くして悲しい。でも円環大陸にはハイヒューマン殺害に関する罰則規定なんかないし、神人で本来寿命のないカーナが死んだってことはさ、彼は自分で死を選んだってことだよ」
「どういう、こと……?」

 魔術師フリーダヤは隣の弟子と顔を見合わせた後、ソファに座り直した。

「ハイヒューマンで身体能力に優れて、魔力使いの祖とまで呼ばれる神人カーナだよ? いくら聖剣相手だからって、攻撃を避けられないわけないじゃないか。結果を見る限り、私は彼が自分の意思でバルカス王子に斬られたんだと思うね」
「うそ……嘘よ、カーナは、だって……」

 カーナはマーゴットたちが子供の頃、話してくれたことがある。
 いま西の小国カーナ王国の下に眠る息子の亡骸を掘り出して弔うまでは、ずっとこの世界を見守る龍や一角獣として天空の支配者でいる、と。

「そうかなあ。でもカーナは自分を害したバルカス王子の減刑を望んで逝った。……最後の言葉はマーゴット公女が聞いていたね。彼は何て言ったんだい?」

 視線がマーゴットに集中する。
 躊躇ったが、話さないことには誰も納得しないだろう。



「『息子は、息子であり夫だった。その面影を感じたバルカスを拒めなかった、愚かな守護者を許しておくれ』と」



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