上 下
5 / 129
第一章 初回ループ~卒業式の婚約破棄

マーゴットの苦境

しおりを挟む
 婚約者のバルカス王子に支援金や家の金貨を横領されるようになって、坂道を転がるようにオズ公爵家は貧しくなっていった。

 しまいには屋敷を維持するのもやっとで、残った使用人は執事と侍女長のみ。

 家令を兼ねた執事と侍女長との三人だけで必死に家を回している。

 幸いなのは、オズ公爵家は領地のない王都の邸宅だけの公爵家なので、領地運営の必要がないことだ。
 何とか細々と生活することだけはできた。



 オズ公爵家の金庫に金貨がなくなると、目に見えてバルカス王子はマーゴットを蔑ろにするようになった。
 それまでは人前では婚約者を丁重に扱っていたのが、平気で侮辱するようにもなっていた。

 そして学園に入学してしばらく経つと、バルカスは学園で出会ったいかがわしい友人たちとつるむようになっていく。

 最高学年に上がった頃には、ポルテという名の平民の女生徒を側に置いて寵愛するようになった。

 不貞を犯すバルカス王子に制裁を加えようにも、その頃にはオズ公爵家は没落寸前でその力もない。



「マーゴット。ほんとにお前、大丈夫なのか?」

 学園でのランチの時間帯、中庭にて。

 短期留学でカレイド王国を訪れている、同盟国アケロニア王国のグレイシア王女が、心配げに声をかけてきた。

 彼女は赤毛と緑目のマーゴットのような色彩はなく、黒髪黒目の端正な顔立ちの少女だ。
 彼女はまだ立太子こそしていないが、本国に戻った後は王太女として冊立され、将来的に次期女王となる。
 そう、マーゴットと同じ立場の王族女性なのだ。
 留学中は国王に頼まれて彼女の世話役をしていたが、すぐに義務や責任など取り払って仲良くなった。

「大丈夫じゃないわ。……でも、どうしたらいいのかなあって」

 中庭のあずまやガゼボでランチボックスを広げていると、少し離れたところのベンチにバルカス王子とその取り巻きたちがやってきて、何とも下世話な会話を繰り広げ始めた。

「あれで一国の王子とは。何とも嘆かわしい」

 グレイシア王女が、くっきりした眉を顰めている。

 バルカス王子たちは、学園内のどの女生徒が一番美しいか、あるいは体つきが好みなのかを声高々に語り合っている。

「娼館通いまでしているのか……」

 王都の娼館の、娼婦の誰それの値段や具合など話し出す男子生徒もいた。

「マーゴット。お前、これは不味いぞ。次期女王のお前の王配予定者が娼婦遊びをしているなど、表沙汰になったら」
「……そうね」

 とそこへ、栗色の髪の小柄な少女がバルカス王子たちの元へやってきた。
 今、彼が特に寵愛している同学年のポルテという平民の女生徒だ。

 ポルテが来ても、バルカス王子や男子生徒たちの俗っぽい話は続いている。



「おい、聞いたかい? 下町の酒場に身分を隠して出入りしていた男爵閣下が、容色の衰えた夫人を娘ごと娼館に沈めたそうだ!」
「離婚して夫人の実家に帰るところを誘拐させたらしい。腐っても貴族夫人とその娘だ、相当高く売れたらしいぞ」


「………………」
「………………」

 サンドイッチを摘んでいたマーゴットとグレイシアは、ぴたりと動きを止めた。

「貴族の犯罪をああも喜ぶとは、何という俗悪さか」

 不機嫌そうにグレイシアがサンドイッチを噛みちぎる。大きく咀嚼して飲み込んで、水筒のお茶を飲み干して一息ついた。

「あれはサヤー男爵夫人の話ね。男爵に離縁された後はご令嬢と一緒に他国の修道院に身を寄せたと聞いていたけれど。本当なら通報しないと」

 男たちは不用心にも、男爵の家名や、夫人たちが売られたという娼館の店名まで口に出している。
 警察組織を兼ねる騎士団に後で通報してやろうとマーゴットが思っていたとき、それは耳に入ってきた。


しおりを挟む
感想 305

あなたにおすすめの小説

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...