上 下
60 / 62

タイアド王国を去る日

しおりを挟む
 マリオンがルミナスと一緒にタイアド王国に戻ると、祖父のダリオンがまだタイアド王家との話し合いを終えていなかった。

 研究学園をマリオンが追放されたのは去年の11月。もう年も変わって3月に入っているのに。

 ダリオンは冒険者ギルドのお偉いさんで非常に忙しい男だが、この数ヶ月はタイアド王国の王都に腰を据えて、本業を半分休んでマリオンの名誉の回復や補償に奔走してくれていた。

「金さえ出せば何とでもなると思ってる舐めた考えが気に食わん! 元凶の王妃にギャフンと言わせねば気が済まーん!」
「じいじ……」

 それは被害者本人のマリオンも同意なのだが、さすがにもうこれ以上は時間の無駄だ。
 マリオンは祖父のダリオンに頼んで、最後の話し合いとして国王、王太子、そしてマリオンを苦しめた元凶の王妃の3人との面談を申し入れた。



 二日後に、異例の速さで会談日程が決定した。
 マリオンは祖父のダリオンと一緒に、ブルー男爵家の青の原色の軍服の正装で会談に臨んだ。

 盗まれたり、勝手に他人の物とされた魔導具の発明の設計図や、既に商品開発されてしまった物の売上分配金の回収は既に完了している。
 今後発生する分についても、新たに契約書を魔導具師ギルドで締結した。

 マリオンが研究学園の敷地内で偽王子たちに奪われた希少素材は、タイアド王家が威信をかけて調査し、ほぼ買い戻してマリオンの手に戻っている。
 かつて祖父ダリオンが送ってくれたアダマンタイトの欠片もその中には含まれていた。

 何よりエドアルド王子からは、マリオン本人が頼んだわけではなかったが、大量のミスラル銀とオリハルコンを詫びの品として頂戴している。

 後は、わざわざ他国から招聘した錬金魔術師マリオン・ブルー本人にどうタイアド王家、いや王妃が償うかなのだが。

「発明品や物的被害への賠償は既に受け取りました。僕自身への慰謝料はそちらの誠意を継続的に示していただきたいです」
「何が誠意か。わたくしはそなたのことなど最初から認めては……」

 謁見室に入る前に、控え室にやってきたクリストファー王太子から言われていたことがある。

『マリオン君。私の母との面会時には素顔を見せてみて。君は嫌かもしれないけど、母は美しいものが好きだから、一発で終わるよ』

 祖父のダリオンは「わしに似た可憐なマリオンちゃんの素顔をあのクソ王妃に見せるだとお!?」と反対していた。
 だが、延々長引いたトラブルが解決するならそれも良いだろうとマリオンは思った。

 そっと魔導具の変装用眼鏡をマリオンは外した。瓶底のように分厚いレンズの眼鏡だ。

「誠意。見せていただけますね?」

 眼鏡の下から出てきたのは、長い睫毛に彩られた、鮮やかな水色の瞳、やや小振りの鼻と薔薇色の頬、形の良い唇。
 可憐な美少女のような美少年の素顔に、王妃が息を飲んで扇を手から落とした。

「……そなたには、わたくしの実家が余らせている伯爵位を詫びに進呈するわ」
「おお、王妃よ。それは良い」
「彼はアケロニア王国の国民なので、名誉爵位にしましょう。彼一代限りの伯爵位です」

 速攻で国王と王太子が追随した。後はこの方向で押し流すだけ。

「マリオン殿。ひとまずこれで手打ちとするが良いか」
「構いません。こちらもこれ以上、この国と関わりたくはないですからね」

 隣の祖父ダリオンは気に入らない顔をしていたが、マリオンが生きている限り、伯爵の爵位と相応の年間予算がタイアド王家から支給される。
 その原資はしっかり元凶の王妃の年間予算からだと聞いて、渋々納得した。

「数パーセントとはいえ少なくない出費だ。これで少しは反省してくれると良いのだが」

 国王が嘆息しているが、その辺は王家の中でやってくれという感じだ。
 エメラルドの瞳を輝かせてマリオンを見つめている王妃は多分、全然反省などしていない。

(美人だけど、エドやクリストファー殿下には似てないなあ)

 もう喉元過ぎれば何とやらで、マリオン的には研究学園で過ごした9ヶ月間は過去のこと、ほとんど無感情だ。
 ハイヒューマンのルシウスおじちゃんのところで滞在中は毎日メンタルポーションを飲まされたので、それも効いているかもしれない。



「最後にひとつだけ。研究学園で、そちらの王妃殿下のご親戚の魔導具師ギルドの元サブギルドマスターが僕に使ったという認識操作用の魔導具と設計図一式を譲渡ください」
「む。国際条約に定められた禁制品ゆえ、魔導具師ギルド本部に送って封印してもらう予定なのだが?」

 いったい何をするつもりかと、探るように国王に見られたが、単純な話だ。

「僕が一から作り直します。その上で悪用できないよう、セーフティーロックをかけさせてもらいます」

 話を聞く限り、本来の用途は諜報や、犯罪調査に使うのが適切な魔導具だ。
 マリオンは属性付与が可能な錬金魔導具師だから、その手のプログラミングはお手のものなのだ。

 あとはもう、特にマリオンから主張すべきことはない。
 これで出国して故郷に戻ったら、この先の人生ではタイアド王国に足を踏み入れることは二度とないだろう。



「マリオン。他に言いたいことがあれば、最後だ。言っておいたほうがいいぞ?」
「おじいさま。……そうですね」

 改めてタイアド王族の三人を、不躾にならない程度に見た。

「エドアルド第二王子殿下は僕にとって大切な友人でした。その彼が剣聖に覚醒したこと、心からお祝い申し上げます」

 最後の最後で恨み言を言われるかと思っていた王族たちは、面食らったような顔になった。

「あ、ああ。報告は受けているよ。カーナ神国の守護者殿の試練を乗り越えて、いま修行中なんだよね」
「そうです。ご存じだと思いますが、聖なる魔力持ちは国家権力で身柄を縛ることはできません。彼が王子であってもです。どうか彼の新しく生えた羽を奪うことのないよう望みます」

 元々、エドアルド王子は気さくで、愛嬌ある顔立ちや性格、配下の騎士団を通じて民たちと親しく交わっていたことから、国民に人気のある王族だ。
 タイアド王国の看板として活躍していた彼だが、剣聖となったことが知られれば更に人気は上がるはずだ。

 マリオンの件に限らず、『やらかし』の多い王妃の失態を、エドアルド王子の人気で相殺していることはある意味有名だった。

「……そうだな。できる限りのことをすると約束しよう」
「そう願います」

 最後にエドアルド王子の件できっちり釘を刺して、マリオンは祖父のダリオンと王宮を辞した。



 もうダリオンと一緒に荷物もまとめ終わっている。
 タイアド王宮を出た足で、マリオンたちは王都の教会付属の墓地を訪れた。
 ここにはエドアルド王子の前世の人物、『剣聖ライル』が眠っている。

 王都民の庶民墓地だったが、さすがに剣聖の墓だけあってモニュメントが建てられ、偉業を讃える文言が彫られている。

(先輩、故郷に帰れずここで亡くなってたんですね)

 だからマリオンと同じアケロニア王国ではなく、タイアド王国に生まれ変わったのだろう。
 没年齢は五十代半ば。この世界の平均寿命より短めだ。
 誘拐されかかった当時のタイアド王族の子供を庇って、刺客の持つ毒にやられて死亡したとある。

 夢の中でだけ鮮明に思い出せる赤茶の髪の男臭く笑う剣士の顔が、ぼんやりとマリオンの胸に浮かんだ。
 そして、すーっと涼しい風が通り過ぎる感覚と一緒に消えてなくなった。
 かすかにエドアルド王子と同じカルダモンに似た芳香が鼻腔をくすぐった気がした。

「もういいのか? マリオンや」
「うん。帰ろう。ばあばにも早く会いたいしね!」
「ピュイッ!」(かえりましょうー!)

 まだルミナス単体では長時間の飛行に不安があったが、姉妹から譲り受けたブースター用魔導具を更に改良して、マリオンとダリオン、それに荷物を乗せてもまだ余裕があった。

「じいじ、タイアド王国のお土産は何がいいかな?」
「ばら撒き用はハンカチでいいんじゃねえか? 刺繍入りの。食い物はイマイチだから……缶入りの紅茶がいいな。芸術の国だけあって缶の絵柄が見事だ」
「よーし、じゃあ木箱に詰めるだけ詰めて帰ろう!」

 そのままデパートに寄って購入した大量のお土産用の荷物をパッケージングしてもらい、馬車留めの開けたスペースで大型化したルミナスの背中に括り付けた。
 マリオンとダリオンは木箱を背にして直接ルミナスの背に騎乗だ。大柄なダリオンが後ろからマリオンを支えて。

「よーし、帰るぞアケロニア王国に!」

 そうしてマリオンの長い長い、人生の最初で最後の国外生活は終わったのである。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

【完結】転生じぃちゃん助けた子犬に喰われる!?

湊未来
BL
『ななな、なんで頭にウサギの耳が生えているんだぁぁぁ!!!!』  時の神の気まぐれなお遊びに巻き込まれた哀れな男が、獣人国アルスター王国で、絶叫という名の産声をあげ誕生した。  名を『ユリアス・ラパン』と言う。  生を全うし天へと召された爺さんが、何の因果か、過去の記憶を残したまま、兎獣人へと転生してしまった。  過去の記憶を武器にやりたい放題。無意識に、周りの肉食獣人をも魅了していくからさぁ大変!  果たして、兎獣人に輪廻転生してしまった爺さんは、第二の人生を平和に、のほほんと過ごす事が出来るのだろうか?  兎獣人に異様な執着を見せる狼獣人✖️爺さんの記憶を残したまま輪廻転生してしまった兎獣人のハートフルBLコメディ。時々、シリアス。 ※BLは初投稿です。温かな目でご覧頂けると幸いです。 ※R-18は出てきません。未遂はあるので、保険でR-15つけておきます。 ※男性が妊娠する世界観ですが、そう言った描写は出てきません。

嫌われ者だった俺が転生したら愛されまくったんですが

夏向りん
BL
小さな頃から目つきも悪く無愛想だった篤樹(あつき)は事故に遭って転生した途端美形王子様のレンに溺愛される!

処理中です...