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マリオンは知らんぷり……のつもり

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 その後、施設内の休憩所で搾りたての冷たいオレンジジュースを飲みながら姉妹を待っていたマリオン。

 暇つぶしに休憩所にあった新聞を読んでいると、マリオンの告発以降の続報が掲載されている。

「じいちゃん、王家と慰謝料の交渉してるみたい。……エドはその一部を負担するためミスラル銀の鉱山地域へ向かって……ってあいつ今ここにいるの!?」
「ピャッ!?」

 うっかりお膝に乗せてもふっていたルミナスを落としそうになるほど驚いた。

 そんなマリオンの耳に他の利用客たちの話し声が聞こえてくる。


「エド王子、いまこの町で野営してるんだって」

「お忍びでこの浴場に来てるらしいよー」

「あっ、オレさっき見た、ムキムキなオッサンたちに囲まれてた金髪の若い子だよな?」

「馬鹿な王妃の尻拭いで、被害者の魔導具師への慰謝料稼ぎにミスラル掘りに来たんだろ? かわいそう……」


「ムキムキに囲まれた金髪の若い子って……え、ルミナスが頭に乗ってたあの?」
「ピュイ~ン♪」(ぼくなにも知らないもーん♪)

 さっきのあれ、エドアルド王子だったのか? とそこで初めてマリオンは気づいた。
 魔導具とはいえ、瓶底のように分厚い眼鏡を装着したままだったし、冬で浴場内は湯気が濃くて視界も悪かった。

「もう~王子ったら若いんだからあ!」
「あっ、冷たい水貰ってきますね!」

 ハッとなって男湯から出てきた一段の中心に金髪碧眼の若い青年がいる。
 取り巻きらしき男たちの発言からすると、湯あたりしたようで、ぐったり元気がない。

(エドだ……)

 そうだ、あの明るい金髪と鮮やかなエメラルド色の瞳は間違えようがない。タイアド王族特有の組み合わせだ。

「………………」
「ピュ?」(マリオン?)

 新聞をラックに戻し、ルミナスを抱えたままその一団へと近づいていった。
 エドアルド王子は休憩所の寝転びスペースで、同行者の男の膝枕で横になっていた。

 マリオンの知らない他人の膝枕に頭を乗せている様子に、ちょっとイラッとする。

「お兄さん、大丈夫? 貰い物で悪いけど、はい、ポーション」
「え。いいの?」

 慌ててエドアルド王子が膝枕から身体を起こす。

「うん。お風呂場で僕のドラゴンが世話になってたみたいだから。良かったら飲んで」
「え、ちょ、待っ……!」

 持っていた体力回復用の初級ポーションの小瓶を押しつけて、まだ飲み掛けのジュースを残していた自分のいたスペースに戻っていくマリオン。

 とその途中で、片腕で抱えていたルミナスがふわっと羽毛の翼を動かして浮き上がり、前脚でマリオンの眼鏡を蹴った。

「あっ、ちょっとルミナス!?」

 ずれ落ちそうになった眼鏡を慌ててかけ直……そうとして、床に落としてしまった。

「もう、ルミナスぅ」

(マリオン……)

 その光景を見ていたエドアルド王子は、いや側近たちも呆然と見ていた。

「えっ、何あれ、可愛い……」
「バカ、王子の大切なお人だぞ、不謹慎だ慎め!」
「男にしておくのもったいなああああ」
「……なんと可憐な……」

 マリオンのブルー男爵家の一族は可憐な美少女顔の家系なのだ。
 ピンクみを帯びた髪色に鮮やかな水色の瞳、薔薇色の頬。
 幼い頃はまさに天使のような愛らしさだし、少年少女の頃は地域で一番可愛い子を挙げると必ず上位3位に入る。

 大人になると体質や環境によってだいぶ変わってくる。
 油断すると太りやすかったりもする。
 なお、マリオンの祖父ダリオンは今のマリオンと同じ年頃の頃はそっくりな、控えめに言って美少女顔の美少年だったが、そこから伸びに伸びて今や大柄な色気ある美老人である。

 そんなマリオンだが、床に落としてしまった眼鏡を慌てて拾うと、こちらを見つめていたエドアルド王子に恥ずかしそうに笑って、ぺこりと小さく頭を下げて行ってしまった。
 向かう先には妙齢のお姉さん二人が。



「マリオン……マリオンんん……」
「王子ぃ。無理せんと彼のとこ行ってきたらどうです?」
「だって。お詫びの品も何にもまだ用意できてないんだもんん……」
「えっ。王子、追いかけましょうよ!? ほら行っちゃいますよ!?」
「……ミスラル1キロ採掘するまで我慢する」
「王子、そゆとこ律儀っスね」

 タイアド王族が退廃と享楽の王族と呼ばれていたのも今は昔だ。

 だが、いっそミスラル銀の鉱山ごと貢いじゃおうかな、と呟いたら、側近たちには両腕でバッテン×を作られてしまった。
 そういう短絡的なところはタイアド王族っぽいエドアルド王子だった。

「ま、まあともかく。ポーション貰えて良かったじゃないですか。今晩のオカズはそれですか? 今宵は野営のテント内、おひとりさまにして差し上げましょうかー?」
「そうそう。お風呂場で裸もバッチリご覧になってましたよねー?」
「いっそこの後、娼館でも行きます? お供しますぜ!」

 何とも遠慮のない側近たちだった。
 湯あたりで頭がクラクラしていた王子は、更に頭に血が昇りそうになった。

 渡されたポーションの小瓶を見る。
 ふつうに冒険者ギルドなどで売ってるやつだ。

「マリオン……こんなの大事すぎて飲めるわけないじゃん……」

 それからポーション小瓶を懐にお守り代わりに入れて、エドアルド王子はひたすら頑張りに頑張ることになるのである。


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