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ルシウス君、称号ゲット!からのおうちに帰るまで
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「わああ……ちいっちゃい……かあわいい……」
お人形のように小さな手のひらと指で、甥っ子がルシウスの指を掴んでいる。
名前はヨシュア。男の子だ。兄が命名した。
ルシウスや、父のカイル、祖父のメガエリスと同じ、青銀のまだ絹糸のように柔らかな髪がちょこっと額の上に生えている。
まだ目は開いてなかったが、一族の慣習で産婆がちょいっと瞼を押し上げて確認したところ、瞳は湖面の水色。
ただ、ルシウスやメガエリスとは違い、父親のカイルと同じように虹彩に銀色の花が咲いたような模様があった。
「兄さんと同じで、たくさん魔法剣を使えるみたいだね」
まだ産湯に浸かったばかりの、真っ赤でふにゃふにゃの赤ん坊だが、ルシウスもおじいちゃんとなったメガエリスも、そして新米パパとなったお兄ちゃんカイルもメロメロだった。
そしてルシウスはハッとなった。
傍らで大仕事を終えたお嫁様のブリジットを労っている兄カイルと父メガエリスの顔を見るのは久し振り。
もう5月で、去年の6月にココ村に派遣されてからほとんど1年振りの再会だった。
懐かしさに涙がこぼれてきた。
「あらー。ルシウス君、お兄ちゃんとパパに会えて嬉しいのね」
初産のわりに安産だったようで、お嫁様のブリジットはベッドの上で疲れた様子を見せながらもコロコロと愉快そうに笑っていた。
その姿に、不思議と愛おしさが胸の中に溢れてくる。
(あれ?)
そして甥っ子となった産まれたばかりの赤ん坊を見て、更にその感覚は大きく膨れ上がって広がっていった。
父のメガエリスがルシウスの背中を力強く叩いてくる。
「ルシウス。これからはお前も叔父として、ヨシュアを導いていくのだぞ。そして兄を慕うのと同じように、ヨシュアも大事にしてやってくれ」
「兄さんと同じように?」
何かが脳内で弾けたような気がした。
ぶわっとルシウスの全身からネオンブルーの魔力が噴き出すように溢れていく。
義姉ブリジットの寝室内いっぱいに、深い山奥のような、清浄な松の芳香が漂った。
兄や父はまたか、という顔になっている。
魔力の多いルシウスは赤ん坊の頃からよく、こうして魔力を溢れさせているので慣れっこなのだ。特に害もないことだし。
(そっか。兄さんの奥さんも赤ちゃんも、これからは兄さんだと思って生きよう)
『あなた、その人から離れたほうがいいわ』
脳裏に聖女ロータスの言葉がこだまする。
ルシウスだって聖なる魔力の持ち主だ。聖女からの忠告が大事なものだということは、よくわかっている。
だって自分も同じだから。
聖なる魔力持ちの下す忠告や助言は、従えば幸運や事態の好転を、抵抗すれば真逆の事態を引き起こす。
父は素直に従ってくれるけど、兄はルシウスの助言を好ましく思わないことが多い。
(それなら僕は、兄さんと離れたほうがいい)
しばらく甥っ子と戯れていると、産婆から、出産したばかりのお嫁様に負担をかけてはならぬと釘を刺された。
妻と子供に付いているという兄カイルを置いて、ルシウスと父メガエリスは部屋を出た。
広間では集まっていた一族の者たちが、本家の跡継ぎ誕生を祝うため、既に宴会を始めていた。
半分以上がリースト一族特有の青銀の髪と湖面の水色の瞳を持つ麗しの容貌の者たちで、ここまでの人数が集まるのを見るのはルシウスも久し振りだった。
ルシウスもジュースのグラスを貰って、パパの隣に座る。
「父様、ただいま」
「うむ、うむ……よく無事で帰ってきた、ルシウス!」
髪をがしがし掻き回されて、ハグされ、頬っぺたにすりすりされた。
パパのふわふわのお髭の感触は久し振りだった。ルシウスのお気に入りの感触だ。嬉しい。すき。
ルシウスはジュースを飲み干して一息付いた後で、久し振りに見る父親に向き直った。
「父様にお願いがあります。こうして兄さんに後継ぎも生まれたことですし、僕はこの家から独立しようと思います」
「む? 独立?」
メガエリスは虚を突かれた。
まだまだ子供だと思っていた次男の大人びた口調と、強い眼差しに。
ルシウスはまだ14歳、いや冒険者ギルドに派遣されている間に歳を取って今は15歳だ。
それにしたってまだまだ子供ではないか。魔力が多く成長の遅いこの次男は、外見も10歳そこそこでしかない。
「我が家には子爵位が余っていたはずです。それを僕にください。あと王都に使ってない別邸もありましたよね? それも」
「まだ独立など早いぞ、ルシウス」
父はまだ可愛い息子を手元に置いておきたかった。
しかもここ一年近くも離れて暮らしていたのだから、なおさらだった。
「可愛い甥っ子に恥じぬよう、大人になりたいんです。お願い、父様」
「ぐうう……っ」
可愛い息子の『お願い』、きた。
本人の言いたいことはわかる。
兄のカイルに跡継ぎとなるヨシュアが生まれたことで、次男のルシウスの立場はちょっとだけ本家の中で微妙なものになる。
「お前はまだ未成年だ。18歳になるまでは……」
「僕ね、自分を守るために自分の爵位を持ってたほうがいいと思うんだ。……だめ?」
じーっと湖面の水色の大きな瞳で見上げられる。
そう、弱冠14歳で冒険者ギルドに派遣されて大任務を片付けてきたルシウスには、間もなく国から勲章が授与されるだろう。
そうなったら、周囲からの尊敬と同時にやっかみも増える。
そう考えると、まだ学生で身を守る術のないルシウスに爵位を授けるのは悪い話ではない。
まだ10代の未成年で爵位持ちは国内にほとんどいない。
高位貴族出身であっても爵位のない子息子女より、伯爵家以下でも爵位持ちのほうが社会では立場の強い場面が多いのは確かだった。
それからリースト伯爵家の従属爵位の子爵位を貰い受け、ルシウスは独立することになった。
そうはいっても、ルシウスが同じく貰い受けた同じ王都にある小さな別宅は、本邸から『スープの冷めない距離』で、徒歩でも十数分しか離れていないのだけれど。
生まれたばかりの甥っ子ヨシュアも可愛いし、構いたい。
何だかんだでほとんど毎日実家に戻っていたが、少し微妙だったお兄ちゃんとの仲も、距離を作ったことで改善傾向に向かっていた。
後日、ゼクセリア共和国の冒険者ギルド、ココ村支部からルシウス宛に新たな冒険者証が送られてきた。
Sランク。
ギルドマスターのカラドンからは、ギルド壊滅の危機を救ってくれたことへの感謝と、これまでの実績を鑑みてSランクに昇格認定するとの手紙を貰った。
実家の本邸宛に送られてきた冒険者証は、ミスリル銀の縁取りがあってキラキラだ。
Aランクまでの冒険者証とは何だか格が違う。
「お前ってやつは。その年でSランクってさすがに早すぎるだろ」
「兄さん」
ぽんっと頭を軽く叩かれて、見上げると兄が苦笑いしている。
ちなみにこの兄カイルはとっくに冒険者ランクSと同等の騎士ランクS。将来の団長様候補である。
なお、元魔道騎士団の団長である父親のメガエリスはSSランクだ。
「あっ。ヨシュア、冒険者証、食べちゃだめー!」
「あうーあ?」
「あらあらー」
涎だらけになってしまった冒険者証を、申し訳なさそうにお嫁様のブリジットが拭いてくれる。防水加工されてて良かったー。
さて、そろそろルシウスも学園の中等部に復学の準備をしなければ。
たまに手紙をくれていた学友たちとの再会も楽しみだ。
担任の先生からはきっとお小言を頂戴してしまう。
飯マズ男を追跡している間、学園からの宿題や課題はほとんどできなかったので。
だって常に移動していたから、やる暇なんかなかったんだもの。
あの環創成の魔術師フリーダヤや聖女ロータスからは、そのまま冒険者活動として旅を続けるよう勧められたが保留にしていた。
冒険者活動はものすごく楽しくて、ココ村海岸を出てから倒した魔物や魔獣の討伐報酬はどんどん積み上がり、ひと財産築いてしまったルシウスだ。
その資金は、まだ学生の身分のルシウスには大した使い道もないので、冒険者証に溜め込んだまま。
故郷に戻って一から騎士を目指すより、ずっとずっと実力アップしてしまったということもある。
(でもね、やっぱりおうちに帰りたかったんだもん。大好きな兄さんや父様に会いたかったんだ)
その上、こんなに可愛い甥っ子ができたのに、遠く離れて暮らすなど寂しくて泣いてしまう。
もう空間転移術は使いこなせていたが、それとこれとは別問題だ。
だから、今後の冒険者活動については、フリーダヤとロータスとの修行を兼ねた旅もまとめて断ってしまった。
『聖者に覚醒したのに、その生き方でいいの?』
と聖女のロータスには確認されたが、いいのだ。
お前は聖者だなどと言われたって、ルシウスは聖剣を持つことで聖なる魔力を得ただけで、元から聖なる魔力を持っていただろう純正聖女のロータスとは違う。
ルシウスは万人に慈悲など持てないし、自分の大切な人たちのことだけで精一杯。
(ココ村支部でお魚さんモンスターを倒す毎日も楽しかったけど、やっぱり大切な家族のいる故郷がいちばんだよ!)
実際、それからルシウスは長いこと、アケロニア王国から出ることがなかった。
しばらくすると、円環大陸の中央にある神秘の永遠の国から使者が来て、ルシウスに『無欠』の称号を授与するとのこと。
ルシウスはすっかり忘れていたが、自分の体質に適合する他者のスキルを自動習得するスキル“無欠”は、気づいたら膨大な数のスキルを習得していた。
使える、使えないを問わず、何と現在確認されているスキルの50%以上をステータスに記録してしまっているらしい。
よくわからなかったが、スキル“無欠”を今後はそのまま称号として名乗って良いということだった。
「えーやだー。何か恥ずかしいもんー」
使者が、子爵となってから貰い受けた小さな子爵邸にやってきたのを良いことに、称号を授与されたことは周りには内緒にした。
永遠の国からの称号授与が、お国の偉大なヴァシレウス大王の“大王”に並ぶとんでもない名誉と知るのはその後のことだった。
けれど、ルシウスの生活にはあまり関係のないことだったので、そのうち忘れてしまった。
そんなルシウスが再び冒険者活動を開始するのはそれから22年後、あのココ村海岸の対岸にあったカーナ王国で、聖女の虐待という大事件が起こり円環大陸全土を揺るがした後のことだ。
不思議な縁が動き始めた。
直後、その頃には国内の有力貴族の一人となっていたルシウスに『聖者』として、虐げられていた聖女を保護し師匠になるよう要請が来た。
滅多に会うことのなくなっていた、環使いの師匠、魔術師フリーダヤからの要請だ。
カーナ王国現地では冒険者としてまだ若い聖女を鍛えてやってくれと。
「まさかこの年になって冒険者をやることになろうとは」
冒険者になったばかりのときは14歳の麗しくも明るく人懐っこかったルシウス少年も、今や酸いも甘いも噛み分けた37歳のおじさんだ。
甥っ子のヨシュアも一人前の男に育った。
もう叔父のルシウスが手取り足取り面倒を見る必要もない。
無欠の聖者ルシウス・リーストの人生は次の新たなステージへと進んでいく。
おしまい
お人形のように小さな手のひらと指で、甥っ子がルシウスの指を掴んでいる。
名前はヨシュア。男の子だ。兄が命名した。
ルシウスや、父のカイル、祖父のメガエリスと同じ、青銀のまだ絹糸のように柔らかな髪がちょこっと額の上に生えている。
まだ目は開いてなかったが、一族の慣習で産婆がちょいっと瞼を押し上げて確認したところ、瞳は湖面の水色。
ただ、ルシウスやメガエリスとは違い、父親のカイルと同じように虹彩に銀色の花が咲いたような模様があった。
「兄さんと同じで、たくさん魔法剣を使えるみたいだね」
まだ産湯に浸かったばかりの、真っ赤でふにゃふにゃの赤ん坊だが、ルシウスもおじいちゃんとなったメガエリスも、そして新米パパとなったお兄ちゃんカイルもメロメロだった。
そしてルシウスはハッとなった。
傍らで大仕事を終えたお嫁様のブリジットを労っている兄カイルと父メガエリスの顔を見るのは久し振り。
もう5月で、去年の6月にココ村に派遣されてからほとんど1年振りの再会だった。
懐かしさに涙がこぼれてきた。
「あらー。ルシウス君、お兄ちゃんとパパに会えて嬉しいのね」
初産のわりに安産だったようで、お嫁様のブリジットはベッドの上で疲れた様子を見せながらもコロコロと愉快そうに笑っていた。
その姿に、不思議と愛おしさが胸の中に溢れてくる。
(あれ?)
そして甥っ子となった産まれたばかりの赤ん坊を見て、更にその感覚は大きく膨れ上がって広がっていった。
父のメガエリスがルシウスの背中を力強く叩いてくる。
「ルシウス。これからはお前も叔父として、ヨシュアを導いていくのだぞ。そして兄を慕うのと同じように、ヨシュアも大事にしてやってくれ」
「兄さんと同じように?」
何かが脳内で弾けたような気がした。
ぶわっとルシウスの全身からネオンブルーの魔力が噴き出すように溢れていく。
義姉ブリジットの寝室内いっぱいに、深い山奥のような、清浄な松の芳香が漂った。
兄や父はまたか、という顔になっている。
魔力の多いルシウスは赤ん坊の頃からよく、こうして魔力を溢れさせているので慣れっこなのだ。特に害もないことだし。
(そっか。兄さんの奥さんも赤ちゃんも、これからは兄さんだと思って生きよう)
『あなた、その人から離れたほうがいいわ』
脳裏に聖女ロータスの言葉がこだまする。
ルシウスだって聖なる魔力の持ち主だ。聖女からの忠告が大事なものだということは、よくわかっている。
だって自分も同じだから。
聖なる魔力持ちの下す忠告や助言は、従えば幸運や事態の好転を、抵抗すれば真逆の事態を引き起こす。
父は素直に従ってくれるけど、兄はルシウスの助言を好ましく思わないことが多い。
(それなら僕は、兄さんと離れたほうがいい)
しばらく甥っ子と戯れていると、産婆から、出産したばかりのお嫁様に負担をかけてはならぬと釘を刺された。
妻と子供に付いているという兄カイルを置いて、ルシウスと父メガエリスは部屋を出た。
広間では集まっていた一族の者たちが、本家の跡継ぎ誕生を祝うため、既に宴会を始めていた。
半分以上がリースト一族特有の青銀の髪と湖面の水色の瞳を持つ麗しの容貌の者たちで、ここまでの人数が集まるのを見るのはルシウスも久し振りだった。
ルシウスもジュースのグラスを貰って、パパの隣に座る。
「父様、ただいま」
「うむ、うむ……よく無事で帰ってきた、ルシウス!」
髪をがしがし掻き回されて、ハグされ、頬っぺたにすりすりされた。
パパのふわふわのお髭の感触は久し振りだった。ルシウスのお気に入りの感触だ。嬉しい。すき。
ルシウスはジュースを飲み干して一息付いた後で、久し振りに見る父親に向き直った。
「父様にお願いがあります。こうして兄さんに後継ぎも生まれたことですし、僕はこの家から独立しようと思います」
「む? 独立?」
メガエリスは虚を突かれた。
まだまだ子供だと思っていた次男の大人びた口調と、強い眼差しに。
ルシウスはまだ14歳、いや冒険者ギルドに派遣されている間に歳を取って今は15歳だ。
それにしたってまだまだ子供ではないか。魔力が多く成長の遅いこの次男は、外見も10歳そこそこでしかない。
「我が家には子爵位が余っていたはずです。それを僕にください。あと王都に使ってない別邸もありましたよね? それも」
「まだ独立など早いぞ、ルシウス」
父はまだ可愛い息子を手元に置いておきたかった。
しかもここ一年近くも離れて暮らしていたのだから、なおさらだった。
「可愛い甥っ子に恥じぬよう、大人になりたいんです。お願い、父様」
「ぐうう……っ」
可愛い息子の『お願い』、きた。
本人の言いたいことはわかる。
兄のカイルに跡継ぎとなるヨシュアが生まれたことで、次男のルシウスの立場はちょっとだけ本家の中で微妙なものになる。
「お前はまだ未成年だ。18歳になるまでは……」
「僕ね、自分を守るために自分の爵位を持ってたほうがいいと思うんだ。……だめ?」
じーっと湖面の水色の大きな瞳で見上げられる。
そう、弱冠14歳で冒険者ギルドに派遣されて大任務を片付けてきたルシウスには、間もなく国から勲章が授与されるだろう。
そうなったら、周囲からの尊敬と同時にやっかみも増える。
そう考えると、まだ学生で身を守る術のないルシウスに爵位を授けるのは悪い話ではない。
まだ10代の未成年で爵位持ちは国内にほとんどいない。
高位貴族出身であっても爵位のない子息子女より、伯爵家以下でも爵位持ちのほうが社会では立場の強い場面が多いのは確かだった。
それからリースト伯爵家の従属爵位の子爵位を貰い受け、ルシウスは独立することになった。
そうはいっても、ルシウスが同じく貰い受けた同じ王都にある小さな別宅は、本邸から『スープの冷めない距離』で、徒歩でも十数分しか離れていないのだけれど。
生まれたばかりの甥っ子ヨシュアも可愛いし、構いたい。
何だかんだでほとんど毎日実家に戻っていたが、少し微妙だったお兄ちゃんとの仲も、距離を作ったことで改善傾向に向かっていた。
後日、ゼクセリア共和国の冒険者ギルド、ココ村支部からルシウス宛に新たな冒険者証が送られてきた。
Sランク。
ギルドマスターのカラドンからは、ギルド壊滅の危機を救ってくれたことへの感謝と、これまでの実績を鑑みてSランクに昇格認定するとの手紙を貰った。
実家の本邸宛に送られてきた冒険者証は、ミスリル銀の縁取りがあってキラキラだ。
Aランクまでの冒険者証とは何だか格が違う。
「お前ってやつは。その年でSランクってさすがに早すぎるだろ」
「兄さん」
ぽんっと頭を軽く叩かれて、見上げると兄が苦笑いしている。
ちなみにこの兄カイルはとっくに冒険者ランクSと同等の騎士ランクS。将来の団長様候補である。
なお、元魔道騎士団の団長である父親のメガエリスはSSランクだ。
「あっ。ヨシュア、冒険者証、食べちゃだめー!」
「あうーあ?」
「あらあらー」
涎だらけになってしまった冒険者証を、申し訳なさそうにお嫁様のブリジットが拭いてくれる。防水加工されてて良かったー。
さて、そろそろルシウスも学園の中等部に復学の準備をしなければ。
たまに手紙をくれていた学友たちとの再会も楽しみだ。
担任の先生からはきっとお小言を頂戴してしまう。
飯マズ男を追跡している間、学園からの宿題や課題はほとんどできなかったので。
だって常に移動していたから、やる暇なんかなかったんだもの。
あの環創成の魔術師フリーダヤや聖女ロータスからは、そのまま冒険者活動として旅を続けるよう勧められたが保留にしていた。
冒険者活動はものすごく楽しくて、ココ村海岸を出てから倒した魔物や魔獣の討伐報酬はどんどん積み上がり、ひと財産築いてしまったルシウスだ。
その資金は、まだ学生の身分のルシウスには大した使い道もないので、冒険者証に溜め込んだまま。
故郷に戻って一から騎士を目指すより、ずっとずっと実力アップしてしまったということもある。
(でもね、やっぱりおうちに帰りたかったんだもん。大好きな兄さんや父様に会いたかったんだ)
その上、こんなに可愛い甥っ子ができたのに、遠く離れて暮らすなど寂しくて泣いてしまう。
もう空間転移術は使いこなせていたが、それとこれとは別問題だ。
だから、今後の冒険者活動については、フリーダヤとロータスとの修行を兼ねた旅もまとめて断ってしまった。
『聖者に覚醒したのに、その生き方でいいの?』
と聖女のロータスには確認されたが、いいのだ。
お前は聖者だなどと言われたって、ルシウスは聖剣を持つことで聖なる魔力を得ただけで、元から聖なる魔力を持っていただろう純正聖女のロータスとは違う。
ルシウスは万人に慈悲など持てないし、自分の大切な人たちのことだけで精一杯。
(ココ村支部でお魚さんモンスターを倒す毎日も楽しかったけど、やっぱり大切な家族のいる故郷がいちばんだよ!)
実際、それからルシウスは長いこと、アケロニア王国から出ることがなかった。
しばらくすると、円環大陸の中央にある神秘の永遠の国から使者が来て、ルシウスに『無欠』の称号を授与するとのこと。
ルシウスはすっかり忘れていたが、自分の体質に適合する他者のスキルを自動習得するスキル“無欠”は、気づいたら膨大な数のスキルを習得していた。
使える、使えないを問わず、何と現在確認されているスキルの50%以上をステータスに記録してしまっているらしい。
よくわからなかったが、スキル“無欠”を今後はそのまま称号として名乗って良いということだった。
「えーやだー。何か恥ずかしいもんー」
使者が、子爵となってから貰い受けた小さな子爵邸にやってきたのを良いことに、称号を授与されたことは周りには内緒にした。
永遠の国からの称号授与が、お国の偉大なヴァシレウス大王の“大王”に並ぶとんでもない名誉と知るのはその後のことだった。
けれど、ルシウスの生活にはあまり関係のないことだったので、そのうち忘れてしまった。
そんなルシウスが再び冒険者活動を開始するのはそれから22年後、あのココ村海岸の対岸にあったカーナ王国で、聖女の虐待という大事件が起こり円環大陸全土を揺るがした後のことだ。
不思議な縁が動き始めた。
直後、その頃には国内の有力貴族の一人となっていたルシウスに『聖者』として、虐げられていた聖女を保護し師匠になるよう要請が来た。
滅多に会うことのなくなっていた、環使いの師匠、魔術師フリーダヤからの要請だ。
カーナ王国現地では冒険者としてまだ若い聖女を鍛えてやってくれと。
「まさかこの年になって冒険者をやることになろうとは」
冒険者になったばかりのときは14歳の麗しくも明るく人懐っこかったルシウス少年も、今や酸いも甘いも噛み分けた37歳のおじさんだ。
甥っ子のヨシュアも一人前の男に育った。
もう叔父のルシウスが手取り足取り面倒を見る必要もない。
無欠の聖者ルシウス・リーストの人生は次の新たなステージへと進んでいく。
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