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ルシウス君、覚醒編
side 兄と嫁〜お夜食ついでのお話
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リースト伯爵家の次男ルシウスに送る、ココ村海岸のお魚さんモンスター発生メカニズムへの分析結果が魔道騎士団の解析班から上がってきた。
報告を受けて、騎士団長から早急に冒険者ギルドのココ村支部へと分析結果のレポートを送るよう命じられた、リースト伯爵令息のカイルだったのだが。
「ココ村への飛竜便の発送は翌朝7時か……」
邸宅に帰宅するなり、食事も取らず執務室にこもったものの、ペンは何も便箋に書き出しておらず止まっている。
弟のルシウスや父のメガエリスとよく似た湖面の水色の瞳と麗しの顔には、憂いがある。
「あなた。すこし休憩されませんか。お夜食をお持ちしましたの」
「ブリジット。身重の身体なんだから、先に休んでいなさいと言っただろう」
「大丈夫ですわ。妊婦用のポーションが体質に合うようで、つわりもすぐ治まってますし」
ワゴンに載せて簡単なサンドイッチとマグカップに入れたミルクスープを持って、妻のブリジットが訪ねてきた。
隣には彼女付きの侍女もいる。
時計を見ると、時刻は夜の十時を過ぎている。
溜め息をついて、カイルはペンを置いた。
最愛の妻が持ってきてくれた夜食に手をつけて、少し気晴らしをしよう。
「この間、ルシウス君が送ってきてくれたカニピラフも美味しかったですねえ。また送ってねってお手紙書いちゃいましたわ」
「あー。それなんだけどね、ブリジット。騎士団からの報告書に添える手紙を、ちょっとだけ代筆してもらえたら助かるんだけど」
「あらー」
こちらは夫に付き合って、ノンカフェインのハーブティーを啜っていた緩い茶の癖毛の妻は、グレーの目をちょっと瞬かせた後、困ったような顔になった。
結婚して今月で三ヶ月。
毎回、何かしら理由をつけて、カイルは妻に代筆をやらせてくる。
決して強引ではないけれど……。
「あなた。ルシウス君にお手紙、書いてほしいですわ。ほら、あなただってココ村支部からのお料理、美味しいって召し上がってたじゃありませんか」
仕方なく、ついにやんわりとお願いに入ったお嫁さんである。
夫とその弟との間に微妙な雰囲気があることは理解したが、慕ってくる弟を一方的に無視しているのは、やはりいただけない。
義父のメガエリスも、彼らを生まれる前から見守ってきている家人たちも、皆とても心配しているのだ。
「……ブリジットは、地下のアレは見たんだっけ?」
「ええ、お義父様に連れられて」
この本邸の地下室にある、魔法樹脂で封印された者たちのことだ。
「あいつも、元はあの中の一体でね。オレは子供の頃、こっそり忍び込んで発見したんだ。他はほとんど大人で、立ったまま魔法樹脂の中で眠ってる様子なのに、あいつだけ赤ん坊で顔とか尻とか真っ赤に腫れ上がっててさ」
もそもそとサンドイッチを齧りつつ呟く夫の話を、ブリジットは大人しく聞いていた。
「じい様の話だと、千年以上前から家に伝わってる赤ん坊なんだって。それがこう、オレの前で解凍されて飛び出てきたんだからビックリしたよね」
「あらー」
「もう驚いたのと怖いのとでパニックだよ。それに顔が腫れてたのはどうも、誰かに殴られたからだったみたいで。ヒッヒッて引きつけみたいに泣き声も上げられないぐらい消耗してたし。慌てて父様たちのところへ連れて行ったんだよね」
ブリジットは義父メガエリスから、ルシウスに関して簡単に説明を受けている。
夫から聞くのは初めてかもしれない。
「そしたら父様があいつを次男にするって決めて、家族全員で一生懸命に名前を考えてね」
「ルシウス、良い名前ですよね」
そうして家族や兄弟の微笑ましいエピソードが続く。
聞いていると、この兄弟の仲が微妙だったことを忘れてしまうほど。
初めてルシウスが発した言葉は“パパ”ではなく“にー”だったし、カイルが学園の中等部に上がるまでは毎晩一緒に眠っていたことなど。
そこに羨ましがった父親のメガエリスが乱入してきて、父と息子三人で眠る夜も多かったこと。
「………………」
それきり、カイルは黙り込んでしまった。
しばし、残りのサンドイッチやスープを口に運び、会話が途切れる。
(な、何なのでしょう、何かとてつもなく空気が重いですわ……)
多分、この後で夫カイルから語られることが本番である気がする。
夫にも食後のお茶を入れて差し上げたかったブリジットだが、ここはあえてじっと待つことにした。
報告を受けて、騎士団長から早急に冒険者ギルドのココ村支部へと分析結果のレポートを送るよう命じられた、リースト伯爵令息のカイルだったのだが。
「ココ村への飛竜便の発送は翌朝7時か……」
邸宅に帰宅するなり、食事も取らず執務室にこもったものの、ペンは何も便箋に書き出しておらず止まっている。
弟のルシウスや父のメガエリスとよく似た湖面の水色の瞳と麗しの顔には、憂いがある。
「あなた。すこし休憩されませんか。お夜食をお持ちしましたの」
「ブリジット。身重の身体なんだから、先に休んでいなさいと言っただろう」
「大丈夫ですわ。妊婦用のポーションが体質に合うようで、つわりもすぐ治まってますし」
ワゴンに載せて簡単なサンドイッチとマグカップに入れたミルクスープを持って、妻のブリジットが訪ねてきた。
隣には彼女付きの侍女もいる。
時計を見ると、時刻は夜の十時を過ぎている。
溜め息をついて、カイルはペンを置いた。
最愛の妻が持ってきてくれた夜食に手をつけて、少し気晴らしをしよう。
「この間、ルシウス君が送ってきてくれたカニピラフも美味しかったですねえ。また送ってねってお手紙書いちゃいましたわ」
「あー。それなんだけどね、ブリジット。騎士団からの報告書に添える手紙を、ちょっとだけ代筆してもらえたら助かるんだけど」
「あらー」
こちらは夫に付き合って、ノンカフェインのハーブティーを啜っていた緩い茶の癖毛の妻は、グレーの目をちょっと瞬かせた後、困ったような顔になった。
結婚して今月で三ヶ月。
毎回、何かしら理由をつけて、カイルは妻に代筆をやらせてくる。
決して強引ではないけれど……。
「あなた。ルシウス君にお手紙、書いてほしいですわ。ほら、あなただってココ村支部からのお料理、美味しいって召し上がってたじゃありませんか」
仕方なく、ついにやんわりとお願いに入ったお嫁さんである。
夫とその弟との間に微妙な雰囲気があることは理解したが、慕ってくる弟を一方的に無視しているのは、やはりいただけない。
義父のメガエリスも、彼らを生まれる前から見守ってきている家人たちも、皆とても心配しているのだ。
「……ブリジットは、地下のアレは見たんだっけ?」
「ええ、お義父様に連れられて」
この本邸の地下室にある、魔法樹脂で封印された者たちのことだ。
「あいつも、元はあの中の一体でね。オレは子供の頃、こっそり忍び込んで発見したんだ。他はほとんど大人で、立ったまま魔法樹脂の中で眠ってる様子なのに、あいつだけ赤ん坊で顔とか尻とか真っ赤に腫れ上がっててさ」
もそもそとサンドイッチを齧りつつ呟く夫の話を、ブリジットは大人しく聞いていた。
「じい様の話だと、千年以上前から家に伝わってる赤ん坊なんだって。それがこう、オレの前で解凍されて飛び出てきたんだからビックリしたよね」
「あらー」
「もう驚いたのと怖いのとでパニックだよ。それに顔が腫れてたのはどうも、誰かに殴られたからだったみたいで。ヒッヒッて引きつけみたいに泣き声も上げられないぐらい消耗してたし。慌てて父様たちのところへ連れて行ったんだよね」
ブリジットは義父メガエリスから、ルシウスに関して簡単に説明を受けている。
夫から聞くのは初めてかもしれない。
「そしたら父様があいつを次男にするって決めて、家族全員で一生懸命に名前を考えてね」
「ルシウス、良い名前ですよね」
そうして家族や兄弟の微笑ましいエピソードが続く。
聞いていると、この兄弟の仲が微妙だったことを忘れてしまうほど。
初めてルシウスが発した言葉は“パパ”ではなく“にー”だったし、カイルが学園の中等部に上がるまでは毎晩一緒に眠っていたことなど。
そこに羨ましがった父親のメガエリスが乱入してきて、父と息子三人で眠る夜も多かったこと。
「………………」
それきり、カイルは黙り込んでしまった。
しばし、残りのサンドイッチやスープを口に運び、会話が途切れる。
(な、何なのでしょう、何かとてつもなく空気が重いですわ……)
多分、この後で夫カイルから語られることが本番である気がする。
夫にも食後のお茶を入れて差し上げたかったブリジットだが、ここはあえてじっと待つことにした。
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