家出少年ルシウスNEXT

真義あさひ

文字の大きさ
上 下
72 / 216
ルシウス君、覚醒編

蛇足:タイアド王国の剣聖サイネリア

しおりを挟む
 ところで、タイアド王国には廃嫡された元王太子を含め三人の王子がいた。
 第一王子が廃嫡され廃太子にもなったため、第二王子が繰り上がりで新たな王太子となることが発表された。

 が、ここでまたタイアド王国はやらかした。

 もうすっかり各国の主要新聞はタイアドの話で持ちきりだ。
 この一ヶ月ほどの間だけでもほとんど毎日、常連ネタになっている。

 冒険者ギルドのココ村支部内でも、娯楽が少ないから職員も冒険者たちも、顔を合わせればタイアド王国の話ばかりしている。



 王太子の婚約破棄から続く一連のタイアド王国の醜聞にとどめを指すようなこの出来事を、記者は淡々と記事にまとめ上げていた。

 ここ数代、問題行動の多い王族が続いていた中で、良識のある王子として知られていた第二王子には年上の恋人がいた。

 剣聖サイネリア。

 王子より年上。
 平民出身だが幼い頃に剣の才能を見出されて後に騎士団長の養女となったことが縁で、第二王子の剣の指南役となった女性だ。
 凛とした美しい女性と伝わっている。

 二人は幼馴染みでやがて恋に落ちたのだが、ここに来て第二王子が王太子となってしまった。
 元から、王子と平民出身の貴族の養女の関係では結婚は難しいだろうと言われていた。
 ましてや王子が王太子という次期国王が確定した身となってしまっては、尚更だった。

 新たな王太子には、その立場に相応しい他国の姫君が婚約者として決定されることとなった。
 そう、第二王子は近年のタイアド王族として珍しく良識ある人物だったから、その人柄を買われて他国の姫君との縁談を結べたわけだ。



 だが、しかし。

 ここで新たな王太子となった、『良識ある人物』のはずだった第二王子は、恋人の剣聖サイネリアに対して、とても不誠実で愚かなことを仕出かした。

 自分と他国の姫君との婚約発表の場で、自分の恋人である剣聖サイネリアを、側近に下げ渡すことを宣言したのだ。

 己の恋人を、下賜すると。

 剣聖サイネリアはその命令を断った。
 元平民の自分と結婚できないのは仕方がない。いつでも別れる覚悟はできていた。
 だが、だからといって剣聖の自分を“キープ”するためだけに、勝手に身柄を他の男に下げ渡されるなど真っ平だと。

 本来なら、彼女がただの平民でも、また現在の騎士団長の養女の身分であったとしても王族の命令には逆らえないはずだった。

 ただ、彼女はタイアド王国の国民ではあったが、剣聖の称号持ちだった。
 聖なる魔力を使う者には、称号に“聖”の文字が入る。
 代表的なものは聖者や聖女だが、剣聖は剣技をもって聖なる魔力を使う魔力使いの術者なのだ。

 聖なる魔力持ちは、国家権力の支配を受けない。たとえ特定の国に所属していたとしても、命令を拒否する権利がある。
 円環大陸の国際法でそう定められている。
 例外は、建国期から現在まで自国民出身の聖者や聖女を擁するカーナ王国ぐらいのものだ。
 それがこの円環大陸における決まりである。

 これまでは騎士団長の養女として、また第二王子の恋人だから、彼らのいるタイアド王国に尽くして来た。

 だが、本人の了承も取らずに勝手に恋人を側近に下賜するような男の命令など、剣聖サイネリアは受け入れる気はなかった。



 命令を拒絶されたことで面子を潰された新王太子は、怒って剣聖サイネリアをタイアド王国から追放した。

 聖なる魔力持ちは数が少ない。
 その貴重なひとりである剣聖サイネリアを追放した。

 新聞では、彼女が当該記事の執筆時点で既にタイアド国内から出奔していることが綴られている。

 この出来事によって、ただでさえ前王太子による醜聞で失墜していたタイアド王家の名声は、地の底まで落ちることになった。

 一連の経緯を見る限り、『良識ある人物』としての新王太子の第二王子の評判とは、剣聖サイネリアの内助の功だったのだろう。
 記者はそう記事を締め括っている。



「タイアド、もう長くないね。もしかしたら、僕たちが生きてる間に崩れるかも」

 恐らく、アケロニア王国からクラウディア王女を娶った頃には既に崩壊の兆しが出ていたのだろう。
 タイアド王国も、始祖の建国王は偉大な戦士だったと伝わっている。
 このような愚かな子孫によって幕を下ろすことになるとは、建国の祖も報われないだろうと思う。

「剣聖サイネリアの件は全冒険者ギルドにも通達が出たぞ。冒険者登録に来たら上に報告上げろって」
「冒険者登録させないってこと?」
「まさか。その逆だ。いざってとき居場所を把握しておきたいだけさ。聖なる魔力持ちだから魔物退治にゃ打ってつけの人物だし」

 髭面ギルドマスターのカラドンによれば、むしろギルドとしては剣聖サイネリアをフォローする側に回るだろうとのことだった。

「……そういえばルシウス君も聖剣持ちでしたね。将来的に剣聖になる可能性があるのでしょうか」
「どうだろ。ステータスには『魔法剣士(聖剣)』としか表示されないんだよね」

 探るように灰色の瞳で問いかけてくるサブギルマスのシルヴィスに、ルシウスはわからないと両腕を広げて「お手上げ」ポーズを取った。
 周りが自分に対して、剣聖に進化することを期待しているのは知っていたけれども。

「でも、聖なる魔力を持つ者は皆、世界のために活躍しているでしょう? 君も聖剣持ちとして、将来は教会や神殿に所属するのでは?」
「ううん。僕はアケロニア王国の貴族だし、帰国したらまた学生に戻って卒業したら兄さんたちと同じ魔道騎士団に入るよ」

 ルシウスの話に出てくるのは、大好きなお兄ちゃんやパパ、仲の良いアケロニア王族の皆さん、それにおうちの家人や学校で仲が良かった友達の話など、ごく近い人間関係のことばかりだ。
 最近はギルドの人々や親しい冒険者たちのことも口にするようになった。

 このお子様、人当たりは良いが、人そのものの好き嫌いはかなり激しいと見た。



「おう、ルシウス。冒険者ランクがSSまで上がると、各国上層部からの指名依頼の請負い義務が発生するぜ。国の軍属になるならその間、冒険者証は休眠状態になるぞ」
「えええ。じゃあSランクまでで止めておく」

 現在、ルシウスの冒険者ランクはBランク。
 特例措置によるハイスピードなランクアップはここまでだ。以降は討伐実績の積み重ねで、冒険者ギルド所定のポイントが貯まるたびにランクアップしていくことになる。

 もっとも、ここココ村支部で討伐するお魚さんモンスターたちはDからSランクまで、下位ランクから高位ランクまで満遍なく魔物が出る。

 ココ村支部に常駐する期間が長くなればなるほど、ルシウスも自動的にランクは上がっていくことだろう。

 そろそろAランクに上がる頃だった。




--
どこまでクズなのタイアド王国
剣聖サイネリアのエピソードは機会があれば書いてみたいお話
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

異世界召喚された俺は余分な子でした

KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。 サブタイトル 〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

処理中です...